第七話 武器の新調

 宮崎組の襲撃から、半年が経過した現在。

 アラタは襲い来る宮崎組の襲撃のことごとくを退け、今なお五体満足で君臨していた。黒林檎のポーションのおかげでもあるだろう。


「アラタか。お前さん随分と派手にやっているみたいだな」

「敵が多くて……」

「あまり無茶をするなよ」


 なんでこの人地獄に落ちたんだろう。アラタは率直にそう思った。

 よっぽどのっぴきならない事情でもあったのだろうか?

 それとも自分と同じように無実なのか。

 気になったが、アラタは聞かないことにした。


 せっかく良好な関係を築けているのにそれを不用意な発言で不意にしたくなかったからだ。 

 アラタは要件をちゃっちゃっと済ませることにした。


「ガルドさん。武器の研ぎ直しを依頼したいんですけど、よろしいでしょうか?」

「かまわん。と言いたいところだが、お前さん、そろそろ武器の新調をしてみんか?」

「武器の新調ですか?」

「防具は黒林檎を喰らうお前さんには要らんだろうが、武器の方はそうでもないだろう?」


 確かに、とアラタは頷く。

 この打刀も相当に性能がいいが、そろそろ他の狩場に移ろうと考えているアラタには少し物足りない気もしていた。


「お前さん。現世に帰ることをめざしているんだろ? なら生半可な、店売りの量産品じゃだめだ。俺の全身全霊を注ぎ込んだ一振りでなくちゃな」

「いくらぐらいかかりますか?」

「特別だ。タダで打ってやる。お前さんを見込んでのことだぞ?」


 何と。アラタは驚愕した。

 どうしてですか、とアラタは問うた。

 ガルドの答えはシンプルだった。


「俺は最強が見たい。自分の作った最強の武器を振るう、最強の戦士が見たいんだ。そのために俺は地獄の落ちるほどの所業を繰り返してきた。そして地獄に落ちてなお、最強を求め続けている」


 成るほど、彼は求道者のようだった。

 そのために人間性すらも斬り捨ててきたのだろう。

 

「お前さんならば、この凶悪無比な咎人たちが跳梁跋扈するこの地獄においても、頂点を獲り得ると俺が見込んだ」

「ありがとうございます」

「しかし、だ。素材が足りんのだ」

「素材ですか?」

「俺もそこそこの強さでな。自分で集められる程度の素材ならば、集めている。しかしどうしても手が届かない素材が三つある。一つは黒鋼。二つ目は霊玉。三つ目は黒炎だ」

「どれも、聞いたことがあります」


 黒鋼は、地獄の奥底の無間にて手に入る、玉鋼の一つ。

 霊玉は、地獄の空に浮かぶ星々の一つ。

 そして――。


「この無限地獄を他の地獄と隔てる、黒炎ですか」

「ああ。そうだ。最強の武器を作るためにはこの三つが必要不可欠だ」

「でもどれも、一筋縄ではいきませんよね」

 

 黒い炎は命を焼き尽くす、決して消えない炎。

 そして残り二つは……。


「黒鋼はレイオールインダストリアルが、霊玉は冥楼会の連中が独占しています」

「その通りだ。どちらも、この地獄を二分する二大巨頭だ」


 この二つと比べれば,宮崎組なんてクズみたいなものだ。

 レイオールインダストリアルは地獄の鉱山を独占する、戦士職の連合。

 冥楼会は地獄の地脈を独占する、魔術職の連盟だ。


 どちらもこの地獄において、最強に相応しい戦力を有している。

 単独の人間が敵に回すなど、現世において超大国を個人が敵に回すようなものだ。

 無茶無謀の極みというほかない。


「連中からアレテーを支払って譲り受けるにしろ、無理やり分捕るにしろ、どちらにしろ今のお前さんであっても比較にならない力が必要だ。できるか?」

「どちらにしろ、現世に行くにはカルマを浄化しきらないといけないんです。一石二鳥ですよ」

 

 頼もしい限りだ、とガルドは笑った。

 

