奴隷JK、危機一髪 ――愛とお金と平和とスマホ――

明日乃たまご

第1話 愛と戦いの奴隷

 優奈は、同級生の祐樹のコンビニのような存在だった。「やろうぜ」の一言で、近くて便利なコンビニでアイスを買うように、彼に抱かれるのだ。


 場所も時間もおかまいなし。学校であろうが、夜の公園であろうが、ファミレスのトイレであろうが、祐樹が欲した時、欲した場所で抱かれた。それでも優奈は満足だった。彼のことがとても好きだったし、セックスも好きだった。


 彼との関係で不安があるのは、唯一、妊娠だ。


 祐樹は避妊具をつけない。もっぱら膣外射精という方法を取っている。それが危険だと分かっていても。


 避妊具を使わないのは、持たないからだ。買うお金がないのではなく、買う勇気がないのだ。それは優奈も同じだった。


 ここは地方都市。避妊具を買っている現場を見られたら、家族や学校に伝わってしまうだろう。見られないとしても、店員の口から伝わらないとも限らない。


「そうだ!」


 閃いた。自分がコンビニで働けば、誰にも知られず避妊具を買うことができるだろう。必要なものはチャンスだ。お金ではない。欲しいものを手に入れたら、バイトは止めるつもりだ。


 冬休みに〝コンビニM〟でバイトをすることに決めて面接を受けた。


 面接官は加齢臭のする太った店長だった。


「高校生ねぇ。……アイスケースの中に入ったり、おでんで遊んだりしない?」


 そう訊かれて「する」と応える馬鹿はいない。


「お金が欲しいの?」


 店長が、にやりと中年臭い笑みを浮かべた。


「旅行費用にしたいのです」


「そう、……君かわいいね。態度も真面目そうだ」


 優奈は、淫らな自分を隠すのが上手かった。ちょっとだけ容姿にも自信がある。引き締まったボディーに日本人離れした彫りの深い目鼻立ちをしていて、友達には「人形みたいだ」と言われることもある。欠点は肌の色が黒いことだ。


 コンビニMで働きだした優奈は、1人になった隙を見て避妊具を沢山買った。もちろん代金は払った。


 それを使った最初のデートは祐樹の部屋。避妊具のおかげで楽しめると思ったセックス……。


 目論み通りには進まなかった。挿入直前、避妊具の装着に時間を要して楽しくない。最初はイライラし、不器用だと非難した。


「じゃあ、優奈がつけてくれよ」


 避妊具を押し付けられて試してみると、その難しさが分かった。もたもたしていると彼が柔らかくなって、二人で笑ってしまう。


「ゴムはダメだ。付けているうちにえるし、感触が悪い」


 それが行きついた結論だった。とはいえ、優奈も妥協しなかった。


「ちゃんとつけてよ。せっかく買ったんだから」


「危険日じゃないんだろう? 外に出すよ」


「もう……」


 優奈は抵抗を止める。やはり彼にも気持ちよくなってほしいと思う。


 2回、3回、4回と、彼は快楽に貪欲だ。祐樹、パワフル、最高!




 帰宅すると玄関の鏡に映る自分の顔に驚く。とても疲れた顔をしている。腰も痛んだ。それほど励んだのに、避妊具は二つしか使わなかった。


 エコなのかも?……そんなことを考えながら階段を上りベッドに倒れ込む。祐樹のベッドのような汗臭さがない爽やかなシーツ。心底ほっとする。


 一段落すると、どこからともなく漂ってくる祐樹の匂いに気付く。アレの臭いだ。


 新しい下着を手に階段を駆け下りる。風呂場に飛び込んで熱いシャワーを浴びる。ついでに彼のアレがついた下着も洗う。意外と頑固なそれと同じものが自分の中にも残っているかもしれないと思うと、妊娠の不安が膨らんだ。


「御飯よ」


 髪を乾かしていると母親に呼ばれた。


 ダイニングテーブルの席に着く。そこに並ぶ数多くの料理は、優奈を威圧した。


「たまには優菜が作りなさい」


 料理が得意な母親が言うのは、いつものことだ。そのフレーズは耳にタコで、「そんなに私が作らなければならないの?」という反論もいつもの事なら、「あなたも女でしょ」という応えも決まっていた。


 確かに私は女です。男とセックスするもの。……そう考えてから訂正するのもいつものことだ。男同士の愛もあるな、って。……祐樹が男のお尻を犯している姿を想像すると笑える。


「何をニヤニヤしているの」と母。「何でもない」と娘。


 料理とセック以外、女のあかしってなんだろう?


 父親は単身赴任中で、食卓は母娘二人きり。もともと社畜の父親は、家庭よりも会社と仕事を優先する。仲間よりも会社を守る。そんなところはゲームやアニメのヒーローとは違う。


 その父は、優奈が中学生になると、高校進学を考えて家を建てた。そして、転勤の辞令が出ると家族を残して赴任した。北海道、和歌山、富山と異動し、来年の4月には沖縄への異動が決まっている。


 優奈には、目の前で食事を取る母が悲しんでいるように見えた。母だって女だ。きっとセックスしたいに違いないのだ。それなのに、私がいるばかりに、この家で修道女のようにみさおを守っている。本当なら、愛する夫と共に転勤先に行くべきなのだ。


「ママ、来年はパパと沖縄に行ったら」


 母は眼を見開いて優奈を見つめた。


「私は、ママがパパと一緒にいてくれた方が嬉しいわ」


 その方が私だって気が楽だ。女らしくしろと強要されずにすむし、自分の部屋でもセックスができる。


「考えておくわ」


 母親はぽつんと答えた。


 テレビに子供たちの泣き顔や感情をなくした顔が映る。


 私の妊娠の不安に子供たちが共感している。……一瞬、そんな風に感じた。


 飛び交う戦闘機。破壊された瓦礫の街。怒る男、怯える女。大けがを負った子供、子供を抱きしめる母親……。そこにあるのは戦争だ。愛ではない。


「戦争なんて、嫌ね」


 母親が言う。


「ひどいなぁ。どこで戦争してるのよ?」


「あなたの好きなスマホで調べなさい」


「シリア、イラク、アフガニスタン、ミャンマー、ソマリア、南スーダン、ウクライナ、ガザ……?」


 検索すると世界中で戦いがあるので驚いた。それらの国々のほとんどが、地球のどこにあるのか分からない。まるでコンビニに並んでいる電子マネーみたいだ。データは沢山あるのに、実態が見えない。

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