神狩りと神の神殺しの日々。

神無月《カミナキツキ》

第1話「神が噛む」

 ──神皇しんのう暦──


 神々の時代の終わりと共に人類の夜明けとして開かれた新たな暦にして……

 人が神を越えた確固たる確証その物である。


 ☆◇☆◇☆


 地上、地下、天空全てを支配するかの如く跋扈した神々は人類によって屠られ、今その全てを支配し手中に収める主は人類へと代わった。

 然し、屠った神々も完全に絶滅されたわけではない。

 神々は今も尚、万物に宿り、隙を見せればその牙を人類へ向けた。


「そうして、そんな生き残りの神々を制御及び討伐する為に約600年経った今まで続く神狩守かんがりが生まれたのです」


 先生の説明が終わると同時に鐘が鳴った。


「あら、もう終わりの時間ですね。今回は神と人類の歴史から神狩守かんがりの発祥についてまでをやったので、次回からは神狩守かんがりの歴史について勉強していきましょう! それでは挨拶」

「きりーつ!──」


 日直の令に倣い生徒全員が起立して礼をした。

 今日の授業はこれで終わり、あとは帰路に着くだけだ。


「帰ろっと……」


 キセナは鞄に荷物を詰めて教室を出た。


「あー重い」


 ぱんぱんに膨れた鞄を背負っていて思う。

 なぜこんなに沢山の荷物を持って帰らねばいけないのか、キセナの胸の内をグルグルとそんな考えが巡り続けた。


「やってられねぇよぉ」


 岩畳の道を歩きながらふと道の端に映った動く物に目が行った。

 興味本位で近寄って見て見れば、それは草木の様な小さい姿を神だった。


「うわッ……神じゃん、えっとこれって多分草とか木とか植物系のだよね……どうすっかなぁ近くの詰所に知らせに行くにしてもそれまでにいなくなって悪戯と勘違いされたら困るし……」


 目の前の神を置いて一人悩んでいるとふと頭の上にその神が乗ってきた。

 葉っぱの様なその神の身体が首元を撫でてくすぐったい。


「うぅ……くすぐったいから離れろ……」

「鬮ェ縺ョ豈帙?縺輔?縺墓・ス縺励>♪♪」

「?? 何言ってんだ? この神」


 人間に神の言葉は分からない。

 それは太古の古くから変わらない事実だ。

 意味があるのかもしれないし、無いのかもしれない。

 だがとにかくキセナはこの神が鬱陶しかった。


「あぁもう降りろ!」

「逞帙>!!」


 いい加減イライラして来たキセナは神を引っ掴んで元居た芝に投げた。

 衝撃で朦朧としているのか神はふらついてその場に倒れ込んだ、キセナは今の内と言わんばかりにコッソリその場を離れることにした。


「まあ、あんなちっちゃい神だったら別に害も無いだろ早く帰ろっと」


 足早にその場を離れたキセナは家に急いだ。

 聖命亭と書かれた看板の掛けられた食事処、ここがキセナの家だ。

 息を粗くしながら家の前に立ち客用の扉を思い切り開けた。


「あら、いらっしゃ……ってキセナアンタねぇ! 裏から入って来なって言っとるだろが!」

「母さんごめん! だが今の俺に怒られてる暇は無い!」

「あ! ちょっとキセナぁ!」


 母親の脇をすり抜けて急いで二階の自室に向かった。

 扉を思い切り開いて自室に鞄を放り込む。


「ええっと……あーもう時間無い!!」


 キセナは二階廊下奥の窓を開けて飛び出した。

 隣の家の屋根瓦に飛び移り駆ける。

 そうして屋根から屋根を飛び移り商店街へ急いだ。


「よっしゃー! あと少しっと!!」


 目前にまで迫ってきた商店街に気分が上がったキセナは勢いそのままに他人の家の屋根を飛び降り、そのまま壁をつたうパイプに手を掛け、滑り降りた。


「間に合えぇ!」


 人のごった返した商店街の中を縫う様にくぐり抜け何とか最奥の広場に到着した。

 広場は先程のごった返しを超える人数で埋め尽くされ、パンク寸前な量の人に覆われていた。


「うっそ!? こんな混んでんの!?」


 その異様な込みように啞然としたがキセナは気を引き締めてその壁の様な人の群れを何とかくぐって前に進んだ。


「あとッ! 少し!!」


 群衆の最前列に何とか入り込んだ先でキセナが見たのは大型の軍用車だ。

 軍用車のドアには神狩守かんがりの徽章が描かれていた。

 両開きの扉はまだ閉じていてキセナは何とか間に合ったと安堵してその扉が開くのを待った。


『皆様! ケレトナ商店街へお越し頂き誠にありがとうございます! これより当商店街広場にて蓮華虹国れんかこうこく神狩守かんがり第参部隊の皆様によるパレードを開催致します!』


