第14話 ハロウィンを一緒に過ごした
第14話 ハロウィンを一緒に過ごした 1
「あー……うー……」
私はテラス席のテーブルに突っ伏し呻いていた。
常連となり、店の人に顔を覚えられているいつものカフェ。
ドームの天井には清々しい午後の青空が映し出され、人工的に吹く風が私の髪を優しく揺らす。
そんな平和な日曜の昼下がりの光景も、今の私を慰めることはできない。
「ナナミ」
いつもは私の向かいに陣取る多脚ロボットのグリードが、今日は私の傍らについていた。
ロボットやAIに心はない。
ないけど、この街の大半のロボットやAIは人を気遣う行動を取るように設計されている。
グリードもそうなのだろうが、私の名前を呼ぶその声は明らかに気遣う響きを帯びていた。
普段の私なら、最初に出会った頃に比べてグリードの表現力が格段に上がったことに驚き喜んでいただろう。
だけど、今はそれどころではなかった。
酷いものを見た。
努力とお金と時間をかけたその先で、私はとても辛い結末を見たのだ。
「ナナミは悪くない。ロディアはゲームであり、侵略者の思惑通りに動くようシナリオで設定されている。プレイヤーである君はそれを逸脱することはできない。どうしようもなかったのだ」
「わかってるよ。でもさ、あの結末あんまりだよおおううう」
グリードなりに慰めようとしているのだろうが、どこかぎこちなくズレている気がするのは経験不足ゆえか。
私は大きくため息をついた。
一時間ほど前、私はロディアこと、ロード・オブ・ディアボリカというゲームでラスボスと戦いエンディングを迎えた。
人の姿をとった第一形態は余裕でクリアできたけど、続く化物の形を取った第二形態で何度かの敗戦を喫した。
それでも辛抱強く何度も戦い続け、ようやくクリアできたのだ。
一緒に戦った友人のアイちゃんと喜んだのもつかの間、クリア後に明かされたロディアの世界の秘密に私たちは凍りついた。
この世界に導いた白い人影こそが、ロディアの世界、バハギアの侵略者であり、私達プレイヤーは侵略者に五感をいじられ、正しく世界を認識することができなくなっていたのだ。
今まで魔物と思っていたのはバハギアに住む人々で、ボスモンスターは人々を守護してきた神様やその使いだったのである。
それらを討伐したバハギアは侵略者によって呆気なく支配され、正しく世界を認識できるようになったプレイヤーの本当の戦いはここから始まる……というのが、ロディアのエンディングだった。
私はその結末にショックを受け茫然自失状態となり、何とかログアウトしたけどその後の記憶は曖昧だ。
グリードとは、ゲームが終わったらいつものカフェで会おうと事前に約束していた。
だから無意識のうちにここに来て、グリードもいつの間にか合流して今に至っている。
思えばラスボス戦前、既にエンディングを見ていたアイちゃんの彼氏のユーゴさんが私達を見てこう言った。
「二人とも、この先何があっても心を強く持てよ」
それはラスボス戦のことではなかった。
その先のエンディングのことを言っていたのだ。
私が先程まで体験した世界はゲームだ。
現実に起こったことではないから気に病む必要はないのだけど、私はロディアの世界にいれこんでいた分ダメージが大きかった。
せめて小さくとも救いがあればよかったのだけど、このゲームはマルチエンディングではない。
ゲームに完全に突き放され、私は打ちひしがれていた。
私は力なく口を開く。
「もー、ロディアしない。てか、できない。無理。攻撃できない」
「そうか」
グリードが応じる。
「ロディアは全体的には高評価なゲームなのだが、ストーリーは好き嫌いがはっきりと分かれるようだ。無情で残酷と評されるラストに、君のようにゲームの周回を断念する者も少なくないらしい」
「そっか」
言いながら内心ホッとする。
私のようなプレイヤーが少なからず存在することに安心感を覚えた。
私は甘っちょろいお子様だ。
努力した分だけ報われたいと思うし、現実がままならないからこそ、お話の中ではハッピーエンドを望んでいる。
残念ながら、ロディアはそうではなかった。
グリードの言うとおり、こればかりはどうしようもない。
私はゆっくりと体を起こすと、傍らにいる白銀の多脚ロボットに顔を向けた。
「グリード、気を遣わせてゴメンね。ゲーム、付き合ってくれてありがとう」
「礼の必要はない。ゲームクリアおめでとう。目的が一つ、達成できて良かったな」
「……うん。そだね」
そうだ。
今日の目標、ロディアのエンディングを見ることはできた。
バハギアでの私の旅は終わったのだ。
気分は最悪に近いけど達成感はあった。
私は買ってそのまま放置していたコーヒーに口をつける。
「苦い」
