第六話 俺の革命は、誰にも気づかれない

 職員室に、初めて入る。

 机の上にパソコンと書類が並ぶ事務的な空間だが、壁際にポットとかあって教師の生活感が見えてちょっと興奮する。あと奥の方にはいろんな教室の鍵がずらっとかけてあってかっこいい。どっちの感情もわかってほしい。

 そんなことを思いながら、教師の前で俺たち三人が並ぶ。典型的な怒られスタイル。他にあまり教師がいないのが救いだ。


「伊達、呼ばれた理由はわかるな?」

 教師が言う。雰囲気的に先輩の担任らしい。


「ああ、屋上のことだろう。もうバレてしまったとはね。でも、どうしてボクたちがやったってわかったんだい?」

 素直に認めて開き直る先輩。それに対して、教師が言う。


「あのポスターに書かれてた暗号、てだをひっくり返せば伊達になるからな」

 致命傷になってる!?


「それに前に伊達が屋上前でふざけてたって報告を受けてたからな。屋上のポスターとか貼るのお前らしかいないだろ」

 そっちが決め手っぽい。明白すぎる推理だった。


「で、なんでこんなことしたんだ?」

 教師も困惑しているようだ。俺たちの行動、不良ともちょっと違う。謎だろう。


「えーっと、一年の、名前は、無藤か」

 俺に矛先が向く。ついに名前が覚えられてしまった。なんとか誤魔化さなねば。


「すいません、俺、やりたくなかったんですけどこのボクっ娘先輩に脅されて、従わないとお前の叔父の命はないって言われて仕方なく……」


「相変わらずのクズ」

 草壁の軽蔑が聞こえる。

「人質に取る対象が微妙じゃないか?」

 先生からつっこまれる。ノリいいな。


「伊達、下級生はこう言ってるが、そうなのか?」


「ああ、ボクがやったよ」

 伊達先輩の返事は、肯定だった。以前屋上前で怒られた時とは違う、堂々とした態度。

「彼らはボクに脅されただけ、なんの罪もない。だから怒られるのはボクだけでいい。彼らは帰してやってくれないかい?」

 かっけえ。俺たちのために腹をくくったのだろうか。


「伊達先輩、そんな……」

 草壁が感動してる。俺もなにか言わないと。


「先生、そういうことなんで帰っていいですか?」

「あなたはどこまで株を下げれば気が済むの?」

「待て。色々聞かなきゃいけないからな。そんな大事じゃない。ただ不思議なんだ」

 教師は穏やかな態度で言う。


「伊達、いつも真面目なお前が急にどうしたんだ?」

 ん、真面目?


「先生、あまり余計なことを言わないでくれたまえ」

「その変な喋り方もなんなんだ?」

「ほー普段は違うんですか」

「先生、彼らは悪くない。ボクだけいくらでも怒って構わないから、帰らせてくれ」

 先輩が俺たちを帰そうとする。かっこよさより今は、ただ聞かれたくなさそうだ。


「先生、俺もう少し怒られたいです」

「そんな必要はないよ。ボクだけで充分だ」

「伊達、お前最近授業もサボりだして、成績もそこそこの生徒なのに楽しそうだな」

「先生もわざとやってないかい!? ボクの私生活の情報をべらべらと喋らないでくれ!」


「先輩、これは想定外でしたね」

「もうそんなのいいんだよ!」

「なにこの空間」

 草壁が呆れている。楽しい職員室になっていた。我に返ったのか、教師が言う。


「わかったわかった、じゃあ下級生は帰れ。伊達に聞くから」

 帰ることになった。そんな大事では無さそうだ。ちょっと変な紙貼っただけだしな。

 様子を見ながらその場を離れる。先輩も怒鳴られたりされず色々聞かれている。他の教師も含めて先輩に注意が向いている。俺は職員室を奥までぐるっと回って外に出た。

 