 大それたアナウンスと共に会場となる広場は更なる熱気で包まれた。

 キセナも「うおぉー!」と声を上げて盛大にはしゃいでいた。

 そんな熱狂の中、遂に車両後方の両開き扉が開いた。


「あ!! 姉さーん!!」


 開いた扉から降りてくる物々しい隊服を纏った人達の一人に、キセナは大声で手を振りながら叫ぶ。

 キセナの声に気付いたのかサイドテールの女性が軍帽を脱いでキセナに手を振った。


「あ! キセナやっほー! 来てくれたんだねー!」

「うん! 姉さんのカッコイイとこ見に来たよー!!」

「オッケーまかせなさい!! お姉ちゃんのカッコイイとこばっちし見せてあげま──イテッ!?」


 キセナに向かってドヤ顔をしようとした姉の後頭部に猛烈な手刀が叩き込まれた。


「隊列を乱すな! カラシセ・レヒナ中尉!」

「イッててぇ……だって弟が見に来てくれてるんだよ? サービスしたくなるじゃん! ちょっとぐらい見逃してよテレヒト中佐ぁ~」

「お前を見に来ているのはお前の身内だけではない! それと上官に対しての敬語を忘れるな!」

「えぇ~……ちぇっ! 分かりましたよテレヒト中佐」

「舌打ちが余計!! 次敬語を忘れたら一週間の謹慎だ! いいな!」

「ええええ!? そんなゴムタイヤ!?」

「『ご無体な』だ! もっと言葉を学べ!」


 そう行って強面な女上官に引きずられてキセナの姉、レヒナは隊列に引き戻されていった。

 そうしてパレードが始まり、キセナはその様子を喜々とした眼で眺めた。

 空砲の小銃を用いたバトンの様な芸に始まり、剣や槍などの絶対本来の仕事では使わない様な物まで使っての盛大なパレードにキセナの心も興奮のボルテージを上げていった。


「かっけぇ!」


 双剣を用いた舞踊の様なものを披露する姉の姿についキセナは声を上げる。

 目が合った姉がそれに気づいてウインクをして来た。


 だが、盛大なパレードは突如轟いた悲鳴によって、中断してしまった。

 観客が一斉に悲鳴の方向を見て即座に逃げ出す。

 キセナも急いでその方向を確認した、そこにはこの商店街に来るより前に投げ飛ばして放置した神と、同じ様な見た目をした神が居た。

 ツルの様な物を肉体から飛ばし商店街の壁に貼り付け根付く様な動きで中央の広場に近づいてくる。


「あれって──」

『観客は全員、神とは反対方向へ避難を開始してください!!』


 キセナの言葉を裂く様に響いたメガホンの音が広場に木霊する。

 どうやらレヒナを引っ張っていった女上官がメガホンを使って避難指示をしているようだった。


「第参部隊戦闘用意!! 式神霊装展開開始!!」


 軍用車の前では第参部隊の神狩守かんがり達が内部から多数の見たこともない形状をした武器?の様な物を持ち出していた。


「姉さん──」

「縺オ縺輔?縺輔@縺溷ー大ケエ縺ゥ縺薙>縺」縺溘?」


 姉のことが心配になりながらも、先程の大きさなど比ではない程に巨大化したその神に気圧されキセナは脚が固まってしまった。

 神狩守かんがり達はマスクを展開し全員の顔が不鮮明になる中、その特殊な形状の武器を神へ向けて振り抜いた。

 壁に張り付いたツルを切断し、神の移動速度を落とすと即座に神を囲んだ。


此奴コイツ!! 天鎖あまくさりが無い!!」

「既に天鎖あまくさりが千切れていたのか……ならば話は早い、神体に攻撃を集中し髄核を潰すぞ」

『『了!!』』


 隊長格の命令に各神狩守かんがりが返答と同時に神に刃を振り上げる。

 しかし、無数のツルの様な触腕は神狩守かんがりの刃を寸でのところで受け流し、神本体は前進を続けた。


