第28話 これがSランクの高みっ!

 観覧席はざわついていた。


「あっぶねぇ……!」

「あの体勢から抜刀って……」

「危うく迷宮の悪魔ダンジョン・デビル斬られるとこだったよな」


 観戦している探索者らの大半が、やはりSランク探索者である凪沙の技に驚く中、前の方の席に座っていた眼鏡を掛けた男性探索者が呟いた。


「……注目すべきはそこじゃないだろ」


 知っての通り凪沙はSランク。

 このダンジョン・フロートにおける“最強”の一角だ。

 ゆえに、どんな超絶技巧を見せようと感嘆こそすれ驚きはしない。


 その男性探索者は右手中指でクイッと眼鏡を押し上げる。


「間一髪とはいえ、Sランクの超絶技巧の一撃から逃れたルーナたんに驚くべきだ」


「る、ルーナたん……」

「ルーナたん!?」

「ルーナ……たん……」

「たん……」


 また別のニュアンスで観覧席がざわつくが、眼鏡の探索者は至って真面目な顔を貫いている。


 だが、言っていることは的を射ていた。

 瑠奈はDランク探索者。

 Sランク探索者の凪沙とことが既に驚愕に値するのだ。


「だがまぁ……いかにルーナたんと言えど、あとどれだけ【剣翼】に食らいつけるか……」


 眼鏡の奥で、その男性探索者の目が細められた――――



「瑠奈……今度は、こっちから……」

「――ッ!?」


 逆手で抜刀した凪沙が打刀を順手に持ち直してから呟いた刹那、瑠奈の瞳がカッと見開かれた。


 大きくバックステップして間合いを広く保っていたはずなのに、気付けば凪沙が眼前まで迫っていたからだ。


(速すぎる……!)


 驚愕しつつも、瑠奈は大鎌を身体の前に持ってきて防御姿勢を取る。

 そこに隙なく繰り出される乱れ斬撃。


 ガガガガガガッ…………!!


 目で追えない剣速。

 刀身が霞んで、残像を捉えるので精一杯。

 では速度を意識しすぎて一撃が軽いかと問われればとんでもない。


 超高速で繰り出されるその一撃一撃のどれをとっても、当たれば瑠奈の手足など容易く切断される威力だ。


(でも、受けてばっかりじゃ……面白くないよねっ!)


 ニッ、と瑠奈の口角が持ち上がると同時、全身から赤色に可視化されたオーラが噴き出す。


 Bランクモンスター【クリスタル・ゴーレム】との戦闘時に覚醒した、まだ名称を決めていない瑠奈の固有スキルだ。


 身体能力、肉体強度、動体視力などのあらゆる能力を大幅に昇華させる。


「あっはははははッ!!」


 凪沙の繰り出す高速の乱れ斬撃の中の一撃に合わせて、瑠奈が大鎌を強く押し込む。


「ん……」


 凪沙は体勢が崩される前に後方に大きく跳躍。

 そして、この状況こそが瑠奈の狙いだった。


【アイアンスケイル・グレータースネーク】戦のときも【クリスタル・ゴーレム】戦のときも、自分の身をもって経験したこと。


(いくらSランク探索者でも、人間は空中で無力っ!!)


 シュバッ! と瑠奈の大鎌に深紅の焔が灯った。

 スキルで自身の力を底上げした上での《バーニング・オブ・リコリス》による一撃。


 凪沙が地に足をつける前に撃ち込む、と瑠奈が金色の瞳に宿る鋭利な眼光を輝かせたとき――――


「悪くない手……でも……」

 宙で凪沙が翻りながら静かに呟く。

「それは、相手が遠間からの攻撃手段を持っていないときに限る……」


 凪沙は光を灯さぬ銀色の瞳で瑠奈を見据えながら、右手に持つ打刀の刀身を輝かせた。


「《弧月――》」


 そうスキルの名前が呟かれた瞬間、瑠奈の脳裏にフラッシュバックする光景――【クリスタル・ゴーレム】の極太レーザーを一刀両断したときのもの。


(でも、確かあれは単発斬撃……躱せば問題な――)


 そんな瑠奈の考えは、続く凪沙の声と光景によって掻き消された。


「《――七閃》」

「なっ……!?」


 空中で凪沙が輝く刀身を振るう。振るう。振るう。

 その白刃の軌跡を描くように、斬撃が瑠奈に降り掛かってきた。


 ズザザザザザザザァッ!!


 もう一瞬とも呼べる間に、七つの斬撃――スキル《弧月》が瑠奈を襲い、大きな煙を巻き上げていた。


 その間に凪沙は静かに、華麗に着地。


 瑠奈の姿は煙によって見えないが、もう決着はついただろうと観覧席に座る誰もが確信した。


「ま、まぁ、よくやったよな」

「あ、ああ。相手はSランクだしな」

「流石にこうなるよな~」

「いくら【迷宮の悪魔ダンジョン・デビル】でもなぁ」

「しょうがないよ……」


 そんな同情と、慰めの声で騒めく観覧席。

 だが、そんな彼らの確信が、ただの思い違いであることは、


「――っははぁッ!!」


 語尾を裏声に返して持ち上げたような笑い声と共に、瑠奈が煙を斬り裂いて最短距離で凪沙に迫った。


 そう。凪沙のスキル《弧月》だけでは大きな煙など上がらない。


 降り掛かる七つの斬撃を、瑠奈が《バーニング・オブ・リコリス》の焔を灯した大鎌で防ぎ切ったからこそ爆発し、舞い上がった煙。


 身体にエーテル体の亀裂が入っているのを見るに、何とかギリギリで凌いだことがわかるが、普通Dランク探索者では凪沙の七閃をギリギリでも防げるわけがない。


 観覧席の誰もが自身の目を疑い、驚愕する中、瑠奈の大鎌の切っ先がフィールドを擦って嫌な金属音と共に火花を巻き散らしながら凪沙に迫る。


 そして――――


「瑠奈……貴女は、強くなる……」


 凪沙の左手が右腰に吊るしてある鞘に収まった打刀の柄へと伸びていた。


「だから、今は見ておいて、高みを……【剣翼】の到達点を……」


 どこまでも引き伸ばされた体感時間の中で引き抜かれるのは、漆黒の刀身。


 右手に白銀の刀。

 左手に黒曜の刀。


 誰かが言った――凪沙が両手に携える刀はまるで翼のようだと。


 瑠奈は初めて【剣翼】の名の由来を目の当たりにしながら、その遥か高みを脳裏に焼き付けた。


「闇夜に瞬く、星屑の如し……《おしるこ》……」

「……え?」


 聞き間違いだろうか、と流石に瑠奈の狂気も一気に冷めてしまったときには、そのスキル名とは裏腹にSランク探索者に相応しい一撃必殺の絶技が繰り出された。


 黒曜の刀が抜刀されると同時に凪沙の身体が霞む速度で消え、瑠奈の後ろに過ぎ去った頃には、諸手の打刀が織り成す刹那の間の千の斬撃が瑠奈の身体を――変換されたエーテル体を粉みじんにしていた。


 ……ちなみに、あとで瑠奈が凪沙に聞いたところによると、右手の白銀の打刀の名前は『おこめ』で左手の黒曜の打刀の名前は『あずき』だそう。


 命名者――Sランク探索者、向坂凪沙。

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