思わず口に出た。
すっかりぬるくなってしまった上に、いつもよりも苦味が強く感じられる。
……甘いものがほしいな。
追加でお菓子でも買ってこようか。
そう思った時、
「甘いものを買ってこよう。待っててくれ」
「えっ、ちょ」
止める間もなく、グリードは私のそばを離れて店内へと入ってしまった。
こういう時のグリードの瞬発力には敵わない。
このカフェは前払いだ。
またグリードに奢られちゃうのか。
さほど待つことなく、グリードが戻ってきた。
「買ってきた」
「行動力」
手渡されたお菓子を見て、私は一瞬動きを止めた。
お菓子はこの店定番の丸型のクッキーではなかった。
釣り目をしたカボチャや愛嬌のあるオバケ、黒猫やコウモリといった、様々な形と彩りが施されたクッキーだ。
私はこのクッキーに、とあるイベントのことを思い出した。
「そっか。もう少しでハロウィンなんだね」
「今週の土曜日がそれに該当する」
改めて周囲を見渡せば、目に映るお店は大体ハロウィン仕様になっていた。
そういえば、さっきまでいたVRカフェのフロントもホログラフィでハロウィンの飾り付けをしていた。
ここはイベントごとが大好きな街、アパテイア。
ハロウィンなんてイベント、見過ごす商店や施設なんてほとんどない。
「一部のお店で早々にハロウィン商品を売り出しているのは見たことあるけど、ここ数日で一気に増えた感じ?」
「そうだな。特に商業区画と興行区画は様々な理由から既に厳戒態勢となっている」
「あー」
私は思わず眉をひそめた。
脳裏に、言語にし難い混沌ぶりが思い浮かんだ。
「また今年も大騒ぎになるのかな」
「間違いなくなるだろう。今年は土曜日ということもあり、人出も去年を上回るだろうと予想されている」
「……すごいことになりそう」
私は寒気を覚えて腕をこすった。
ハロウィン当日の該当区画は、毎年仮装した人やロボットが何故か一斉に集まって大騒ぎになるのが恒例となっていた。
前時代からあったイベントらしいけど、危機管理能力が高ければ、絶対に近づくことはしないだろう。
「ナナミは行ったことはあるのか?」
「一度だけあるよ。それで懲りた」
「そうなのか」
そう。
私は数年前に一度だけ、アイちゃんと出かけたことがあった。
今にして思えば、愚かな判断だったとしか言いようのないあの経験は忘れない。
すでに電車の中も仮装をした人でいっぱいだったのに、駅から出た途端、バレンタインの時以上の人出とそのハイテンションぶりに私は恐れをなした。
逃げ出そうにも人のあまりの多さに思うように動けず、押し流されるようにして進む羽目となった。
休憩したくても店は閉まっているか満席かのどちらか。
いつの間にかアイちゃんともはぐれ、揉みくちゃになりながら駅に戻ったものの、入場規制がかかって長時間待ちぼうけを食らった。
得たものは疲れと苦い後悔だけであり、犯罪まがいの行為に巻き込まれなかっただけマシだったという結果に終わった。
そんなわけで、ハロウィン時期の商業区画と興行区画には近づかないと心に決めているのだった。
「私は映像でしか見たことがない」
グリードの言葉に私は渋面を作る。
「映像だけでいいよ。人出を見るだけでお腹いっぱいになるでしょ」
「私に腹はない。故に」
「そうだったね。ゴメン」
言いながら、私は頭の片隅に赤い光が灯るのを感じた。
え? 何? この嫌な感じ。
グリードは両手を開いた。
「あれだけの人の多さだ。現地はいわゆるオーバーツーリズム状態だと判断する。そこに集約される人の欲望は数値では表せないほどになっているだろう。めったにないことだ。一度実地で見学をしたい」
「ええっ」
いつもの淡々とした調子で言うグリードに、私はグリードを見つめドン引いた。
「マジで言ってんの?」
「真面目に言っている。人への理解を深める良い機会になるだろう」
……そうだった。
この真面目で堅物な多脚ロボットは、使命のためなら、そこが風俗街だろうがゲームの世界だろうがどこへでもためらいなく赴く。
そういうふうに設計されたロボットなのだった。
「そっか」
私は深く頷き、そして表情を引き締めて手を振った。
「行ってらっしゃい。くれぐれもロボットに敵意を持っている人たちには気をつけてね」
「一緒に来てはくれないのか?」
何でだよ。
私ははっきりと渋い表情を作った。
「さっき言ったじゃん。一度行って懲りたって。ホント、洒落になんないんだから」
「君が過去の経験から行くことに躊躇していることは理解できる。しかし私は君と一緒に行きたいのだ」
「何でそこまで私と行くことにこだわるの」
「君にサプライズをしたいと考えている」
当然の疑問にグリードはあっさり淡白に答えた。
サプライズ?