「蟆大ケエ隕九▽縺代◆!!」

「え?……」


 神が何かを発した直後、触腕の一つがキセナの元に飛んだ。

 一直線に飛ぶ触腕は空中でみじん切りの如く粉々に切り裂かれ、恐怖で肉体が強張って動けなかったキセナの前には姉のレヒナが鎌のようなものを構えていた。


「キセナ!? なんで逃げなかったの!」

「姉さん……身体がすくんじゃって……」

「あーもう!! 仕方ない! そこでじっとしてて、絶対にお姉ちゃんの前に出たらダメだからね!」

「う、うん!」


 顔を覆うマスクのせいで姉の表情は分からないが、声の感じから少しだけ怒っているのをキセナは感じた。


「……縺雁燕縺昴%繧帝∩縺代m」


 神狩守かんがりの猛攻をものともせずに受け流し続ける神がレヒナに無数の触腕を放つ。

 レヒナは鎌型の武器を廻し、全ての触腕を絡め取って引き裂いた。


天鎖あまくさりすら千切れた雑魚神風情が! あたしの弟に触れようとしてんじゃねぇ!!」


 全ての触腕を受けきったレヒナが神の御前に飛び出した。

 宙を駆けだし武器を振り上げる。


「そのまま髄核残して滅されやがれぇ!!」

「ッ!! 姉さん!!」


 キセナはすくんでいた筈の体を決死の覚悟で動かし、宙に浮いているレヒナの体を突き飛ばした。

 ──直後、キセナの腹部を神の触腕が貫いた。


「キセナッッ!!」


 レヒナが地面に刃先を突き刺し空中で体を捻りキセナのもとに急いだ。

 激痛のせいで呼吸が浅く貫かれた傷口から大量の血液を流すキセナを抱き寄せる。


「キセナ……キセナ!!」

「ねぇ……さん?」

「キセナぁ……傷! 傷塞がないと!!」


 隊服のバックルに付けられたポーチからレヒナが急いで止血布取り出した。


「キセナちょっと痛いけど我慢して!」


 止血用の薬品の塗られた布をキセナの腹部に手早く巻き付け強く締めた。

 傷に押し付ける刺激でキセナが涙を流しながら呻くがレヒナは構う事無く強く巻き付けた。

 止血布にも血が滲むが何とか血が収まって来たのか滲む以上に血が溢れる事は無かった。


「姉さん……痛い…苦ジ…い……」

「大丈夫……直ぐに病院に行けるからもう少しだけ……もう少しだけここで待ってて!……キセナなら我慢、出来るよね?」

「うん……大…丈夫……だよ? だって……姉さんの弟だもん……」


 キセナの絞り出す様な声を聞いてレヒナがキセナを強く抱きしめた。

 そして一度キセナを抱えたレヒナはキセナを神から離れた場所に避難させる。


「待っててね、お姉ちゃんあのゴミぶっ飛ばして来るから……」


 一度マスクを格納し素顔を晒したレヒナが意識を失った弟の額に自身の額を合わせた。

 そうして静かに安置させたレヒナは再度マスクを展開し神に向き直る。

 神を直線上に捉え、駆ける最中で地面に立てた自身の武器も引き抜き、煮え滾り続ける絶対的な殺意を刃に宿らせ神に振り上げた。


「絶対に殺してやる!! あたしの弟を傷付けやがって! その身斬りまくって原型も残らねぇ位ズタズタに引き裂いてやる!!」


 常人には捉える事の不可能なほどの速度で鎌を振るい、防ぎ受け流そうとするツタもろともレヒナは神に連撃を刺し込んでいった。

 鎌にツタが触れに来たらばそれを勢いよく絡め取りその神の身から引き千切った。

 レヒナの体に触腕を飛ばして来たならばそれを全身全霊を持って切り飛ばした。

 先程まで神狩守かんがり六人を相手して容易く受け流していた筈の神は憤怒に呑まれたたった一人の神狩守かんがりによって肉体を切り刻まれ髄核が完全に露出するまでに身体を引き裂かれた。


