ヘルズ・リターナー ~地獄より還り来たる者、最凶につき~

ポテッ党

第一話 開かれし地獄への門 落ちていく無実の少年

「違う! 俺は無実だ!」

「くどい! この閻魔の目は決して誤魔化せはせん! 貴様には罪なき者たちの怨念がこびりついておるわ!!」


 一人の男が床に這いつくばっていた。

 そしてその少年の目の前には、見上げるような巨漢が禍々しくも荘厳な椅子に座っている。

 

「俺はあの【殺人鬼】を止めようとしただけだ! それで一緒になって、階段を転げ落ちて……。俺と同じ場所、同じ時間で死んだ奴を調べてくれ! それで分かる!!」

「くどいと言っている! 貴様のような極悪人、いや畜生にも劣るクズを止めようとした誇り高き青年に成りすまそうなど! 到底我慢ならん!! 貴様には無間地獄すら生温い! 何人たりとも出ることのできない『無限地獄』に落ちろ!! そいつの舌を抜け!!」


 幾人の獄卒に体を押さえつけられ、一人の少年の舌が引き抜かれる。

 夥しい量の鮮血を口から垂れ流しながら、少年は痛みに呻き、地面に転がった。


「貴様のような罪深き者には終わりなき地獄こそが相応しい!! 終わることの無き痛苦の中で、己の罪を永遠に悔い続けるがいい!! 魂が擦り切れ、自分が何者かも分からなくなった後でもな!!」


 少年のうずくまっている床が消える。

 少年の体が落ちていく。

 体を包み込む浮遊感。その中で男の思考が回る。


(嘘だ! こんなの嘘だ! 俺は今まで清廉潔白に過ごしてきた!! 人を殺したことなんて一度もない!! それどころか最期の瞬間なんて人を救おうとしたのに!!  何で俺が死んで、その上地獄に落ちなくてはならないんだ!!!!)


 少年の心中の嘆きを聞き届ける者などいはしない。

 彼の名前を、廻道アラタ。

 地獄にて初めて無実の人間が放り込まれたのであった。



 □



 長い落下が終わる。

 地面に肉体が接触する。奔るのはすさまじい激痛。肉体が文字通り木っ端みじんに成るほどの衝撃があった。しかしそれは序の口に過ぎない。

 肉体が再生していくのだ。まるで蛆虫にたかられているようなおぞましい感触と長く続く痛みと共に、肉体が元の形を取り戻していく。

 

 地獄の咎人たちを真に苛むのは、責め苦による痛みではない。その傷が再生していくことによるおぞましい感触と発狂しかねない痛みなのだ。

 

「がぁっ……!」


 肉体が再生してもなお、アラタは動くことができなかった。

 そんな彼を遠巻きに見ている者たちがいた。

 亡犬と呼ばれる、地獄に住まう野犬たちだ。

 彼らは知っていた。落ちてくる咎人はほかの咎人と比べてよく啼くと。

 ほかの咎人は痛みに既に心を擦り切れてしまっているか、のだ。

 

 だから落ちてきたばかりの咎人は狙い目だった。

 亡犬たちが駆けていく。そしてアラタの体に噛み付いた。


「ぎゃっ!?」


 未だに痛みに呻く彼の新鮮な肉を亡犬たちは齧り取る。そこから鮮やかな赤が溢れ出した。

 全身を犬に噛みつかれ、ズタボロになっていくアラタ。

 股間を食い破られ、内臓すらも引きずり出され、脳髄すらも露出していた。そしてソレが起きる。

 死に伴う再生現象。


「ぐぅぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 そして蒸気を上げて再生していく彼の体を亡犬たちが貪っていく。彼らはこれを自らの腹が満ちるまで続けるつもりだ。

 大抵の咎人はここで心が折れる。自らの罪を悔いて、しかしそれでも終わらぬ痛みに嘆き、泣き、喚き、絶望していく。

 

 


「ふ、ざける、んじゃねぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 怒りの咆哮が彼の喉から迸った。

 亡犬の口に手首から先が無くなった腕を突き込む。これで一匹の口は構造上閉じることはできない。そのままへし折れて尖ったもう一方の腕の骨を眼球に突き込んだ。

 

「ギャイン!?」

「グルルラァ!」


 他の亡犬たちが、より一層アラタへの噛み付きを激しくしていく。

 しかし彼はソレを意に介さなかった。痛くはある。けれどソレを上回る理不尽への怒りがあった。

 眼球に骨を突き刺した亡犬を徹底的に打ち据えていく。何度も折れて尖った骨を突き刺し、膝や肘を叩き込み、時には噛み付きもした。

 

 やがて、亡犬の内一体が死んだ。そして地獄の生物――生きているとは言い難いが――を例外なく待ち受けるのは発狂しかねない痛みと感触を伴う再生現象だ。

 それに襲われた亡犬は新たに怖気づいて、彼から離れた。他の犬たちは違う。その様子を見て、自らたちが捕食者であると分からせるために、ひたすら噛み付き、噛み千切り、噛み砕く。

 

 アラタ自身も何度も死んだ。そのたびに苦痛を伴う再生が襲った。

 しかしそれは彼の怒りに油どころかニトログリセリンを注ぎ込むようなものだった。

 そうしていくうちに、また一体、また一体とアラタから逃げ出す。

 半分も距離を置くうちに亡犬全体に恐怖が蔓延し、群れ全体がアラタから逃げ出していく。

 

「逃げるなァ!! クソ犬ども!! これはなぁ、正当防衛だ!!」


 アラタは逃げる犬たちをへし折れた右脚と千切れた左足を地面に突き立てながら、追いすがる。


「テメエら地獄の連中が! 無実の俺を! 冤罪で責め立てようっていうんだったらなァ!!」


 アラタは叫ぶ。


「閻魔だろうが何だろうが、ぶっ殺して!!!! 現世に帰ってやるからなァ!!!!!!!!」


 今ここに、地獄に無実の人間が落ちてきた。

 あるいは、いかなる咎人にも勝る『』という狂気を携えた少年が。


 これは一人の少年が地獄の底から這いあがる物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る