「サプライズって?」
「君を良い意味で驚かせようと考えている」
「や、言葉の意味じゃなくてその内容を聞いているんだけど」
「内容を話したらサプライズにならない。その質問の回答は拒否させてもらう」
「そりゃそうだね」
グリードの言うとおりである。
でもサプライズって、何しようとしているんだろう。
「別に私を驚かせるなら、ハロウィン当日でなくてもいいでしょ」
「ハロウィンにちなんだものだ。当日でなくては意味がない」
「ふーん」
何だそれ。
と、脳裏に光が走った。
あ! もしかして仮装でもしてくるのかな?
思い浮かんだのは、とんがり帽子を被って杖を持つグリードの姿だ。
ただでさえキメラな多脚ロボにハイ・ファンタジーの骨頂が融合した情報量の多い姿。
思わずほっこりした。
「ナナミ?」
「ああ、ゴメン、ちょっとぼんやりしてた。……じゃあ、もうちょっと落ち着いた場所にするとか」
「落ち着いた場所」
「そうそう。人の往来に揉まれることもなく、自由に休憩できて、帰りの電車で待ちぼうけすることもない場所。学術区画とかビジネス区画とか、例のカオスな区画よりよほど居心地がいいと思う」
そういう区画もアパテイアにいる以上は、必ずその催しに乗っかってくる。
例外はないのだ。
話しながら、我ながら良い考えだと思った。
「例の区画の大騒ぎはマジ勘弁だけど、ハロウィン自体は嫌いじゃないよ。こういうお菓子とか限定商品とか見るの好きだし。だから、私は別の場所で待ってるよ。グリードは思う存分人混みを堪能して、後で合流するってどうかな?」
「私はナナミと人混みを堪能したいのだが」
「絶対にヤダ!」
私は腕を組みそっぽを向いた。
これだけは譲れない。
私達の間に沈黙が流れたが、長くは続かなかった。
「……わかった。君の提案を受け入れよう。いずれにしても、君にはその辺りの区画で夕食を奢ろうと思っていた」
「夕食?」
すると私の前にいくつかのネットの画像が浮かび上がった。
私が敷居をまたぐことは決してないお高ーいお店の夕食とデザートたちが、ハロウィン仕様で華やかに上品に雰囲気良く映し出されている。
「おお、すごい! どのお店も気合入ってるなー」
「ここに出した店が、今も予約を受け付けている店だ。君の行きたい店はどれだ」
「あの、奢られるのは」
「私は君の好感度を上げ、君の欲望が満たされる様を観察したい。だから遠慮は不要だ」
……この多脚ロボ。
「グリード」
「何だ」
「正直すぎじゃね?」
「君に回りくどいやり方は悪手であり、ストレートに伝えたほうが良好な反応を得られるとこれまでの経験から判断した」
おのれ、よくわかっているじゃないか。
グリードに告白され、友達になってから半年以上が経過している。
自分で言うのもなんだが、私はわかりやすくちょろい性格だ。
優秀な──でも頑固でたまにポンコツな──AIであるグリードにとって、私のことなどとっくにお見通しなのだろう。
私はため息をつき、そしてグリードに頭を下げた。
「わかったよ。じゃ、ゴチになります」
「店はどうする」
「店もグリードに任せるよ。それもサプライズになるでしょ」
「確かにそうだな」
「あ、でも条件はつけさせて」
「何だ」
私は意識して真面目な表情を作った。
「ドレスコードはカジュアルでもOKなお店でお願い」
「了解した」
こうして、ハロウィン当日はグリードと過ごすことが決まったのだった。
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