「逞帙>窶ヲ窶ヲ逞帙>窶ヲ窶ヲ逞帙>繧医♂窶ヲ窶ヲ」

「はぁ…はぁ……殺す……まだ息があんのか……後は髄核コレさえ潰せば死ぬんだよな? 死ね! 死ね! 死ね!」


 髄核が露出し、虫の息となり痙攣している神のはらわたの上に立ったレヒナが拍動を続ける髄核に何度も何度も刃を突き立てた。

 その姿に他の神狩守かんがりも啞然として動けずにいる中、一人だけレヒナの背後へと歩く神狩守かんがりが居た。


「レヒナ中尉……もういいだろう」

「死ね……殺す……死ね……」

「レヒナ中尉!」

「うるさ──」


 後ろに立った神狩守かんがりからの平手打ちを受け、レヒナの動きが止まる。


「もうその神は死んだのだ! それ以上髄核に攻撃を振るおうとも意味はない! それよりもお前は弟を病院へ連れていく事の方が先ではないのか!!」

「は……そうだ、キセナを病院に……助けて貰わないと……」

「正気に戻ったか馬鹿者、とにかく救急車両を待つ暇がない緊急事態だ、私達の乗ってきた輸送車に乗せ、神狩守かんがり救命医療局に運ぶぞ」

「了解……」

「全員聞いたな! これより帰還する、要救助者も同乗させる! 早急に準備しろ!」

『『了!!』』


 ☆◇☆◇☆


 薄暗い灰塵色をした曇天の雲。

 僅かに見える雲の隙間からは翡翠ひすい色と浅葱鼠あさぎねず色の空。

 周囲に広がる砂利と砂の平原。

 平原の先を流れるあい色の河川。


 此処は……何処だ? 俺は……誰だ……?


 薄ぼけた視線は動かせるのに肉体が動かない、

 そもそも肉体の感覚が無い、視界情報を脳に直接送り込まれているような──

 そして、薄ぼけた視界の先……彼女は誰だ?


