第9話 身支度
エミリーは、それからひとしきりしゃべり倒して、やっと帰ったのは握手してから一時間後だった。
もう俺はすでに疲れて果てていたが、引き受けた以上、取りかからねばなるまい。
エミリーが置いて行った分厚いファイルを開く。
一回目にまず、ひと通り読み通して頭に叩き込む。二回目には、見落としがないか、加えて別の角度からも検討して読み通す。
ふ~む、エミリーの言う通り、被害者少女たちには、これといった共通点は見当たらないな。
父親の職業も医者、八百屋、農家、薬屋、居酒屋とバラバラだ。
確かに写真を見ると、皆、それぞれに可愛らしい子供たちだ。
こんな子たちを攫うなんて、確かに許しがたい犯罪だと思う。
強いて言うなら、犯行時間が宵闇迫る時間から夜半までの間ということくらいか。
まぁ、暗くなってからの方が犯行しやすいだろうから、理解できなくはない。
それにしても5歳の子ならまだわかるが、12歳の娘を誰にも見られず、近くに家族がいても気付かれずに攫うって、どんな手を使ったのだろう?
幾つかの可能性は思いつくけど、現場に足を運んでみないと、確かなことは言えないな。
そう思った俺は、出かけることに決め、身支度をすることにした。
寝室に入った俺は、本棚の中の一冊の本を引っ張る。
ガコンッという音と共に、本棚がドアのように開き、隠し戸棚が現れた。
これは俺が家を購入してから、壁をくり抜いて自分で改造したものだ。
なかには忍者として必要な装束や防具、武器、偽の身分証明書、各国の通貨、変装道具などの一式が並べてあるのだ。
汚れてもいいように着ていた作業着を脱いで、黒の襟があるシャツを着る。
このシャツの両襟の裏側には、含み針が何本も仕込まれている。
シャツの袖口はゆったりと作ってあり、手甲代わりに棒手裏剣を何本も仕込んだ腕輪を、両手首の少し上に巻き付けておく。
腰のベルトには小さなポウチがあり、中に直径1センチほどの鉄球が10個ほど入っている。そんなポウチをベルトに3つ取り付けた。
さて、今日の得物はどれを持っていくか・・・・・・。
・・・・・・やはり、これにしようかな。
俺が手に取ったのは十手だ。
丈夫な直径15ミリほどの鋼鉄の棒を、断面十二角形に加工してあり、棒身は45センチ程ある。
そこに太刀薙ぎの鉤をカシメ留めで溶接してあり、握りの長さは15センチほどだ。
握りには中にワイヤーを仕込んだ皮紐を巻いてあり、その端は柄の末尾にある環に通してあるので、巻いた紐をほどけば十手を分銅のように使うこともできる。
もちろん、これは虎鳴流の十手術を会得していた俺が、魔王軍の鍛冶職人に特注で造らせたものだ。
この十手は魔王軍現役の頃から長いこと愛用している相棒で、もはや手の延長みたいに操れる。
こいつを背中のベルトに差し込むと、鉤をベルトにかませて固定した。
幻視トカゲの革で造ったMA-1風の黒っぽいジャケットを羽織り、現役時代から履き馴らしてあるブーツを履けば、準備万端だ。
あ、このジャケットも俺がデザインを指定して部隊の工房で造らせたものだね。
何といってもカッコいいし、幻視トカゲの革に魔力を通すと、カメレオンのように周りの光景に溶け込めるので、認識疎外の忍術と相性がいいのだ。
出来が良かったので魔王軍の忍者部隊の装備品にも採用されているが、皮自体が珍しくてややお高いので、特殊部隊にしか配布されていないレアものだ。
子供たちの写真を内ポケットにしまい、家の戸締りをすると、外に出て街に向かう。
普通の人間なら一時間はかかる道行だが、俺の足ならゆっくり走っても10分くらいだろう。
俺は軽いジョギングくらいの気持ちで、駆け出した。
10分後、俺はペルフィードの街の中に居た。
いつ来ても小汚く、治安の悪い雑然とした印象を与える街だが、俺は仕事柄こんな街を多く見てきたので嫌いではない。
ただ、俺のスローライフ計画にはそぐわない街だと思っているだけだ。
俺の理想は牧歌的で、暮らす人たちものんびりしていて、明るく挨拶できるような街だ。
ペルフィードは理想の街とは対極にあると言っても過言ではないだろう。
街のメインストリートを歩いても、道行く人々は様々だ。
目立つのは獣人などの亜人たち。
ウサギの耳や猫の耳をした娘たちだけでなく、むさい筋肉質なおっさんもウサギの耳や猫の耳を生やしている。子供の頃、初めて見た時は、唖然としたものだった。
そりゃそうだよね、と理解した今ではもう慣れたので平気だが。
人間も多く見受けられる。
もともとは人間と亜人の街だったので当然かもしれないが、戦争で行き場を失くした人や犯罪を犯して逃げ場がなくなった者などが吹き溜まるのがこの街だ。
当然、魔族にもクズはいるので、そんな奴らもここへ逃げてくる。
裏社会の勢力が強いと聞けば、クズどもは自然と引き寄せられるものなのだろう。
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