第五話 待ち伏せ

 紅い空の下に、黒い草原が広がっている。

 ここは街の西側の平野。ガルドにお勧めされた、新入り向けの狩場である。

 アラタはそこでひたすらモンスターを狩っていた。


「ギュイィ!」

「ギュイギュイ!」


 相手は鋭い牙と角を備えたウサギ、角牙ウサギだ。

 突進と噛み付きを武器に、咎人を食い尽くさんと地を蹴る。アラタはソレをすれ違いざまに切り裂いた。

 一体、一体と倒すうちに、ウサギは地面に倒れ伏し再生を行っている。

 再生中に攻撃をするとより一層悶え苦しんで、その果てには灰色の砂になって肉体を崩壊させた。

 

「結構アレテー溜まるもんだな。やっぱただ殺すよりもこうしてトドメを刺した方が、獲得量は多いか」


 アラタは刀を振るって、血糊を落としながらつぶやく。

 周囲には灰色の砂が散乱し、灰の砂原と化していた。すでに相当数の角牙ウサギを狩っていることの証左だ。

 この辺り一帯の角牙ウサギは狩り尽くしたといっていいだろう。


「よし、それじゃあカルマを浄化しに向かうか」


 というわけでアラタは街に戻るのであった。

 


 □



 見られている。

 アラタは即座にそう感じた。街に入ってからだ。

 物陰や屋根の上から何人かがこちらを見ている。心当たりは、ある。街を入る時に入場料をせびろうとした連中の仲間だろう。

 

(面倒な連中だ。念のため、あれを口に含んでおくか)


 アラタは懐からとあるものを取り出して、口に放り込む。

 そしてそのまま街の中央部へと向かっていく。彼の予想が正しければ……。


「やっぱり、待ち伏せされていたか」

「よう、新入り。ウチの連中が随分世話になったみたいじゃねえか」


 現れたのは肥満体の大男だった。

 その周囲にはガラの悪そうな――地獄に落ちている時点で、ガラが悪いでは済まないだろうが――男たちが何人も並んでいる。

 彼らの目的は一つ。報復だろう。


「何か用か?」

「分かってんじゃねえのか? テメエも地獄に落ちるような輩だ。俺らみたいな連中は面子っていうのが命よりも大切なんだよ」

「一緒にするなよ」

「あ”?」

「俺は無実の人間だ。こんなところに落ちたのも、クソ閻魔の手違いさ」


 ソレを聞いた途端に、男たちは腹を抱えて笑い出した。

 耳障りな笑い声が周囲に響き渡る。


「お前、マジで言ってんのか? 冗談だとしたら傑作だぜ!」

「ぼくちゃんはむじつなんでちゅー、てか? ギャハハハハハ!」

「久々にこんなに笑ったぜ。礼と言っては何だが、アレテーを全部置いていくのなら見逃してやるよ」

「アレテーは両者の同意と商品がない限り、交換できないんじゃないのか?」


 男はニヤリと笑って言った。


「お前さんは俺たちから安全を買うのさ。有り金全てでな」

「断る」


 簡素な返事に男たちはいきり立つ。

 ソレを肥満体の男が手で制しながら、アラタに問うた。


「お前には目ん玉ついてんのか? これだけの数を相手にどうにかなるとでも?」

「さあな。でも殺しに来るなら容赦はしないさ」

「そうかい! じゃあ遠慮なく行かせてもらうさ!」


 男たちは拳銃を構えた。

 その全ての射線がアラタを狙っている。彼が熾せた行動はワンアクションだけ。しかし彼は回避も防御もしなかった。

 乾いた銃声が轟き、無数の弾丸がアラタを撃ち抜く。

 

「おい! こいつはドラム缶行きだ! 誰に逆らったのかをたっぷりと教えてやらなくちゃならねぇ!」


 不穏な単語を呟きながら、倒れ伏した新たに近づく肥満体の男。

 彼は思い込みが激しいというわけではない。

 常識なのだ。一回殺された咎人は、痛みに精神を焼かれて身動きが取れなくなるというのは。

 しかし。


 アラタは咎人ではなく。

 常人の精神ではなかった。

 故に。


「シッ」


 起き上がりざまに斬撃が放たれる。

 その白刃は肥満体の胴体を深々と切り裂いた。内臓が零れ落ちそうなほどに。


「がっ、な、何で!?」

「撃て、撃ちまくれ!」

 