「うぐぁ……此処は?」


 意識が覚醒したキセナの眼には見慣れない白い天井が映った。

 腹部に未だ鈍い痛みが残るが呼吸や発声を邪魔するほどまでではなくなったことに少し驚いた。

 キセナは自分に何があったのかを改めて整理する。


「えっと……確か、姉さんをかばって、神にお腹を刺されて、それから……えーっと……」


 今際の際に立たされた中で姉に包帯を巻かれた記憶。

 それ以降の記憶がキセナはおぼろげだった。

 何か見たような気もするが、その記憶追おうとすると記憶に靄がかかった様に理解を強制的に遮断させられる。

 何とか身を起こし、腹部にグルグル巻きにまかれた包帯に触れた。


「うぐッ、痛い……」


 触れると筋肉が痺れるような激痛が走り、すぐに触れるのをやめた。

 医療ベッドの昇降ボタンを押して体制を直す。


「──キセナ?」


 不意に聞こえた声にキセナは発生源に首を向けた。


「姉……さん?」


 其処には病室の椅子を並べてその上で横になっていた姉、レヒナが居た。

 目が合って数分、無言の静寂が病室に流れる中、涙を流し始めたレヒナによって静寂は打ち破られた。


「キセナぁ!!」

「姉さ──ちょっとまって痛い痛い痛い!?」

「ごめんねぇ! お姉ちゃんが雑魚てゴミでカスなせいでキセナがぁ! キセナが死んじゃうところだったよぉ!! ホントにごめんねぇ!!」

「──」

「キセナ?」


 強く抱きしめていたレヒナが呼ぶが、肝心のキセナは激痛で気絶し脱力していた。


「キセナぁ!?」


 レヒナが即座にキセナを解放しベッドに丁寧に横にした。

 暫くの間、再び静寂が続いたが、何とかキセナは目を覚ました。

 姉に対して怯える様に少し距離を取るキセナにレヒナはしゅんとした面持ちでキセナの横に座った。


「さっきは……ごめん、ついキセナが起きたの嬉しくてお姉ちゃん飛びついちゃった……」

「姉さん……昔からだけど感情が高ぶると状況見えなくなる癖、抑えたほうがいいよ……」

「はい……」


 弟からの冷静な説教にレヒナはさらに小さくなった。

 だが、すぐに調子を取り戻すとレヒナは携帯を取り出して連絡を始めた。


「どこに連絡してるの?」

「どこって、そりゃあママとパパに決まってるっしょ! キセナが重傷負って入院したって聞いた時、電話越しで五分間ぐらい無言になってたんだからね!」


 変わらぬ調子のレヒナが連絡を終えて十数分後、病室のドアを吹っ飛ばす勢いで開けた両親が病室になだれ込んで来た。


「キセナ! アンタ大丈夫かい!? レヒナからアンタが重傷で入院したって聞いた時は母さんも父さんも生きた心地がしなかったよ!!」

「あ、うん大丈夫大丈夫、多分手術とかなんかあって、今は安静にしてればいいと思うから」

「そうかい……あぁよかった……」

「まあ、怪我負ったのは大変だったろうが、キセナ、お姉ちゃんから聞いたぞ? お姉ちゃんの事守ろうとして飛び出したんだってな、ならその傷は名誉の勲章だな!!」

「父さん……」


 そう言って笑う父と安堵に胸を撫で下ろす母を見てキセナも笑みが零れ、病室には家族団欒の空気が流れていたが、家族の誰一人として先程なだれ込んできた扉の前でいつ入ればいいかの機会を窺う人影に気付かなかった。


「あー、カラシセ・レヒナ中尉のご家族様方、入ってもよろしいでしょうか?」


 気まずそうにそう声を掛けた人影にキセナ達がフリーズした。


「すみません、あまりにも楽しそうだったものでいつ声を掛ければいいか分からずしばらく眺めておりました」

「テレヒト中佐……えっと何時から見てた?」

「レヒナ中尉のお父様とお母様が駆け込んでいった直後程からだが……」

「最初からじゃん!!」


 家族水入らずを眺められていたという恥ずかしさから家族仲良く顔を赤くした。

 そしてテレヒトは家族団欒を邪魔したことに少し申し訳なさを感じながらも、キセナの元へ歩く。


「起きたようだね。えーっと、キセナ君? でいいかな?」

「あ、はい……えーっとどなたですか?」

「私は蓮華虹国れんかこうこく神狩守かんがり第参部隊隊長、テレヒト・ファウ・デリアだ。君の姉カラシセ・レヒナ中尉の直属の上官でもある」

「それは、どうも……カラシセキセナです……いつも姉がお世話になっています……」


 知らない人を前にたどたどしく強張った挨拶をしているとレヒナがこっそり耳打ちしてきた。


「大丈夫だよキセナ、この人第一印象怖いけどすっごい優しい人だから。第一印象は怖いけど」

「聞こえているぞレヒナ中尉、第一印象が怖くて悪かったな」

「げ!? あーはは……ごめんね☆?」

「懲戒処分にするぞ」

「申し訳ございませんでしたァ!!」


 テレヒトの言葉に掌を返すかの如く態度を変えて盛大に腰を曲げて謝罪を叫ぶ。

 そんなレヒナとテレヒトのコントめいた姿に笑いを堪えられなくなったキセナが声を出して笑った。

 吹き出したキセナのお陰か、レヒナへの重圧が消えた。


「まあ、今一度レヒナ中尉への一件は別日に改めるとしよう」

「見逃されてなかった!!」


 ガーンと暗い顔をするレヒナを置いてテレヒトは再びキセナに顔を向ける。


「キセナ君、三日間も昏睡状態だった直後にこのような申し出をするのは心苦しいのだが──」

「──え?」

「ん? どうした?」

「あの、えと……今って何日ですか?」

「今日は陸月弐拾漆日ろくがつにじゅうしちにち木曜日だが?」


 キセナが商店街へパレードを見に行った日は弐拾肆日にじゅうしにち、つまり本当に三日間は覚醒すること無く意識が三途のほとりで右往左往してたという事だ。


「──」

「ん? まさかだが……レヒナ中尉、キセナ君に三日間昏睡状態だったことは?」

「んと……あっはは、余計な心配させたくなくて言ってませんでした……」


 頭に手を置いて気まずそうに目を逸らしている姉を、珍しくキセナは憎たらしく思った。


「──はぁ、一先ず私の話を進めるが……キセナ君、単刀直入に言おう。神狩守かんがりに興味はないかい?」

「え?」

「今回の神との戦闘中、姉を守ろうとした君の対応を上層部が高く評価していてね、一般人が神を前にしてあのように行動できる事は殆どない。故に守る為に行動できる人を私達は欲しい。どうだろう? 勿論直ぐに結論を出せとは言わない、一ヶ月待とう、答えはレヒナ中尉に頼む、答えがOKならば迎えに上がる」