 その後、近くで待っていると、少しして先輩が出てきた。


「停学にしない代わりに抱かせろとか言われました?」

「エロ漫画の読みすぎだよ」

「それで、処分は……」

 不安そうに尋ねる草壁に、伊達先輩は少し笑って言った。


「ポスター剥がしてこいってさ」


 ★


「ポスター貼って剥がしてって、なにも進んでないけど充実した気持ちになるな」

 くだらない会話をしながら校舎を歩いて、俺たちは次々と剥がしていく。


「先輩のやつ変な場所に貼ってるし、斜めってますね」

「なにこのポスター、10枚一気に貼ってある」

「剥がすのが楽でよかったな」

 罰は罰だけど別にきつくない。むしろなんか青春感がある。

 しかし、気づいた。先輩だけ会話に参加してこない。黙って着いてきてるだけだ。


「どうしたんですか? 怒られてテンション下がったんですか?」


「……驚かないのかい? ボクが真面目とか言われて」

 ぼそっと言った。それが気になってたらしい。


「触れられたくないのかと思って、聞かなかったんですけど」

「いや職員室で散々いじってたよね? なに今更に気を使ってる感じ出してるんだい」

 気まずそうな先輩に、俺は言う。


「ぶっちゃけ、わかってたんで」

「……ふっ、そうかい」

 軽く笑った。見栄を張ってた自分が滑稽だったのか、肩の荷が降りたのか。


「先輩、人間はそんなものです。隠し事は誰にでもある」

 隠し事の大家である草壁もそうおっしゃっている。

 平和なムードで回収は終わった。



「さて問題は、これからどうするか」

 ポスターを鞄にしまって、草壁が口を開く。止める気はないらしい。


「もう一回このポスターを貼っていくってのはどうだ?」

「愚の骨頂」

「ポスターを剥がせとは言われたけど、貼ってはいけないとは言われてないだろ?」

「とんち利かせた風だけど、普通に言われてると思う」


「ずっと尋ねたかったのだけど……」

 伊達先輩がおずおずとした様子で口を開いた。


「どうしてそんなにやる気があるんだい?」


「え?」

 急に根本的な質問が来たので、びっくりしてしまった。


「ボクの意見に共感してくれたと言っても、正直、会ったばかりじゃないか。キミたちは一年だし、わざわざ先生に怒られてまで行動しようとする理由はなんだい?」

 たしかに。今更だが伊達先輩にしたら当然の疑問だろう。

 俺は正直に答える。


「実は俺はそんなにやる気ないんですけど」

「それはわかってる。草壁君に聞いてるのさ」

 あっそ。


「……伊達先輩も素顔を曝け出してくれましたし、私たちも話すべきですね」

 草壁は覚悟を決めた表情をしていた。


「そんなすごい理由があるのかい?」

 伊達先輩が不思議そうに尋ねる。すごい理由、あるんだなそれが。


「また、あそこに行きませんか? 少しくらい大丈夫でしょう」

 草壁はそう言って、歩き出した。


 向かった先は屋上前だった。

 相変わらず机と椅子が積んである、それだけの空間。伊達先輩と初めてあった場所。まだそんな経ってないけど、ちょっと懐かしい。

 軽く見回して、草壁は口を開いた。


「民衆を導く自由の女神、という絵画をご存知ですか?」


「え?」

 唐突な発言に、先輩は驚いている。


「絵画です。フランスの七月革命を題材に、ドラクロワによって描かれたものです」

 絵の話を始めた。なんで毎回こういう謎の話を入れたがるんだこの人。


「ああ、もちろん知ってるよ。いい絵だよね」

 伊達先輩はそう言いながらスマホでググってチラチラと横目で確認している。もはや微笑ましい見栄っ張りだ。

 俺も画像を覗き込む。戦場で旗を持ったボロボロの女性がカモンってやってる絵だ。見たことはある。


「その女性には、腋毛が生えてるんです」


「わ、腋毛?急になんだい?」

 先輩が高い声をあげる。そりゃいきなり腋毛とか言われたらビビるわ。


「よく見てください。この女性のここ、黒くなってますよね」


「あ、ああ、生えてるね。うん」

 腋毛で照れてる。ウブなリアクションだ。


「ドラクロワは女神を描いた。それは清らかな肌を持つ理想としての女神ではなく、戦乱の最中で自由を求める現実的な女神。美術界に物議を醸したが、人間たちの胸を打った」

 怒涛の勢いで、草壁は語っている。


「これこそが美であり、自由。本当は陰になって黒く見えてるだけで腋毛を生やしてるかは定かではないのですが、それでも自由とは、現実で戦って掴み取るものなんです」

 さらっと致命的なことを言っている気がしたが、それでも草壁は勢いのまま、息を吸って、言った。


「つまり腋毛とは、自由なんです」


「……なにを言ってるのか全くわからないのだけど」

 伊達先輩が言う。そりゃそうだ。

 ただ俺には、草壁がなにをしたいのか、わかる。


「それが、私たちが屋上に行きたかった理由です」

 そう宣言して草壁はブレザーを脱ぐ。ネクタイもボタンもポンポン外していく。


「えっ?」

 戸惑う先輩を置き去りにして、下着姿になった。そして堂々と腕を持ち上げる。

 その姿はさながら、自由の女神のよう。


「なっ、ええっ!?」

 先輩が驚愕の大声をあげる。草壁の腋毛が、露わになった。


「私たちは腋毛を通じて、本当の自分を探してるんです」

 草壁は決め台詞のように言った。


「この清潔になっていく世界では自分の存在を忘れてしまう。そう思って私は腋毛を生やした。無藤もそれに賛同してくれました」

 うん、賛同したな。たぶん。


「それは先輩が屋上を求める思想と似ていると思ったんです。だから協力しました」


「そ、そうなんだ……」

 先輩がどもりながら言う。素のリアクション。草壁の行動をまだ理解はしていないが、なんとかして衝撃を飲み込もうとしているようだ。


「だから私はまだ、屋上という自由を諦めたくないんです」


「う、うん……そうか……なるほどね」

 先輩はただ頷いている。俺たちを見る目が変わった気がする。


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