第21話 執務室にて

 シャングリラの最上階は全てマルボーナファミリーの事務所になっていた。

 案内されながら眺めていると、普通の会社のように事務机がいくつも並び、忙しそうに大勢の男女が働いている。

 そうかと思うと、社員食堂でガラの悪い男たちが何人も飯を食っているし、トレーニングルームで真面目に汗を流している奴までいて、少し驚いた。

 努力するギャングって、なんかイメージじゃなかっただけだが・・・・・・。そりゃ身体くらい鍛えるわな。


 そして俺は今、シャングリラ五階の一番奥にある赤毛の女の執務室に通され、フカフカの高そうなソファに座り、ちゃんと豆を挽いて入れた本格コーヒーを味わっているところだ。

 う~ん、このコーヒー豆は深いコクと苦み、酸味のバランスがとてもいい。

あとで豆を分けてくれないか聞いてみよう。

 一緒に出てきた茶菓子も美味い。きっと高級店の菓子を、どっかから取り寄せているに違いない。少なくともこの街にこんなに美味い菓子を撃っている店など無いのは確かだ。

 やっぱ、ギャングって儲けてるんだなぁ。


「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。あらためて自己紹介するわ。

あたしはバーバラ・フォリッシアーノ。この”シャングリラ”の責任者で、ファミリーの若頭を務めているわ」

「俺はリュカオーン。リュカと呼んでくれればいい」

「フフフ、じゃあ、あたしのこともバーバラと呼んでいいわよ」


 にこやかに笑いかけてくる女の瞳の中には、先程まで燃え盛っていた怒りはない。

あくまで物腰は柔らかく、好感が持てる態度で、先程の一件が無ければ有能なビジネスウーマンといった風情だ。

いくつもの顔を持って、使い分けられるということか。

こいつは中々のタマだな。

 伊達に若頭を張っていないということだろう。


 衣装も光沢のある黒い絹のような生地で仕立てた前合わせの立襟に、体に沿った細身仕立ての長袖の上着を着て、その着丈はふくらはぎにかかるほど長く、両サイドにはウエスト位置までの深いスリットが入っている。下衣にはワイドなシルエットのパンツを組み合わせていて、全体的にシンプルながら上品な模様や金糸や銀糸の刺繍が入って美しく、赤毛が引き立つように計算された着こなしだ。

 俺の前世の記憶にある、民族衣装のアオザイって言うのによく似ているな。


 左腰にはベルトに吊るされたサーベルのような細身の剣を履き、右腰にはサーベルの半分くらいの長さの剣を下げている。

そう言えば、二刀流を使うってエミリーが言ってたっけ。


「そうか、ではバーバラと呼ばせてもらう。早速だがお互い腹の探り合いはやめて、単刀直入にいこうぜ。ズバリ聞くけど、マルボーナファミリーはバンパイアどもと何か関係があるのか?」

「その前にひとつだけ確認させて、リュカ。あんたはバンパイヤをどうするつもりなの?」

「俺は誘拐された女の子たちを探して、助け出すよう依頼を受けている。すんなり戻してくれればよし、もし邪魔するなら叩き潰すまでだ」

「フフフ、それならあたしたちは味方同士になれそうだわ。情報交換といきましょうか」

 

 バーバラが笑顔で俺を見て、頷いた。


「リュカ、あんたは何故、女の子たちを誘拐した犯人がバンパイヤだと思ったのかしら?」

 バーバラが尋ねてきたので、俺は今までのあらましをざっと説明する。


「なるほどねぇ、蝙蝠の眷属か・・・・・・。それは盲点だったわ。実は、ウチの女の子たちも何人かやられているのよ」

「何人やられた?」

「8人ね。ウチのスタッフの子供とか、シャングリラで働いている子とかね」

「ん? シャングリラで働くって、まさか下で選ぶ女の中に、子共もいるのか!」

「まあね。子供と言っても12~15歳くらいの娘たちかしら。そういった娘がいいっていう客も結構いるのよ」

「・・・・・・やはり、クズはクズか。そんな子供を働かせて、上前をはねて食う飯は旨いのか」


 俺が嫌悪感を顕わにしてそう言うと、バーバラは座った眼で俺を睨み、低く唸るような声で答える。


「そういう子たちはね、幼くして戦争で親とか身寄りを失くして天涯孤独になった子ばかりよ。自分よりもっと幼い弟や妹を養うために、仕方なく道端で身体を売っていた様な子たちだわ。

 路上でそんなことを続けてるとね、いつか変態につかまって殺されるのがオチなの。

 少なくともここで働けば、マルボーナファミリーを敵に回すようなバカではない限り、手荒なことをするバカはいないし、あたしたちが守ってあげるから、安全に暮らしていける。

 別にお金が貯まって辞めたくなったら、いつでも辞めていいのよ。

 あたしたちは無理矢理ここで働けと強制させてなどいないわ。女の子たちは皆、望んでここに居るし、待遇に満足している。何なら直接、聞いてくれてもいい。

 リュカ、それのどこが悪いの? あたしたちは慈善事業をやっているわけじゃないのよ」

「・・・・・・すまない。俺が言い過ぎたようだ」


 理想的な解決法とは言えないが、必要悪というヤツか・・・・・・。

 ベストでもベターでも無いが、女の子たちが納得しているなら俺が言うことは無い。


 

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