 唐突な勧誘にキセナは言葉が詰まった。

 テレヒトの目は冷静でその態度がさらにキセナの心を震わせた。


「えと、あのテレヒトさん、俺が……俺が神狩守かんがりに入れたら、姉さんと一緒に戦う事って出来ますか?」

「ちょッ!? キセナ何言って──」

「姉さんは一回黙ってて」


 姉はキセナの既に決心した様な物言いに口を挟むが、キセナの冷たい一喝に反射的に口をつぐむ。


「テレヒトさん、どうなんですか」

「……単刀直入に答えを言えばNOだ。私達神狩守かんがりは基本、通報や神伐任務での派遣は単独だ、申し訳ないがレヒナ中尉と共に戦う事は難しいだろう。勿論、大規模神伐任務などの部隊全員招集の任務になれば話は別だが、そんな任務は二月ふたつきに一度あるかないか程度だ」

「そう……ですか……分かりました、少し考えさせて下さい……」

「分かった、ゆっくりと考えてくれ」


 テレヒトはそう言って病室を去った。


「ねぇキセナ? 神狩守かんがりになるなんて言わない……よね?」

「──分からない、これから決める……」

「お姉ちゃんヤダよ!! キセナが危ない目に遭うなんて! パパやママだってそうでしょ!?」


 レヒナは再び家族だけの空間に戻った病室で必死に両親へ訴えるが、両親は何処か落ち着いた様子だった。

 そんな中、両親が諭す様にレヒナに話す。


「そうだな……たしかに既に愛娘が渡った危ない橋を愛息子にまで歩ませたくはない。けどねレヒナ、父さんも母さんもレヒナがその道を歩んだ日からとっくに腹は括っているんだよ」

「そうよ、レヒナが神狩守かんがりに入隊するって志していた時も、アタシ達は心配したし、入隊して欲しくない気持ちを思ってないって言えば嘘になる。だけどレヒナの進みたい道を只親であるだけのアタシ達が否定するのだって違うと思ったの。だからキセナがもしお姉ちゃんと同じ道を進みたいって言うなら、アタシ達はそれを心配もするし応援もする。だけど止める事だけはしないつもりよ」


