第16話 魔道具店

 エミリーの店を出た俺は、そろそろ昼飯をどこかで食べようかと思いつつ、もう一つだけ用事を片付けることにする。


 歓楽街から本通りに戻る途中のゴミゴミした路地裏に、ひっそりと営業している魔道具屋があった。

 看板も薄汚れてよく見えず、文字も欠落していて、「  ゾ魔道具店」としか読めない。

 「ゾ」の前にどんな文字があったのか、全くの謎だ。


 俺は店の前に飾られた招き猫のような置物の手首が下がっているのを見て取ると、迷いもなく魔道具店のドアを開ける。

ドアベルがチリンッと店に似合わない音をたてて、店主に来客を知らせた。


薄暗くゴミゴミした店内は、魔道具だかガラクタなのか判別がつかないもので溢れている。まともな客なら、この段階で店に入ったことを後悔し、踵を返して店を出ていくだろう。


俺は山のように積まれたガラクタの間をすり抜けると、一番奥にある小さなカウンターの後ろに座っている老人に声を掛けた。


「アイスクリームを作る魔道具はあるかい?」

「雨を降らす魔道具ならあるよ」


 またもやの、この嚙み合わない会話は、もちろん符丁だ。

 

 まず、表の猫の置物の手首が上に上がっていると、招かれざる客がいるという合図なので、そのまま店に入らないようにしている。

猫の置物の手首が下がっていても、確かめる意味で符丁を使い、老店主が普通に「そんなものはない」などと答える時は、何か話せない事情があるか、危険な状態だと知らせている時だ。

 

そう、この小汚い魔道具店は、魔王軍諜報部忍者部隊の駐在員がいる、中継所のような性格の店となる。

 俺が魔王様からの指令を受け取る時とか、逆に諜報部に聞きたいことがある場合は、この店を通して行う。

 だから、俺は定期的にこの店に通い、魔王様からの指令が無いか確認しているのだ。


「なにか変わったことはあるかい?」

「現在のところ魔王様からの指令はありません。そのかわり、ルナリエの姐さん(あねさん)から、この街に辰組を1チーム派遣したと連絡がありました」

「辰組だと? なんの任務か聞いているか?」

「いえ、あっしは全く。おそらくチームの頭から直接説明があるものかと」

「そうか・・・・・・何時の到着予定だ?」

「明後日とのことです」

「分かった。来たら俺にも連絡するように言ってくれ。それと俺からも本部に確認してほしいことがある。最近、吸血鬼がらみの事件か事案は無かったかを聞いてみてほしい」

「承りました。かしらの依頼なら最優先でやらせていただきます」

「よしてくれ、もう俺はかしらじゃないよ。長官は引退したんだ。」


 老人の言葉に俺は苦笑いする。

 老人とさっきから言っているが、こいつは忍者部隊発足時から参加している最古参の一人で、まだ老人といった歳ではなく変装しているだけなのだ。

 任務中に膝を負傷して忍者としての活動はできなくなったが、優秀な潜入部員だった実績を買われて、ここの駐在員として働いている。


「それにしても辰組とはおだやかじゃないな。組頭はまだビスケースがやってるのかい?」

「へい、変わっておりません」

「そうか。逢えるのを楽しみにしていよう」


 忍者部隊の精鋭部隊には12のユニットがある。


 そのユニットには俺が十二支からとったユニット名をつけていたのだ。

 俺の前世の記憶からネイビーシールズという特殊部隊のチーム編成を参考にしている。


 シールズと同じく、基本的に小隊規模である14~16名で一つのユニットを組み、担当する国や地域で分けていた。

 それぞれのユニットからチームを派遣するときには、目立たないよう4~6名で行動させ、必要に応じて人員を増減するのだ。


 子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥に分けた組には、全魔王軍の中から厳しい選抜試験を突破した優秀な人材を配属している。

そして在籍中も過酷な訓練に耐え、実戦で鍛えられた者だけが生き残っていく。

 ユニットの人員は基本的には小隊規模でも、担当する任務によっては派遣した4人チームが全滅することなど、戦時中は珍しくもなかった。

減った人員を補充したくとも、適任となる人材がいなければすぐにはできないから、それぞれの組の人員数はまちまちになりがちだった。

特に荒事や暗殺を担当する辰組や虎組などは損耗が激しく、補充しても追いつかない時もあったっけな。

 損耗が激しくて、幾つか欠番になった組もあったほどだ。

 

 そんな荒事担当の辰組が派遣されてくる?

 なんの任務だろう・・・・・・。

 なんだかキナ臭いことになってきたな

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