 銃弾がアラタの肉体を幾度となく貫通する。しかしその傷は即座に塞がっていく。

 同時に夥しい量の血液が、彼の喉からせり上がった。


「こいつ、黒林檎を飲み込みやがったんだ! だから銃弾で撃ち抜かれてもすぐ再生しちまう!」

「正気か、コイツ!?」


 しかしそれでも脳髄に銃弾が突き刺されば意識が飛んでしまう。だからアラタは肥満体の男を組み伏せ、その首筋に刀を押し当てた。


「道を開けろ。さもなくばこいつの首を切り落とす。銃弾は無駄だぞ。自分たちの上司を殺して、その不興を買いたくはないだろう?」

「くっ……」

「撃つんじゃねえ! 撃つんじゃねえぞ、お前ら! 撃ったら、ドラム缶行きだからな!」


 その一言に男たちはビクリと震え、銃を構えていた手を降ろす。アラタは肥満体の男を引きずりながら、開けられた道を通り、閻魔象へと触れた。

 そして脳裏に浮かんだ言葉に従う。凄まじい抵抗感と共に。


「………………偉大なるクソ閻魔様、どうか我が徳を以って、我がありもしない罪を浄化してください」


 反応しない。

 アラタは先ほど以上の抵抗感と怒りをにじませながら、言い放つ。


「偉大なる閻魔様!! どうか我が徳を以って!! 我がありもしない罪を浄化してください!!」


 反応しない。

 一言一句違わず告げなければ、いけないようだ。


「偉大なる閻魔様!!!! どうか我が徳を以って!!!! 我が罪を浄化してください!!!!」


 ブチギレていた。

 幸いなことに内心がどんな様相であれ、語句さえ違わなければカルマの浄化はできるらしい。

 アラタの体に力が漲っていく。


「や、やべえ。どんだけ狩ったんだ、コイツ!」

「待ち伏せしてた時間的に一週間は狩りをしていたんじゃねえのか!?」

「嘘だろ!? 食事はどうしてたんだよ!?」

「お前らが言うところの黒林檎を食べて、無限蘇生してりゃあ、空腹は消えるだろう」


 ソレを聞いた全員が一歩後退った。

 あんなものを自分から食べて、それで空腹を帳消しにする?

 そんなのは本末転倒。指先の切り傷を治すために、腕を切り落とすようなものだ。

 しかしそれをアラタはやる。そちらの方が効率がいいから。

 それだけの理由で。


「くそが。ようやく毒が抜けたと思ったのに、お前らのせいでまた吐血で喉を潤す生活に逆戻りだぜ」


 アラタは打刀を構えながら、言い放つ。


「さっき全員俺を殺そうとしたよな。だったらこれは正当防衛だぞ」


 蹂躙が、始まった。



 □



 肥満体の男が目を覚ます。

 その目の前には座り込んでいるアラタがいた。


「アンタら死への耐性なさすぎだろ。なんで二週間も地面を転がっていられるんだ?」

(こ、コイツ、どんだけ狩りをこなしたんだ? 二週間? つまり俺たちが襲う前も含めて三週間狩りをしてアレテーを貯めてたのか? 黒林檎を食いながら?)


 肥満体の男は後悔していた。自分たちは決して手を出してはいけない男に手を出してしまったのだと。

 

「アンタらに聞きたいことがある。アンタらに銃火器を与えたのは誰だ? 他の下っ端は全員アンタにもらったって言ってたぜ」

「そ、それは……」


 言い淀んだ瞬間に白刃が肥満体の男の首筋に当てられた。


「ドラム缶に他の咎人を詰め込んで経験値タンク代わりにしているらしいな。そしてそれを俺にもやろうとした。つまりお前は俺を何度も殺そうとしたわけだ。俺もお前を何回も殺していいと思っている。その事を踏まえた上でもう一度聞くぞ? アンタに銃を与えたのは誰だ」

「ひぅ……!」


 白刃が押し当てられる。

 鋭い痛みと共に、血がたらりとたれ出していく。


「わ、分かった! 言う。言うから! 殺さないでくれ!」

「そうかい。だったらとっと答えな」

「俺たちに銃を与えたのは、宮崎組の連中だ!」


 ソレがアラタの新しい敵の名前だった。

 

 

 

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