第23話 パワードスーツを買った

第23話 パワードスーツを買った 1

今日も街の外は荒天だった。

私達が働く場所は、傭兵たちの手によって危険生物や障害が取り除かれた浄化地帯と呼ばれる場所だが、視界が最悪な中での作業は危険なことには変わらない。

視界が悪い中で私達が操作する強化外骨格パワードスーツは、目につくカラーリングにすることが決まりになっている。

先輩にして相棒のロイさん自前のパワードスーツ、アップグルント重工AHIのタイプC・フィーアは派手な赤味がかったオレンジ色だし、情報収集担当のアイちゃんが乗るカペラも、私が乗るミモザも目の覚めるような黄色だ。

だから視界の悪い中でも、みんなのいる場所が目視で確認できるのだった。

で、そんな中で私は、ロイさんとアイちゃんとでいつものように資源集めに勤しんでいたが、成果は散々な結果だった。


「やっぱここはダメか」


モニターに、ゴーグルを上げたロイさんからぼやきの動画通信が入る。

私もゴーグルを上げて頷いた。


「この辺り、大物はほとんど取り尽くしちゃいましたからね」

「最後の確認のつもりで来たが、しゃあねぇ。一度基地へ帰投して午後はこっから西の最近浄化された場所へ行ってみっか?」

「その場所って、確か少し距離がありませんでしたか?」


アイちゃんの意見にロイさんが頷く。


「それな。だがどんだけ遠いか具体的な数字がわからん。だからアイラ、基地からの時間とルート算出してくれねえか」

「了解しました」


アイちゃんの乗るカペラは、情報収集と解析に極めて強い特性を持った機体だ。

もちろん、安心・安全・安定で定評のあるノーザンライツ工業製。

待っている間、私はミモザで伸びをしてみせた。

そのまま上半身を右へ左へと曲げてみる。


「相変わらず手動マニュアルでフリーダムに動かせんのな」


呆れ半分、感心半分のロイさんの言葉に、私は笑顔になった。


「ノーザンライツさんの機体が凄いんです。シリウスも凄かったけど、ミモザも負けてないですよ。動かしていて楽しいです!」

「お前が操縦してるの見てると、ノーザンライツ工業も一鍔ヒトツバ重機に負けじと変態企業のように見えてくる」

「さすがに一鍔さんには負けますよ。堅実なのもノーザンライツさんの良さの一つです♡」

「へいへい、ノーザンライツオタ乙」

「目的地点のルートと時間を算出しました。共有します」


モニターに地図と目的地へのルートが表示された。

基地から片道約一時間半か。

ちょっと遠出になる上に、最近浄化された地帯なら同じような作業員がつめかけているかも。

資源を巡って競合他社と荒事になるのはできれば避けたい。


「他社とかち合いますかね」

「そりゃかち合うだろうな。ま、そん時ゃ俺達は紳士的に対応するまでだ」

「紳士的」


外見も中身も超カジュアルなロイさんからは程遠い言葉だ。


「何か言いたげだな」

「いいえ。何もありませんよ、先輩」

「まあいい。んじゃ、基地へ戻るぞ」

「了解です」


こうして私達は中継基地へと戻り、基地内で少し早めの昼食をとることになった。

休憩室で三人でテーブルを囲み、街から支給されているスティック状の完全栄養食を食べる。


「そーいやナナミ、お前、賠償金で新しい大型買うんじゃなかったのか?」


ロイさんに聞かれ、私はモグモグしていた完全栄養食を飲み込んだ。


「小型のモデルを引き受ける話で試乗の予定がお流れになってそのままですね」

「展示会が終わるまで、それどころじゃなかったもんね」


アイちゃんがからかい混じりに言い、私はため息をついた。


「その後もどこから聞きつけたのか、小型の格闘家プレイヤーの事務所や傭兵の会社からのスカウトが私宛に頻繁にきて、対応に追われてたのもあって」

「俺は家から中継で見てたけど、お前凄かったからなあ。関係者からすりゃ、引っこ抜けるなら全力で引っこ抜こうとするだろうよ」

「見た目も操縦技術も抜群だもんね」


ロイさんの褒め言葉にアイちゃんが乗っかる。

私は軽く首を横に振った。


「そのどちらも今は興味ないから、グリードに相談したんです。そしたら対応を引き受けてくれるって言ってくれて、それに甘えることにしたんですよ」

「アイツ、よー働くな」

「大好きなナナちゃんのことですから」

「そうだけどよ、その好きっていうのが演技なのかそうじゃないのか、自然発生的なのか人為的なのかが全然わからん」

「それ、考えだしたら本当にキリがありませんよ」

「だよなー。俺らAIじゃねーし、学もねーし、真相はAIの進化次第ってか」


テーブルに肘をつきその手に顎を乗せて言うロイさんだが、その視線を改めて私に向けた。


「で、パワードスーツ、候補は決まってんのか?」

「はい。AHIさんかノーザンライツさんにしようかと」

「模範解答すぎる。面白みが全くねえ。冗談でもファースト・スターもいいな♡ とか言えんのか。オトモダチの会社の看板機体だぞ」


顔をしかめるロイさんに、私は思いっきり眉間にシワを寄せた。


「冗談でも言いませんよ。てか、あの機体、何もかもが私にはオーバースペックです」

「そもそも傭兵専用機体だもんね、ファースト・スター」

「そうそう。武装をつけて華々しく戦ってこその機体ですよ。土砂や瓦礫を片付けて、穴掘りして、レアメタルを探し回るなんて文字通り泥臭い作業、させたら可哀想でしょう」

