第11話 皆とゲームで遊んだ 6

振り向くと、体にフィットした艶のある緑のドレスをまとい、同じ色の大きな帽子をかぶった、くせっ毛の女の子が立っている。

私とその子はマジマジと見つめあった。

昨日も職場で会った、見覚えのある顔だった。


「ハンナちゃん?」

「やっぱナナミ先輩だ!」


ハンナちゃんは破顔して私に両腕を伸ばす。

私はその手を取った。


「先輩もこのゲームやってたんですね! 言ってくれれば良かったのに!」

「始めたばかりだったからさ」

「あ! アイラ先輩もいる! それとキメラな多脚! それが噂のお友達ですかっ!?」

「そうだよ」


アイちゃんもハンナちゃんの元へとやって来た。


「ハンナちゃん!」

「アイラ先輩もやってたんですね! 意外!」

「えへへー、私も彼氏に誘われて最近始めたばかりだよ」

「先輩たちもこのゲームやってたなんて嬉しいでっす!」


私達は手を取り合って笑いあい、そしてグリードに早速紹介することにした。


「グリード、この子はハンナちゃん。前にデネットさんと会ったでしょ。彼の娘さんで私達の後輩なの」

「ミスター・デネットのお嬢さんか」

「えっ?! 親父と会ってたの?! 一言も聞いてないよ。言ってくれればいいのに、あの親父!」


憤慨しつつハンナちゃんはグリードの前に立った。


「初めまして! ソール・デネットの娘、ハンナです!」

「初めまして、ハンナ。私はグリードだ。よろしく」

「こちらこそ、よろしくでっす!」


握手を交わす一人と一機。


「ハンナちゃんもここで止まってるの?」

「いえ! 私は今はステージ七にいますね!」

「ええっ?!」


私とアイちゃんは声を上げた。


「すごいね?!」

「いやあ、私、ゲームが一番の趣味ですから。発売日当初から仕事の合間を見てやりこんでるんで」


ハンナちゃんは、勤め先の会社でパワードスーツのソフト面の調整をしてくれている技術者だ。

若さを武器に、新しい技術をどんどん吸い込んで成長をしている期待の新人であり、生粋のゲーマーであることを公言してはばからないゲームオタクでもある。


「じゃあここにいるのは?」

「ドロップアイテム目当てと、クリアのお手伝いでっす」

「お手伝い?」

「はい! 私、吟遊詩人なんで結構重宝されるんですよ」


ハンナちゃんは言うと、その手に繊細な装飾を施されたギター? が現れた。

そっか、吟遊詩人だったのか。

ていうか。


「吟遊詩人って」

「吟遊詩人は、味方を強化するスキルに特化したジョブだ。しかも全てのスキルが単体ではなく全体化している。強敵相手には必須のジョブと言っていいだろう」


グリードが説明する横で、ハンナちゃんがニヤニヤと笑う。


「私、私のスキルで強くなった味方が、敵をビシバシ倒していくのが快感でこのジョブ選んでるんですよー。わかります?」

「はあ」


そういう考え方もあるんだなあ。

と、アイちゃんが頷いた


「私、ヒーラーだからちょっとわかるかも。私がみんなを守ってるんだぞーって気分になる」

「プレイヤーの命を握る重要ジョブですからね! ヒーラーの私がいなきゃ何もできまい! 的な?!」

「そこまで大層に思ってないけどね」


テンションの高いハンナちゃんの発言に苦笑するアイちゃん。

そして、私達はハンナちゃんに師匠との戦いを話した。


「なるほどー。でもまだ初見ですよね? ボコボコにされて当然ですよ。私もそうでしたもん」


腕を組むハンナちゃんに、アイちゃんは少し表情を陰らせる。


「でも一昨日、私達が落ちたあともユーゴたち、ゲームを続けてたらしいの。このステージの攻略を目指してたらしいけど、結局師匠を倒せないままお開きになったんだって」

「ユーゴさんたちもダメだったのか」

「うん。夜中の二時まで連戦したらしいけどね」


あの人たちメチャクチャ上手いのに、それでも倒せなかったのか。

私達で倒せるのかな。

ちょっと不安になってきたぞ。

私の横でグリードが片腕を上げた。


「ユーゴたちが優秀とはいえ、初見で倒せる敵とは思えない。それに加え野良でやったのなら、先程の意志と練度の齟齬が攻略の障害になったと予想する」

「そうそう! 野良での攻略は今の段階では難しいですよ。発売から二週間経ってますけど、師匠は研究とやりこみの差が顕著に出る敵ですからねー」


グリードの発言にハンナちゃんが大きく頷く。


「研究?」

「攻略サイトや動画見たり、ネットでの情報収集をすることですよ。特に動画、うまい人の動きを見るのは本当に参考になりますよ。最近ジョブごとの攻略動画も増えてきているから、攻略目指すなら見るのが大吉でっす!」


なるほど。

後でちょっと見てみようかな。


「それと、装備もキチンと整えた方が良いですね! 特に素早さを上げる武器とアイテムがあると捗りますよ」

「素早さ?」

「詠唱時間とリキャストの短縮に繋がって手数が増える、つまり実質攻撃力アップに繋がるのでっす!」

「なるほどー」


さすがゲーマー、参考になるな!

ハンナちゃんはグリードをじっと見つめた。


「お、グリードさんは抜かりない感じ?」

「装備を見たか。ゲーマーのお墨付きを得られたようで何よりだ」

「ご謙遜をー。さっすが一鍔さんのAI、学習も最適化も早いでっす!」


へー、他人の装備、見ることできるんだ。

……ちょっと恥ずかしいな。

てか、みんな見るものなの?


