第10話 会社が人生の価値観になる

会社でサラリーマンとして勤務していると、会社が人生の価値観になってしまう。

人間関係も人生観も。

日々の思考も習慣も。


人間関係について言うと、会社の人達は別に家族ではない。


人生観について言うと、会社での規律やルールが自分の人生の規律やルールになってしまう。


日々の思考や習慣について言うと、仕事上の言葉が人生観に影響を与えてしまう。


僕の場合、所属部署がリスク管理系の部署だったため、日常的に「リスク、不確実性、危険性、損失」といった言葉が飛び交っていたし僕自身も使っていた。


本人は気づいていなくても

普段の言葉遣いは人間の人格形成に影響を及ぼす。


同様に、仕事において用いている言葉 ― 「リスク」とか「不確実性」といった言葉 ― は、いつの間にか僕の思考にも悪影響を与えていたことに会社を辞めてから気づいた。


なんでも保守的に、なんでもリスク回避的に考えてしまう癖がついてしまっていたからだ。


一日の半分もの時間を仕事に費やしている以上、そこでの言葉遣いは確実に人格やメンタルにまで影響を及ぼすのだ。(しかも自分では気づかない)


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会社を辞めてから自分がこれから何をしていけば良いのか分からず、悶々とする日々が続いた。


どんなに考えても思いつかない。苦しかった。


朝起きても今日一日何もすることがない自分が情けなく思えて

むしろ出勤して毎日やることがあるサラリーマンが妙に羨ましく思えた瞬間もあった。


僕は感覚が麻痺していたのだと思う。


ただ、それは今でこそ言えること。


会社に行かないことが日常になり、ゆっくりした時間の流れの中に身をおくようになって、

今まで見えなかったものが見えるようになってきた。

今まで感じたことのない気持ちを感じるようになってきた。


今は朝8時頃に起きると次のように思う。

「さあ、今日は何をしようか」と。


それがサラリーマン時代は違った。

当時は午前3時半頃に起きると真っ先に世界の金融市場の動向をチェックする。

そして時間に追われて一日を過ごすのだ。

「7時前にオフィスに到着して会議資料を仕上げなくてはならない」と。


サラリーマン時代にやってたことは

「自ら主体的にやりたいこと」ではなく

「業務として求められていたこと」なのだ。


自分が曲がりなりにも48歳までサラリーマンをやってこれたのは、

手前味噌だがそういった「求められること」をやれる能力が相応にあったからなのだろうと思う。


でも、それはやっぱり「役割に応えてきただけ」の人生だった。



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僕にもサラリーマンとして絶好調だった時期がある。

忙しくて大変だったが、それを上回るパワーが当時の自分にはあった。


それが自分の人生の黄金時代だった。

少なくとも自分ではそう思っていた。


だから母の介護問題がひとまず落ち着いた時に僕が就職活動をしたのは、あの頃の輝いていた頃の自分を早く取り戻したいという想いからだった。


だけど、就職活動しているうちに少しずつ頭の中で疑問符が大きくなっていった。


自分は本当にもう一度サラリーマンをやりたいのだろうか?


自分が取り戻したいと思っている過去の栄光は、本当に自分の魂が喜んでいたものだったのだろうか?


会社のために頑張って働いたことが高い人事評価につながったり、昇給・昇格などの結果につながったりしたことで、自分が一方的に「黄金時代」と思い込んでいるだけなのではないか?


また朝の3時半に起床したいのだろうか?

満員電車で通勤したいんだろうか?

週末なのに会社の仕事が頭から離れないような生活に戻りたいんだろうか?


そうして定年退職までの最後の10年間を働き続けたとして自分に何が残るんだろうか?


それは自分が本当に求めていることなんだろうか?


ある日、東京駅周辺の大手町のオフィス街を歩いてみた。

以前に働いた会社があった場所だ。


その人の流れの中で、心の声が聴こえた。


「新しい未来を築いていこう。それは過去の再現ではないのだ」と。


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