4-2 一花ちゃん、私の仕返しの邪魔はしないでね?

(どうか、この胸騒ぎが間違っていて……)

 放課後、私は水野睦月の家へと向かっていた。

 不幸中の幸いで先生から宿題のプリントを預かることができ、クラス委員長として彼女の家へと向かうことができたのだ。

 住所が聞けただけでなく、先生からお願いされたお仕事という事で、仁美もなにか無理を言ったりはしてこなかった。

 その代わり、夜になったら電話がしたいとせがまれたが。

 水野睦月の住所を地図アプリで調べながら、私は目的地へと向かう。

 戸建ての家へと到着する。玄関口には見覚えのある女の子がいた。

 長いブロンドの髪は太陽の光を浴びて輝いている。

 そしてそんな長い髪の間からは、宝石のようにきれいなオッドアイが覗いていた。

「七緒さん?」

 私が声をかけると、彼女がこちらを見た。

 彼女は私を見て、目を見開いた。

「えっ、一花!?」

 七緒は少し驚きすぎなくらい驚いていた。

「こんなところで会うなんて珍しいね。どうしたの? あ、もしかして睦月に用事?」

 そう尋ねてくる七緒の声は、心なしか少しはずんでいた。

「あっ、うん。先生のお願いで、プリントを預かってきたの」

「へー、相変わらず委員長やってんだね」

「七緒さんは、睦月さんのお見舞い?」

 七緒はなぜかむっとした顔をする。

「一花、さんづけやめてよ。一年の時からの仲じゃない」

 なんでむっとしたかは分からないが、七緒は自分の長い髪を梳いた。

 京子によると七緒は読者モデルの仕事をしているらしく、ちょっとしたたたずまいだがなんとなく絵になっていると思った。

「あ、うん、七緒ちゃん」

「うん。実は睦月、昨日の夜から連絡つかないんだよね」

「私も、ちょっと京子から聞いたんだ」

 そんな話をしている間、七緒は何度かチャイムを鳴らしていたが、応答はいっさいなかった。

 リビングはカーテンが引かれてて、中の様子は見えなかった。

「出ないなぁ。睦月、いったいどうしたんだろう?」

 七緒はふとドアノブに手をかけて引っ張った。

「えっ」

 玄関の扉が開いた。

 七緒もまさか本当に開くとは思わなかったようで、七緒はきょとんとした顔を私に向けてきた。

 廊下は電気がついていた。

 玄関の土間を見ると、家族三人分の靴が置いてある。

「これ、睦月の靴だよ。やっぱりいるじゃん。おーい、睦月ー!」

 七緒は家の中に向かって声を張り上げる。

 しかし、室内からは何も返事がない。

 明かりがついてて靴があるのに、生活音や人の気配が一切感じないのだ。

 このころには、私も七緒も違和感に気付いていた。

「ね、ねえ、一花、入ってみる?」

「う、うん。そうしよう」

 私たちは二人で家の中に入る。

 おそるおそる廊下を歩き、ひとまずリビングへと向かった。


「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 リビングを見た瞬間、七緒が悲鳴を上げた。

 私も声をあげたがったが、驚きのあまり声すら出せなかった。

 人間は誰もいない。

 だが恐ろしいことに、リビングはおびただしい血で彩られていたのだ。

「あ、あぁぁぁぁっ……!」

 七緒は恐怖でひきつっている。

 それは私も同じだ。

 だが私は恐怖とともに、もう一つあることを思い出していた。

(この間取り、この家具の配置は……!)

 今日見た夢を思い出す。

 夢の中で"その子"は、見知らぬリビングで二人の中年の男と女を刺した。

 そしておびただしい血痕があちこちに散乱していた。

 今見ている景色は、まさに私が見た夢とぴったり一致していたのだ。

 そして"その子"が自分の手を見た時、手の平にはサソリを模したハート型のあざがあった。

 そのあと、"その子"は包丁で自ら命を絶った。

 "その子"は、やはり水野睦月だった!

 それに気づいて、私は、

 ふっ、と意識を失ってしまった。


 気付いたら私の顔を、七緒がのぞいていた。

「一花、気付いた?」

「七緒ちゃん……」

 頭がぼんやりとする。

 目を覚まして周りを見ると、そこはまだ睦月の家の庭で、私はウッドデッキの上に寝かされていた。

「私……」

「倒れたの、覚えてない?」

「あっ」

 私は血まみれのリビングを目の当たりにして倒れたことを思い出した。

「ご、ごめん、私」

「いや仕方ないよ、一花が倒れてなかったら私が倒れてたかも」

「私、どのくらい気絶してたの?」

「そんなに経ってないよ。せいぜい15分くらい」

「ね、ねえ、あれ、もう警察には言った?」

「いや、言ってない」

「どうして!? だって、あんなに血が!」

「実はさ、あの血の跡、血じゃなかったんだよ」

「え?」

 私はきょとんとする。

「私も最初は血だと思ったけど、臭いが血じゃなかった」

「あれ、たぶか何かお菓子とかに使う赤いジャムとかだと思うよ」

「そ、そんな、嘘でしょ……」

 私はもう一度確かめてみるといって、再び睦月の家のリビングに入った。

 相変わらず、リビングのなかは、まるでおびただしい血をぶちまけたように真っ赤に染まっている。

 その赤黒い液体をまじまじと見て、……意を決して指先で触れてみる。

 確かに、それは血液の感じではなく、何か砂糖が入っているようにベタベタとしている。

 臭いを嗅ぐと、確かに甘酸っぱい感じの匂い。

 ブラックベリーのソースや、ローズヒップのジャムのような感じだ。

「ほ、ほんとだ」

「ね、そうでしょ?」

「でも、こんな大量のソースがぶちまけられてるって異常だよ!」

「あっ、それと家の中には誰もいないの?」

「誰もいない。上の階も探してみたし、睦月の部屋も見たけど、誰もいなかったよ」

 理解不能な状況だ。

 だが、私は確かに見た。夢の中でこの光景を。

「ごめん、私、ハルカにちょっと呼び出されてるんだよ。睦月も心配だけど、私、行かないと」

「う、うん」

「どうする? 警察はともかく、これ先生には言うの?」

「そ、そうだね、先生には明日話しておく」

 私は一瞬ためらったが、とりあえず肯定した。

 私と七緒は外に出た。

「もう行くね、また明日」

「うん、また明日。あ――っ」

 私はあることを思い出した。

「七緒ちゃん、一つ聞きたいんだけど、睦月ちゃんは体のどこかにアザができたとか、そんな話してなかった?」

「アザ? ああ、なんか昨日の夕方あたりに、手の平に変な形の黒いあざみたいなのができたって言ってた気がする」

「すぐに消えたから気のせいかなって言ってたけど」

「そ、そう」

 やっぱり、あの手の平のアザは……。

「一花、何か知ってるの?」

「う、ううん。今朝、京子から聞いたときにアザの話をしてたから」

「そう」

 その説明で納得したのか、急いでいたからかは分からないが、七緒は深くは追及してこなかった。

 そのまま、七緒は急ぎ足で立ち去って行った。

「……………………」

 七緒が見えなくなって、私は再び背筋に得体のしれない寒気のようなものが走るのを感じた。

 今日見た"睦月"視点の夢。あれが本当に起きた出来事なら、

 これは妖魔となった仁美が起こした、恐ろしい怪奇現象?

「違う、そんなのじゃない。そんなはずがない……」

 私はとにかく恐ろしい現実から逃げたい一心で、頭を振ってその妄想を振り払った。

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