「とりあえずの新しい武器として刀を打っておいた。好きに使うといい。銘は『黒鳴』だ」


 渡されたのは漆黒の日本刀だった。

 漆を塗ったかのように黒く艶光りしている。

 

「お前さんならそいつを自在に使いこなせるようになるころには、レイオールも冥楼会も相手にならんはずだ。何せそいつは俺の地獄での最高傑作だからな」

「すげぇ……」


 びりびりと肌がひりつくような感覚にアラタは襲われた。

 この剣は、恐らく現世には存在できない代物だ。生半可な人間だったら、見ているだけでこの剣の剣気にやられて死んでしまう。

 そのレベルの剣だった。


「上手く使えよ。そうでなければお前さんをも殺しかねん。お前さんなら殺されても気にしなさそうだがな」


 アラタはその剣の柄を握った。

 途端に莫大なエネルギーが剣から流れ込んでくる。

 即座に理解した。この剣は黒林檎の幹を使用して作り出されたものだということを。


「あんな硬い木を一体どうやって……」

「まずはお前さんも、黒林檎の木を伐採できるようになるのが先決だな。あれの素材は良い材料になる。そいつを渡してくれればアレテーをやるぞ。少なくない量をな」


 成るほど、伐採クエストというわけだ。

 しかしアラタも試してみなかったわけではない。いちいち身を採取するのが面倒で、木を切り倒そうとしたことはある。

 けれど、まるで刃が立たなかったのだ。

 

「今の俺に刃が立ちますかね?」

「さあな。今のお前にできるかどうかは分からん。しかしこの先のお前ならば必ずできるようになる」


 断言されてしまった。

 

「お前さん、どうして地獄から現世に行った人間が一人もいないか分かるか?」

「え、罪が重すぎるからじゃないんですか?」

「違うな。ここではある種無限の時間が流れている。無限の時間の前に有限の罪の重さでは、いずれ清算されてしまう。まあ、まともにアレテーを稼ごうなんて奴はほとんどいないから、そう見えるのも無理はないがな」

「確かに。ではなぜ?」

「答えはシンプルだ。許されていないんだよ。被害者に」

「あ」


 考えれば当然のことだった。ここは死後の世界だ。当然、加害者だけでなく被害者の魂だって存在するはずだ。そして地獄に落ちるようなことをされた魂が、そう簡単に相手を許すとは思えない。

 いや、その被害者の家族や友人、恋人などを含めれば絶対に許されることなんてないだろう。


「気づいたか。この地獄で何もしないと、カルマは貯まり続けるんだよ。被害者の怨念が注ぎ込まれてな。これは前世で大きな罪を犯した人間ほど大きい。どれだけ地獄でアレテーを稼いだところで、帳消しにできないほどにな」

「それじゃあ、誰も地獄から出られないってことじゃないですか」

「そりゃそうだ。ここは無限地獄だぞ。底なしの地獄すら生温い罪人だけが落ちる場所だ。どれだけ罪を悔いたところで、己の罪は消えない。罰を受け続けるべきなんだよ。こんなところに落ちるような奴は」

「そんな……。でも俺は無実ですよ!?」

「だから俺はお前さんに目を付けた。この地獄において、罪を持たず、罰を受けるべきでなく、即ちカルマが溜まらない。無限に強く成りつづけられる存在に」

「……ソレは、本当ですか?」

「お前さんの狩りのペースと現在の強さを考えてみれば、お前さんを恨んでいる被害者はいないっていうことになる。そんなのはあり得ん。恨む者がいないのならば、地獄に落ちることもないはずだ。つまりお前さんは、本当に無実なんだな」


 ああ、そうだ。何度も死んで来た。飢えるよりも渇くよりも、傷つくことよりも、黒林檎の死を選択してきた。

 それもすべて、知っているからだ。

 自分が悪くないことを。だから死ぬたびに痛みよりも強い怒りが湧き上がってきた。

 ソレが彼の正気を保たせていた。


「お前さんは強くなれる。最強になれる。この地獄から出て行くことができる。俺はそう確信している」


 ガルドはそう、強く言い切った。

 アラタは静かに涙を流した。

 安堵から、だ。

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