第三話 報復と教え

「ひひひ、コイツは上手くいったねぇ。やっぱり来たばかりの咎人は狙い目だねぇ」


 老婆はニヤついた顔で、その場から立ち上がる。


「地獄の食い物にろくなもんはないけれど、中でもこの果実は別格だよ。食えば即座に死んじまうんだ。そしてその毒性は七日間は消えない。つまりお前さんは七日間死に続けるってことなのさ」


 ひひひひ、と笑いながら老婆は去ろうとする。


「それじゃあね、バカガキ。精々そこでのたうち回るがいいさ」


 そう言って去っていく老婆の背後で。

 ザリッと地面を踏みしめる音がした。


「へ」

「がぁあああああああああ!!」


 思い切り老婆へとアラタは飛びついた。

 腕を老婆への首へと回して、思い切り締め上げる。


「な、何で……、動けるんだい……!?」

「痛いだけだろうがァ!!」


 毒性は消えていない。彼の中には未だに一口飲み込んだだけで死に絶えるような凶悪な毒物が残留している。

 しかし彼の肉体はすでに再生している。

 

「驚いた。一回死ぬと空腹とかは消えるんだな」

「あり、得ない……、そんな痛みで動くなんて……」


 再生の痛みは最悪だ。快楽殺人鬼である自分が毒殺に使ってきたどんな毒薬よりも、痛く苦しいと老婆は知っている。

 自分と同じ快楽殺人鬼であり生粋のマゾヒストでもあった男も、これは生きている間に食らったどんな痛みよりも痛いと太鼓判を押していたほどだ。その男は痛みに耐えかね、気が狂ってしまった。

 今は地面でのたうつだけの亡者となっている。そうならないためにも老婆はこうして初心者狩りめいたことでアレテーを稼いでいるのだ。


「とりあえず一回殺すな」

「な……!」


 べきんと、老婆の首がへし折れる。

 凄まじい痛みと共に老婆の意識は暗転した。



 □



 そしてすさまじい、首が折れたことよりもひどい焼けつくような痛みで目が覚めた。


「よう」

「ひっ!」


 アラタはその瞬間を待っていた。


「まさか目を覚ますまで二週間かかるとはな。そのおかげで毒はすでに消えたけどな。この一週間は糞みたいな時間だったぜ。毒で死ぬ以前に自分の血で溺れ死んだこともあったけ」