 父に賛同する母の言葉にレヒナもとうとう言葉を詰まらせてしまう。

 確かに両親はレヒナが神狩守かんがりを目指した時、それを否定もしなければ寧ろその夢を応援するように背中を押してくれた。

 それは弟へ対しても同じなのだ。

 自身の子供達の夢を邪魔する資格は無い。

 それが両親の考えであり、子供達への愛し方なのだ。


「──」

「姉さん」


 黙り込んで俯いてしまったレヒナに少し戸惑ったキセナが声を掛けた。

 それでも尚、姉は黙ったまま立ち尽くしていたが、突然、何か吹っ切れた様な笑顔で顔をあげた。


「もう! パパとママがそんな事言ったら、止めるあたしのがおかしいみたいじゃん!!」

「──姉さん?」

「心配でも止めはしない……ね。そっかぁ……じゃああたしもうーんと心配するけど──」


 レヒナがキセナに近寄ると額に軽いデコピンを放った。

 そして当てられた額を目で追っている弟を思い切り抱きしめる。


「お姉ちゃんもギューっと応援したげる!! そして! 神狩守かんがりに来た暁にはお姉ちゃんがみっちり訓練してあげよう!!」


 先程とは打って変わって健気にそう言う姉にキセナは頷く。

 この時、キセナの心の内は決まった。


「よし! じゃあ今日はもう夕方だしお姉ちゃんは病室に泊っていくとしよう!!」

「え!? いいのそれって──てか、姉さん神狩守かんがりの仕事は?」

「キセナが重傷でお姉ちゃんも気が気でないでしょうからってことで、メンタルヘルスケア休暇貰ってます!! 軍隊の様に見えて意外と福利厚生はしっかりしているのです!」


 姉の職務怠慢を心配する弟の言葉に、大丈夫の意を表明するかのように高らかに親指を上げた。

 キセナもそんな純粋な光を宿した瞳で大丈夫と言われた為かそれ以上突っ込む事はしなかった。

 そうして両親も帰った病室で姉と二人きりとなった。


「病院食も意外といけるね!!」

「そうだね~」


 何気ない会話をしながら時が過ぎた。

 外はすっかり暗くなり、街並みの灯りが綺麗な夜景を彩る時間だ。

 時計も既に捌時はちじを回っていた。


「もう捌時はちじかぁ~」

「お、キセナもおねむの時間かなー?」

「子供じゃないからおねむとか言わないで」

「学生の内はまだ子供だよ~ん」


 ふざける姉と笑いながらそんな会話をしているうちに本当に眠気がきたキセナが大きく欠伸をした。


「あれ? ホントに眠気来ちゃった?」

「ちょっと眠い……」

「あっはは……まあ消灯まで二時間切ったしね~」


 少し薄ぼんやりした目のキセナの頭を撫でる。


「姉さん……」

「ん~? 何~キセナ」

「久しぶりに……ギュってしてもらいながら……寝たい……」


 すこし恥ずかしそうにタジタジになりながら甘えたい宣言をするキセナに、レヒナが目を丸くした。


「キセナ……」

「何?」

「もっかい!! もっかい今の言葉聞かせて!! 最近滅多に聞けない甘えてくる弟成分を思いっきりお姉ちゃんに頂戴!!」

「え、ちょ……うぅ~、だからその……」


 喜々とした眼で見られ、更に顔を真っ赤にしてキセナは渋々口を開く。


「姉さんに……ギューってしてもらいながら寝たい……です……」

「──!! きぃせなぁー!!」

「むがぁ!?」


 目を逸らしながら言い切ったキセナに盛大に姉が抱きつく。

 だが、先程よりもちゃんと理性は残っているようでキセナ自身が痛くないよう力加減は調節しているようだ。


「良いよぉ! 一緒に寝よ!!」

「う、うん……」


 病室の電気を消してベッドで横になる。

 姉の暖かい抱擁がキセナの心をとても落ち着かせた。


「懐かしいねぇ……キセナ、小学校の頃はよく暗いの怖いって、お姉ちゃんの布団に潜ってたよねぇ、こんな風によしよししながら寝てさぁー」


 懐かしい日々の思い出を語るレヒナの言葉に少しだけキセナが耳を熱くする。


「それじゃ、そろそろ寝よっか」

「うん……」

「お休み~」

「お休み」


 そうしてキセナは姉の胸に顔を埋めて眠りに落ちる。

 こうして、キセナは昏睡状態の三日間を含めた計一週間の入院の内、第四夜目を安らかな眠りと共に終えたのだった。


 ☆◇☆◇☆


 キセナの覚醒より三日前、ケレトナ商店街神害事件当日夜。

 地下700メートル:unknown


「局長、ご足労感謝いたします」


 薄暗く鈍色の通路の最中、光を完全に遮断するような漆黒の外套を羽織った男を局長と呼び、白衣の男が敬礼する。

 外套の男は顔色を殆ど変えずに白衣の男を見る。


「ネクタイがずれている、気を付けなさい」

「え? は、はいッ!!」

「それで、私を呼んだ事情はなんだい」


 焦って、ネクタイを直している白衣の男は急いでドアを遠隔で開く。

 局長に「まずはこちらへ」と扉の先へ促すと局長の前を歩く。

 暗い室内には複数の研究資料と道具、そして何台ものコンピューターの光が煌々と揺らいでいた。


「本日の午後肆時しじごろに行われた第参部隊によるパレード中に顕現した神とその最中ででた神傷者しんしょうしゃに関して少々、奇妙な点がございまして……」

「奇妙?」

「ええ、これを見てください」


 そう言って白衣の男は部屋中央に鎮座する柱状のホログラムプロジェクターに映し出す。

 中にはヒビ入った髄核が移しだされた。


「これは今回の顕現した神の髄核なのですが、何しろ接敵した隊員の一人が粉々に砕いたようでして疑似形成に時間が──」

「御託はいい、奇妙な点とはなにかな?」

「ああ、奇妙な点というのはですね──」


 外套の男は顔色を変えずに白衣の男に本題に迫るよう促す。

 急かされた白衣の男は緊張で少し腕が強張りながらプロジェクターを操作し髄核の全体をホログラムを回転させながら局長へ見せる。


「第参部隊からの接敵時の神の状態報告では、依代と接続していた天鎖あまくさりが既に千切れていたとの事だったのですが、ご覧の通り疑似形成の粗さを鑑みて判断したとしても、そもそも髄核に天鎖あまくさり器官の存在が確認出来ないんです……」

