第20話 魂の戦い(vs 元の世界)
弱々しい風が、木々を通り抜け、葉っぱたちを静かに揺らしていた。この真っ白な世界では、あらゆるものの力は奪われ、失われつつある。
かつて子供たちの笑顔と笑い顔で賑わっていた公園も、今は静寂が支配していた。
この場所は、谷地下台の想い出の公園だ。中央にあるブランコには、ローブをまとい、フードを目深に被った慈愛の従者が一人静かに座っていた。彼女にとって、このブランコに揺られている時は、心の安らぐ時間であった。幼き頃に近所の男の子と遊んでいた公園。その宝物は、どれだけ時が経っても彼女の心に息づいていた。
慈愛の従者は肩に下げているトートバッグから、兎のぬいぐるみを取り出す。神が与えてくれた大切な物は、心に安らぎをもたらしてくれるように思えた。
しかし、その安らぎは突如として打ち破られた。独特の焦げた匂いが、慈愛の従者の鼻腔を刺激してきたのだ。慈愛の従者が公園の入口に視線を向けると、そこには破壊の従者の姿があった。彼のフードの下から見える口元には煙草が咥えられていた。
「よう」
「公園は、おタバコはダメなの」
間髪入れない慈愛の従者の言葉に、破壊の従者が口元に苦笑いを浮かべ、足元に煙草を吐き捨てる。そして、それを足の裏で踏みつける。その光景に慈愛の従者はフードの中の眉をひそめる。後で、そのゴミを片付けないとならないだろう。
破壊の従者はゆっくりと慈愛の従者の隣のブランコに腰を下ろす。
「次で魂の戦いも最後だな」
その言葉に慈愛の従者の心が重く沈む。ここでの安らぎを求めてきたのは、その戦いを前にしたからだ。
「並行世界をなくしたくないの」
そう告げる慈愛の従者に対し、破壊の従者が袖から煙草の箱を取り出す。それを彼女が無言で見つめていると、彼は苦笑いした後に、再びそれを袖の中に戻す。
「この状況を続けたいのか? やり方は別として、俺は並行世界を消すのは正しいと思っているぜ。世界は一つに戻さないとならねえ。不自然なんだよ。魂が分かれている現状は」
破壊の従者の言葉が、慈愛の従者の心に針を刺した。希望の従者からも同じことを言われているが、それが正しいとは理解しているからだ。
しかし、現状を維持する選択は許されないのだろうか。ただ、そうなると世界は平穏を失うことになる。慈愛の従者の考えは、いつも堂々巡りになっていた。だが、かつて神にお会いした時に言われていた。並行世界を残すべきだと。彼女の迷いを感じ取ったのか、破壊の従者が優しく彼女の肩に手を置く。
「なあ、時間ってのは動くもんだと思わねえか? 人は何か忘れもんをするかもしれねえ。でも、絶対に大切なものはなくさねえよ」
「そう・・・だね」
慈愛の従者が力ない笑みを浮かべると、破壊の従者が優しく兎のぬいぐるみを撫でる。
「お前も大切なもんは忘れずにな」
慈愛の従者が首を縦に振ると、破壊の従者が袖口から煙草の箱を取り出し、ブランコからゆっくりと立ち上がった。
「やっぱ、長時間の禁煙は辛いぜ。そろそろ、俺は行くぜ」
破壊の従者が慈愛の従者に背を向けたかと思うと、公園の入り口に向かって歩き出した。しかし、途中で足を止める。
「そうだ。神に会ってこいよ」
その言葉に慈愛の従者の心が揺れる。神に面会することは神託で禁じられているはずである。
「でも、神託ではダメだって・・・」
「そんなの関係ねえよ。会いたい時に会えばいいんだよ。いいな。会うんだぞ」
その言葉を残し、破壊の従者の姿はゆっくりと薄れていき、完全に消え去っていった。
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