第25話 怒り狂わせたモノの末路

「……粉々にしてあげるよ……ワタシの手で……」


 瑠奈は一切のハイライトを消し去った金色の瞳で、両腕を失った【クリスタル・ゴーレム】を見据える。


 髪は女の命。

 美しいキューティクル、ふわっふわの髪質を維持するのに、一体どれだけの手間が掛かっているか。


 それをレーザーで焦がしたゴーレムは、万死に値する。


「スゥ…………」


 瑠奈が細く長く息を吐き出しながら、腰を落として半身に構え、大鎌の柄を両手でしっかりと握り込む。


 ふわり、と瑠奈の髪がなびいた。


 ここはドーム空間で風は吹かない。

 髪をなびかせたのは、いつの間にか瑠奈の身体から発せられていた可視化されたオーラのような揺らめき。


 色は赤。

 それも彼岸花のような鮮烈な赤。


 静かに、ただ静かに瑠奈の全身から湯気のように発せられている。


 そして――――


「――ッ!」


 ゴーレムの顔面にある赤い宝石が再び激しく輝いた。

 音も置き去りにして放たれたレーザーが、瑠奈の立っていた場所に直撃する。


 ダァアアアン! と激しい爆発音。

 しかし、爆炎と土煙の中に瑠奈の姿はない。


 レーザーが捉えたのは、瑠奈が置き去りにした赤い残像。


 瑠奈はとっくに駆け出していた。


 身体の輪郭が霞む勢いで地を疾走する瑠奈が、グングンとゴーレムとの距離を飛ばしていく。


 対してゴーレムはそれを阻む腕がない。

 しかし、迫り来る相手を静観しているつもりもない。


 カァッ、と赤い宝石を輝かせ、レーザーを立て続けに連射。


 もはやDランク探索者の域を出ている速度で疾走する瑠奈を狙って撃ち抜くことは難しいが、数の多い雨がどうしたって人の身体を濡らすように、ゴーレムはレーザーを撃ちまくる。


 乱れ撃ちのレーザーの雨の中、瑠奈はそのほとんどを生存本能という名の勘で回避していくが、それでもやはり時折肌を掠めては血が滲み、火傷を負っていく。


 だが、痛みはない。

 痛みを感じぬほどに、瑠奈の意識は、視線は、眼前のゴーレムのみへと注がれている。


 レーザーの雨を掻き分けて、彼我の距離はみるみる近付いていく。


 そして――――


(あと、少しっ……!!)


 自分の間合いにゴーレムを納められる数歩前まで足を踏み入れた瑠奈。


 が、その瞬間――――


 カァッ――ビィィイイイイイイインッ!!


 必死の抵抗ということなのだろう。

 あと少しというところで、ゴーレムがレーザーの出力を引き上げた。


 瑠奈の進路を読んだうえでの、乱射ではない――一本に集束された光の柱とさえ形容出来る極太のレーザー。


 瑠奈は反応することすら出来ず、その身体の輪郭を熱線の中に溶かしていき、鈴音や凪沙、多くの視聴者が見守る中、跡形もなく消え去った。


 ――だろう。

 いつもの瑠奈であれば。


 瑠奈は跳躍していた。

 極太のレーザーを眼下に見据えて、宙を駆けていた。


 躱したのだ。

 身体から赤く可視化されたオーラを放ち始めてから、瑠奈の身体能力や肉体強度、動体視力は自身の探索者レベルを超えて強化されていた。


 もう、瑠奈にゴーレムの攻撃は届かない。

 Bランクモンスター【クリスタル・ゴーレム】より高みに、瑠奈は達した。


 ただ、一つ失敗したことと言えば――――


「しまっ――!?」


 瑠奈が跳躍して躱したことにより、極太のレーザーはそのまま直進し、ドーム空間の端に立っていた鈴音と凪沙に迫っていく。


 自身の失態を悟り、宙で振り返る瑠奈。

 その視線の先で、悲鳴を上げる暇すらなく迫るレーザーの光を見る鈴音。


 直撃すれば必死。


 死を予見する中、どこまでも引き伸ばされた緩慢な時間の流れの中で、唯一動けたのはただ一人。


 それはもう一瞬の間の中に、ゆったりと余裕を持った動きで、洗練された所作で――――


「白刃一閃、三日月の如し……《弧月》……」


 この程度ハプニングですらない――そう語らんばかりに、銀色の両目を開いた凪沙が左腰の鞘から白銀の打刀を抜刀一閃。


 放たれた三日月型の斬撃がゴーレムのレーザーを両断。


 ゴーレムの最期の抵抗?

 火事場の馬鹿力?

 命懸けの一撃?


 どんな理由を、覚悟を並べようとも無意味。

 力の差は歴然。

 凪沙はダンジョン・フロートに六人しかいないSランク探索者の一人であり、本人曰く、自分より強い探索者はたったの二人だけ。


 そんな圧倒的な高みの前で、ゴーレムの決死のレーザーは虚しく霧散する。


「瑠奈……こっちは気にしないで……前だけを、見れば良い……」


 大して声を張るわけでもなく発せられた凪沙の言葉は、しっかりと瑠奈の耳に届いた。


 瑠奈はニッと口角を吊り上げて応えると、跳躍の軌道をなぞりながら大鎌に深紅の焔を灯した。


「《バーニング・オブ・リコリス》……」


 先程の高出力のレーザーの反動か、既にゴーレムの顔面は焼け、脆くなり、欠け落ちている部分もあった。


 それでも、撃つしかないのだ。

 大人しく大鎌に狩られるか、それとも最期まで足掻いて活動を停止するか。


 答えは後者――【クリスタル・ゴーレム】最期の一撃が放たれる。


 今度こそ空中で自由に動けない瑠奈を、射線上に捉えた。

 同時に、無理矢理な高出力のレーザーの反動でゴーレムの身体に亀裂が入っていく。


「髪の代償……しっかり受け取れぇぁあああああああああああッ!!」


 回避不可能なら迎え撃つまで。

 瑠奈は深紅の焔を纏わせた大鎌で極太のレーザーを斬り裂きながら、ゴーレムに向かって飛んでいく。


 彼我の距離、十メートル、九、八、七――――


 瑠奈の大鎌が自身のスキルの負荷と、ゴーレムの熱線によって溶かされていく。


 彼我の距離、六、五、四、三――――


 もはやそれは大鎌の刃の原形を留めていない、深紅の焔が不鮮明に描き出す一刀。


 彼我の距離、二、一メートル――――


「あぁぁあああああああああああ――ッ!!」


 絶叫と共に、瑠奈が放つ深紅の焔がゴーレムを穿つ。


 ダガァアアアアアンッ!!


 ゴーレムの身体は刻まれた亀裂を起点に砕け散り、内から灼熱の彼岸花を幾輪も咲かせながら、爆音を轟かせて四散した。


 瑠奈、二度目のBランクモンスターソロ討伐。

 そのLIVE配信を通して、更に【迷宮の悪魔ダンジョン・デビル】の名は広まっていった。


 そして同時に、数々の名のある探索者達の武器を打ち上げてきた名工――鉄平に、嫌でも瑠奈の力を認めさせることになったのだった。






【あとがき】


瑠奈「ふわぁ……流石に疲れたよぉ~。LIVE配信お疲れ様ぁ……すぅ、すぅ…………」

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