危機一髪過ぎる男
遠部右喬
第1話
「……まあ、こういう訳で、本日は
枕から身を起こした
兼勿がこの男に、寝入り端の一番気持ちのいい時間を台無しにされたのは、ほんの十分程前の事だ。
***
兼勿は自宅で微睡んでいた。二十畳はあろうかと言う寝室、海外の有名メーカーから取り寄せた高級ベッド、壁には、眠りに落ちる直前まで観ていたサイレント映画がプロジェクターで映し出されたままになっている。部屋はここだけではない。ネット環境を整えた仕事部屋、広々としたリビング、趣味の為だけの防音室と書斎に来客用の寝室、大して自炊もしない為に未だにぴかぴかのダイニングキッチン。オートロックに警備会社とも契約済みでセキュリティもばっちり。二十代の独身男が暮らすには充分過ぎる豪邸だ。
そこに何処からか忍び込み、兼勿をたたき起こした七三男は開口一番言ったのだ。
「兼勿様のお借入れが、かなり膨らんでおります。速やかにお支払い頂きたく存じます」
すわ強盗かと、枕元にある警備会社への連絡用スイッチを押しかけた兼勿の手が止まり、聞き捨てならない科白に目を剥いた。
「は? 俺、金貸したことはあっても、借りたことなんてないんだけど」
大学時代に気まぐれで手を出したミニ株にはまり、生活費以外のアルバイト代の殆どを株につぎ込むようになった。やがて小型株を買い、儲けを中型株につっ込み、更にその儲けで大型株に手を出す、と、順調過ぎる程順調に資金を増やし、初投資から十年も経たずして若手投資家として名を広めつつある。それらの全てを、己の才覚だけでやって来たのだ。どこかに資金援助を頼ったことなど一度も無い。
七三男は「ああ、お金のことではありません」と、慌てて首を振って、兼勿に名刺を差し出した。
『有限会社
(色々と凄い名前だな……)
名刺に目を通す兼勿に、鳥田は話し続ける。
「兼勿様がお借入れになっている当社の商品は『幸運』です。お恥ずかしい話ですが、先月の社内調査で『幸運』の入出庫が合わないと判明しまして、過去データを洗い直したところ、返済漏れされてらっしゃる方が結構おられると。兼勿様も、当方にお申込み頂いて以来何かと融通させて頂きましたが、どういう訳か一度もご返済された形跡がないと……まあ、こういう訳で、本日は兼勿様にこれまでご利用頂いた幸運のご返済をお願いに参ったと、そういう次第でございまして」
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