劇団通いで列車事故

 具体的な路線は伏せておく、劇団員だった頃の実話。


 当時の僕は影絵人形劇団のメンバー、その日は舞台公演の合間の準備期間中で、電車に乗って劇団事務所に向かっていた。

 劇団事務所に通う日はいつも乗る路線、いつもの発車時刻の電車。

 いつも通りに電車がきて、いつもと同じように乗り込もうとした。


 その時、いつもと違う事が起きた。


 電車に乗ろうとした僕を、誰かが突き飛ばした。

 僕は電車に乗り損ねて、ホームにしりもちをついて去ってゆく列車を見送った。


 公演がある日なら慌てるところだけど。

 その日はそんなに時間を気にしなくていい日だったのは幸いだった。

 僕はすぐ後の電車に乗り込み、劇団事務所へ向かおうとした。


 そこでまた、いつもと違う事が起きた。


 駅を出て、1つ2つ先の駅まで来た辺りで、電車はホームに停車したまま動かなくなった。

 乗客は大半がその駅で降りる人たちで、車両に残っていたのは数人だけ。

 しばらく車内で待っていると、放送が流れ、1本前の列車に事故が起きて、復旧作業に時間がかかると告知された。


 更にしばらく待つと振り替え輸送利用案内の放送が流れ、車内にいた乗客数人の後に続くように、僕も車両から出て改札へ向かった。

 改札で振り替え輸送利用切符をもらい、別の路線に乗り込み、線路が少し離れて並行している別路線の電車で事故現場を通った時、乗客がどよめいた。


 事故車両は無惨に大破、その床は本来の色が分からないくらいに鮮血で覆われていた。

 僕が乗る筈だった車両の破損が特に酷く、もしもそれに乗っていたら無事では済まなかったと思う。

 死者5名、負傷者63名を出した列車事故。

 割り込み乗車の誰かに突き飛ばされて転んでいなければ、事故に巻き込まれるところだった。


 事故は発生後すぐに報道されていたらしく、いつもの時刻に来ない僕を、劇団メンバーがめちゃくちゃ心配して待っていた。


「おはよう」


 ニュースを知らなくて普通に朝の挨拶をしたら、事務所にいた劇団員たちがドドドッと走ってきた。


「うわぁぁぁ! 生きてた!」

「大丈夫?!」

「怪我してない?!」


 劇団事務所に行ったら物凄い大騒ぎになったのは、あの日くらいだなぁ。


 あの日、僕を突き飛ばした人の顔は見てないし、名前も分からない。

 電車に乗りそこねた時は少しイラッとしたけど、今では感謝してる。

 その人の生死は分からないけれど、無事だったらいいなと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る