「可哀想って単語が出てくるあたり、お前のファースト・スターへの変なこだわりを感じるな」


すると、アイちゃんがポンと手を打った。


「そうだ。一鍔さん、ファースト・スターの廉価版、産業用を造ればいいんじゃないでしょうか」

「そりゃねーな」


ロイさんが即座に否定する。


「大型のグレートスリーに数えられる名機で、地上に残る最後のブランドだ。そう簡単にその価値を落とすような真似はしねえよ」

「でも、産業用を出したら、絶対に人気出ると思うんですよね。ナナちゃんの候補にも絶対に入ってたと思います」

「それでも高そうだけどね」


私はボソリと言う。

何せ変態機能をつけたがるからな、一鍔さん。

だから買う前も買った後もコストがかかるのだ。

ロイさんは腕を頭の後ろに回した。


「ま、産業用の大型にゃ絶対王者のノーザンライツ工業がいる。今更廉価版出したところで勝ち目があるかは微妙だな」

「うーん。いい考えだと思ったのにー」

「でも、面白い考えだと思う。グレートスリーの廉価版が出たら絶対に試乗してみたい。アルビオンとか」


私はあえてアルビオンの名を出すと、ロイさんが髪の毛に手を突っ込んで複雑そうな表情になった。


「アルビオンの廉価版。……アルビオンはなあ、俺の手の届かないところで空高く輝いていてほしいんだが、そうか廉価版……出してほしいようなそうでないような。あーでもなー、乗りたくないと言ったら間違いなく嘘になるしなー。……ああ、アルビオン、ラインアトラス。どうして地上を捨てて宇宙に行っちまったんだ……」

「あの、ロイさん?」


気遣わしげに声をかけるアイちゃんを、私は手で制して首を横に振った。


「ラインアトラス信者の複雑なお気持ち表明だよ。そっとしておこ?」

「……わかった」


ブツブツとラインアトラスへの未練をつぶやき続ける哀れな信者は放っておいて、私達は昼食を再開した。

ちなみにここでいうラインアトラスとは、ラインアトラスグループの企業の一つ、ラインアトラス重工のことだ。

グレートスリーのアルビオンや、汎用機のネフィリムなど、著名な大型パワードスーツをたくさん製造していた。

ラインアトラスグループは、この星の低空軌道上にある電脳都市、アタラクシアの管理をしているバリバリの超大企業スーパーメジャー

私には全くご縁のない企業のはずなんだけど、先日の私の誕生日、大型パワードスーツの聖地巡礼でご縁が結ばれる事件が起きた。

ラインアトラスグループを管理するAI、プライドさんが無断で地上に接触し、街に完全な形で残されていたネフィリムにハッキングをした。

で、ちょうどそこに試乗していた私と数分間対話をするということが起きたのだ。

もちろん、宇宙に存在するAIにハッキングを仕掛けられるなど街の安全保障に関わる大問題であり、私はこの件でも箝口令を言い渡されたのだった。

あの時、プライドさんはまた会いましょうと言っていたけど、私としてはこれ以上の面倒事はゴメンだ。

お互い関係のないところで幸せになろうね!

私は完全栄養食をモグモグしながら、力強く願わずにはいられなかった。


「今月でこの仕事を続けて三年目になるね」


アイちゃんの言葉に私は笑顔になった。


「だね。早いよねー」

「ね。途中いろんなことがあったけど、私は今の仕事あってるなーって思ってるよ」

「アイちゃんの情報収集と解析、板についてきたもんね。頼もしいよ」

「んだな」


お、ロイさんが現実へと戻ってきた。


「入社当初はもちろん、しばらくもどうなるかと心配してたが、あの事件からじゃね。覚醒したの」

「あの事件ですか」


箝口令が敷かれている『あの事件』とは、元スーパーメジャー、シャマイムの超大型決戦兵器ルシフェルとやりあった時のことだ。

今もたまに夢で見る、あの死に物狂いの死闘。

あの事件で、私は父の形見だったシリウスを失った。

まるで遠い昔のことのように思えるが、まだ半年も経っていないのだ。

私の横でアイちゃんは苦笑した。


「あの事件で何か色んなことやものが振り切れたような気もしますけど、二度はゴメンです」

「違いねえ。俺もたまーに夢に見て飛び起きる。早よさっさと忘れてぇが、まだ諸々の手続きが残ってっからな」


ロイさんが笑いながら言う。

あの事件を笑い飛ばせるとはさすがは元傭兵。

豪胆を人格化したような存在だ。

頼もしい。

と、そのロイさんの視線が私に向けられた。


「お前さんにとっちゃ形見のシリウスを喪った事件だ。形見を忘れろとは言わん。むしろもうこの世にないから大事に心に取っておけ。その上で、前に視線を向けるようにな」


……何か、このカジュアルで豪胆な人に気遣われてしまった。

私はその気遣いが嬉しくて、ありがたくて、自然と笑顔になった。


「ありがとうございます。……三年目の節目に新しい機体、買おうかな」

「いいと思う!」

「そうだな。ただ賠償金でとは言えでけえ買い物だ。よーく相談した上で慎重にな」

「はい」


そして昼食後、私達三人は西の新しく浄化された地域へと出発した。

予想通り、目的地は競合他社の資源調達員が作業をしていたが、まだ作業場には余裕があった。

良かった。

作業場を巡って運が悪いと小競り合いになることも度々あるのだが、それが回避できて何よりだ。

平和が一番。

私達は腰を落ち着けて資源回収を頑張ることにしたのだった。

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