「ひいぃ! 殺さないでおくれ! 私のカルマは高いままなんだ! 弱いんだよ!! 弱い奴をいじめると、カルマが上がってしまうよ!」

「嘘だな。アンタを殺したが、俺のカルマは上がっていない。逆にアレテーはたまったみたいだけどな」


 咎人を殺すとアレテーが溜まるっていうのは本当みたいだな、とアラタは呟きながら手にしている木の枝を老婆に向ける。


「もう一度死にたくなかったら、俺に情報を寄越せ。もし嘘だったら地獄の果てにいようと見つけ出して、必ずぶっ殺してやるからな」

「わ、分かった、わかったよ! 嘘は言わない! 閻魔様に誓うよ!」


 アラタの蹴りが老婆の腹部に突き刺さる。


「げぼっ!」

「テメエみたいな悪党が自分を地獄に落とした張本人に誓ったところで信用できるかよ」

「わ、分かった! 天国にいる夫に誓うよ!」

「……テメエみたいな悪党が――「本当さ! 本当に天国にいるんだよ! 私の夫は私と違って善良なんだ!!」


 アラタはとりあえず蹴りつけるのは止めておいた。いくら自分を何十回も死ぬ要因を作った奴であろうと、相手は老婆。痛めつけるのは彼の性分に合わない。

 それでも正当防衛を兼ねて一回は殺したが。


「で、他にカルマを浄化したり、アレテーを稼ぐ方法はあるのか?」

「カルマを浄化する方法は、アレテーを貯めてソレを各地の蜘蛛糸に捧げるしかないよ。でもアレテーを稼ぐ方法はまだまだあるんだ」

「もったいぶるな。さっさと言え」

「簡単さ。品物を売るんだよ。貨幣と同じといっただろう? 自分が持っているモノを売ればいいのさ。両者の合意が成立した時に、アレテーと品物の所有権は好感されるのさ」

「詳しい条件は?」

「簡単さ。値段を相手に言って、それを相手が承諾。その上で必要量のアレテーがあれば後は勝手に移行するのさ」

「さっきみたいにアレテーの価値を分かっていなくてもか」

「そうさね。後は私が言ったように獄卒に罰を受けるか、あるいはほかの咎人を殺すかさ」

「アレテーをだまし取ることはできないんだな?」

「よっぽどうまくやらない限りは無理だね」


 ふむ、と呟きアラタは考える。

 そして言った。


「荒野で野犬に出会ったんだ。そいつを殺してもアレテーは貯まるか?」

「地獄の亡犬たちだね。もちろん貯まるよ。地獄生物と言われる連中は、この地獄に勝手に生まれた生命なんだ。そいつも復活能力を備えているけれど、咎人と違って限界がある。そいつらを掃除していけば自然とアレテーは貯まっていくよ」

「なるほど。咎人を殺すのとどっちが、アレテーを多く手に入れられる?」

「当然咎人を殺すことだね。地獄生物殺しが掃除なら、咎人殺しは獄卒の仕事の代行さ。どちらが有難がられるなんて一目瞭然さね」

「ふむ。でもまあ俺の方針は地獄生物殺しだな」

「へ? どうしてだい?」

「人を殺す趣味はないからだ。正当防衛は例外だけどな」

「……まさか、アンタ本当に無実なのかい?」

「だからそう言っているだろうが」


 老婆は呆気に取られていた。

 しかしその直後に納得がいったような顔になる。


「道理で私を一回しか殺さないわけだよ……」

「もう一つアンタに聞きたいことがある。この地獄に街はあるか? 貨幣経済が存在するのならばソレを取引する場所があるはずだ。市場っていう形でな。となってくれば店舗が、店舗があれば住居があるはずだ」

「ご明察さね。ここから一日歩いたところに街があるよ。そこでなら色々手に入るだろうさ」

「武器もか?」

「もちろんさね。武器はこの地獄でもメジャーな商品さ。それがあれば咎人でも地獄生物でも殺せるからね」

「最後に一つだけ。地獄と現世では時間の流れは一緒か?」

「……そんなことを聞いてどうするんだい?」

「もし一緒ならば少なくとも三年以内に戻らなくちゃいけないからだ」

「それなら安心するといい。地獄は他の世界から時間軸が切り離されているんだ。ここでどれだけ時間を過ごそうと、向こうには関係ない。もしカルマを浄化しきったら、好きな時代に飛ばしてくれると思うね」

「証拠は?」

「地獄の常識さね。疑うのなら他の奴にも聞くといい。獄卒でもいいよ。親切に応えてくれるさ」

「咎人相手にか?」

「ここが何で無限地獄なんて呼ばれているか分かるかい? 無限に咎人同士が殺し合っているからさ。その果てに手に入れられる現世に戻れる権利を目指してね。蘇ったは良いけど、時間が経ちすぎて人類が滅んでいました、何て言われたらみんなやる気をなくしちまうさね」

「まだ希望はあるってことだな」


 アラタは木の枝を握りしめる。

 どれだけ時間がかかったとしても、必ず現世に舞い戻って見せる。それが約束なのだから。


「一応礼は言っておくぜ。じゃあな」

「坊や、街についたらガルドという男を尋ねな。アンタのお目当ての武器屋だよ。それも飛び切り腕のいい奴さね。ヒヨリの紹介って言えば無下にはされないはずさ」

「……なんだ、急に親切になって」

「いくら何でも無実の子供相手に騙そうっていう気にはならないよ。そこまで落ちちゃいない。まあ、地獄にはとっくに落ちているんだけどね」


 へっへへへへへへ、と笑い声をあげる老婆。


「そうかい。まあ嘘だったらもう一回蹴り飛ばしてやるから覚悟しておけよ」

「へへへ、そいつは怖いねえ」


 そう言ってアラタは木の枝を手に去っていく。

 その背後の老婆が声をかけた。


「気を付けるんだよ! 無実の人間だと自己紹介をされれば、逆上する人間もいるんだからね!」


 アラタは軽く手を上げて答えた。

 そして彼は歩いていく。

 街を目指して。

 

 

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