「──続けなさい」

「ええ、ではもう一つの神傷者しんしょうしゃに関してなのですが、これを──」


 ホログラムに映る映像が切り替わり、映し出されたのは、キセナの搬送直後の3D画像だった。


「今回重傷で搬送された患者でカラシセ・キセナ十五歳の学生、姉が第参部隊所属の隊員で、当日のパレードを見に来ていた途中で顕現した神の触腕による攻撃で重傷。下腹部から右脇腹にかけてを完全に貫かれており、応急処置はされていましたが生存は絶望的だと思われていました」

「──」

「ですが、この部分を見てください」


 白衣の男がキセナの3D画像の下腹部と右脇腹をアップにした画像とその傷断面を更に詳細に記したデータ情報を映し出した。


「この断面図に残った神象因子なんですが、これが最初期の状態で、緊急の延命措置を行う直前がこちらです」


 時間の進んだ画像が横に表示された。

 其処には最初期の痛々しい傷とは打って変わって奇妙に塞がりかけたキセナの腹部が移しだされていた。


「延命措置が行われるまでは三時間……三時間の内にここまでの傷の回復は、当然ながら人間には不可能です。それも、この三時間後の状態は対応した医師によると外皮部分だけではなく損傷した内部の臓器にも同じ事が起きていたと報告されています」

「──サンプルは?」

「勿論、サンプルとして小腸壁の一部と表面皮膚の一部を切除し検査を致しました、ですが……その……」

「はっきりと言いたまえ」

「神象因子の残存状態が神傷者しんしょうしゃ憑人ひょうじんの両者のどちらの状態とも異なるんです」


 そう言って白衣の男は画像をサンプルの細胞組織を拡大した画像へと替える。


「これは……」

「ええ、神傷者しんしょうしゃの様に傷口に神象因子が僅かに残っているわけでも、憑人ひょうじんの様に完全に細胞と結合してるわけでもなく……これは──」

「損傷した細胞部分を神象因子が置換している」

「え、ええ……そういうことです。」

「しかも、傷の境目より先は完全に神象因子が細胞の代わりを行っているように見えるね」

「ええ、仰っている通──」


 白衣の男は局長の言葉に同意しようとして始めて、局長の顔をしかめる姿を目にして口を噤む。


「さっきの報告に話が戻るんだけどね」

「え、あ、はい!」

天鎖あまくさり器官を持たない神を、私は、以外に知らないんだよ」


 局長の物々しい言い方に白衣の男が恐る恐る問う。


「と……言いますと?」

「この長らく顕現しなかった異質な神の顕現に加えて、その神に傷を付けられた神傷者しんしょうしゃの状態……いやこの状態は傷というよりかは侵食されているように見た方が正しいかもね……」

「えーっと……つまりは?」

「数百年ぶりの異常事態だ。混乱を招かない為にも国民へは絶対に知らせてはならない、政府にも国内に向けて箝口令を敷くよう要請しておくれ。そしてこの情報を各国の神狩守かんがり組織にも伝達、異常事態発生につき、神の顕現と動向に厳戒態勢を敷けとね」

「りょ、了解しました」


 急いで情報の伝達に向かおうとする男を再び局長が引き留めた。


「あ、それと最後に」

「はい?」

「このカラシセ・キセナ君だっけ? 彼を以後、神傷者しんしょうしゃではなく神蝕者しんしょくしゃに名称を変更。及び、覚醒次第でいいから、ぜひ神狩守かんがりへの入隊推薦を出してあげてくれ」

「い、良いんですか?」

「勿論、こんなイレギュラーの異分子を放っておく訳にはいかないという事情もあるけれど、一番は神と混じった人間は憑人ひょうじんも含めかなり貴重だ。ぜひ戦力として欲しい。理由は……まあ、適当に考えておくれ、」

「了解しました」

「ありがとう」


 去っていく後ろ姿を見送った局長は肩から羽織っただけだった外套を着直すと内ポケットに入れた煙草を取り出した。

 慣れた手つきでライターを取り出した所で手を止める。


「いけないいけない、ここでは吸うべきではないね」


 独りになった室内を抜け、無機質な通路に足を踏み入れ、煙草に火を点けた。

 口から吐き出る背景に溶けていく灰色の煙を眺めながら、歩き出した。


「神象因子に侵食を受けた神蝕者しんしょくしゃの少年に、概念司る原初の神の再臨か……これは、状況は人類にとって非常に不利に働いているな。各国との連携に加えて国内に対しても迅速に然るべき対処を取らなくては──」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る