「じゃあ、先に装備を整えるところから始めようか」


アイちゃんの提案に私は頷いた。


「そだね。ザコ敵でも苦戦したから、せめてザコは楽に倒せるようになりたい」

「はい! 私もお供していいですかっ?!」


挙手するハンナちゃんに、アイちゃんは首を傾げた


「いいの? ザコ敵倒すだけだよ」

「もちろん! 先輩たちと一緒に遊びたいでっす!」


アイちゃんが私とグリードの方を見た。


「ハンナちゃんもいい?」

「いいよー! 歓迎歓迎!」

「私も構わない」


私が頷き、グリードも同意すると、ハンナちゃんは笑顔全開で頭を下げた!


「やった! お世話になりまっす!」


チャラリーン♪

ゲーマーのハンナちゃんが仲間になった!

なんてね。

私達はパーティを組み、お金稼ぎ兼ドロップアイテム目当てでザコ敵の討伐を始めた。

ここでもハンナちゃんの存在が大きく作用した。

効率の良いお金稼ぎの場所や敵、ドロップアイテムを狙う敵などの情報を惜しみなく提供してくれる。

ありがたい!

休憩をはさみながら二時間ほどフィールドで戦い続け、ザコ敵なら余裕で倒せるくらいに装備は整った。

新しく買ったこの杖の強いことよ!


「目に見えて強くなった!」

「ああ。リベラリタス討伐の装備としては、今の段階では最適なものになっている」

「よーし!」


アイちゃんも感動した様子で、新しい杖を見つめていた。


「この杖、キラキラで可愛い上に強い! 本当、魔法の詠唱時間が早くなって助かる!」

「でしょー。装備が強くなると上がりますよね!」


さて、これでひとまず今日の目的を達成できたわけだが。


「後三十分くらいかな」

「だね。どうする?」


すると、ハンナちゃんが身を乗り出した。


「じゃあ、師匠と戦ってみましょうよ! 初見よりも生存できる時間、伸びるはずですし、生存時間が伸びれば戦いの流れもわかるようになりますよ!」

「ハンナの提案に同意する。繰り返し学習することは重要なことだ。恐らく、君たちのようなプレイヤーは多い。周囲を気にせず挑戦をすることを推奨する」


続けてグリードもハンナちゃんの提案にのった。

私としても、せっかくだからもう一度戦ってみたい気持ちはあった。


「そだね。せっかく装備も強くなったし、試してみたい」

「うん! 師匠のもとへ行こう!」


アイちゃんも笑顔で言い、私達は再び人の集まる城の前へとやってきた。

野良でマッチングを開始する。

失敗して当たり前だけど、でも最善を尽くそう!

マッチングが完了して再び城の中へと入り、トゲトゲの狐の師匠と対峙した。

挨拶を交わして、戦闘開始。

明らかに戦いやすくなっていた。

装備って大切なんだなあ。

でも、敵のスピーディな動きと多彩な攻撃に、やっぱり翻弄される。

もたつく私とアイちゃんとは違い、グリートとハンナちゃんの動きは迅速かつ的確だった。

グリードの学習スピードの速さもさることながら、やり込んだハンナちゃんの動きもすごい!

しかし、マッチングした他の四人のプレイヤーの動きは、私達と同じくらいたどたどしかった。

結局、敵の体力を半分以上削ったところで全滅。

再び私達は城の外へと放り出された。


「いやー、やっぱ野良での戦いはムズいなー。でも面白かった!」


カラカラと明るく笑うハンナちゃん。

グリードが私達を見た。


「君たちの装備が整ったことで先程よりも火力も上がり体勢も安定していた。後は練習あるのみだ」

「お! 生存率上がりましたか!」

「ハンナちゃんのおかげだよ」


アイちゃんが言うと、ハンナちゃんは片手を頭にやった。


「先輩たちのお手伝いができて良かったでっす!」

「本当にありがとうね」


私もお礼を言うと、ハンナちゃんはメチャクチャ照れた様子で体をくねらせた。


「いやいやいや、礼には及ばないですよー。好きでやってるんですからー」


……その動きがちょっとキモかったけど、さすがに口には出さなかった。

お互いに笑顔になれて、こういうのをウィン・ウィンというのだろう。

と、アイちゃんが私達を見回した。


「ね、明日なんだけどさ、ユーゴたち休みでロディアやると思うの。せっかくだからみんなでやらない?」

「アイラ先輩の彼氏さんとですか?! 私もいいんですか?!」


驚くハンナちゃんに、アイちゃんはニコニコ笑顔で大きく頷く。


「もちろんだよー。ハンナちゃんがいればすっごく心強いよ」

「ありがとうございます! 頑張りまっす!」


私はグリードを見た。


「私は大丈夫だけど、グリードはスケジュール大丈夫?」

「明日も休日で特に予定はない。私も同行させてほしい」

「もちろんだよー」

「おお! 明日も一鍔さんのAIと一緒にゲームできるなんて、みんなに自慢できるぞう!」


両腕を振って喜ぶハンナちゃん。

ハンナちゃん、ソフトウェア関係にメッチャ強い技術者だけど、やっぱAIにも興味あるのかな。

そしてVRカフェから退室のインフォメーションが届き、ゲームを続けるハンナちゃんと別れて私達はログアウトした。

VRカフェを出た私とアイちゃんは、地下鉄の駅へ向かう。


「ユーゴに連絡したよ。明日、みんなでやることになったから」


早速端末で連絡を取ったアイちゃんが言った。


「明日、師匠倒せるといいね」

「ね。帰ったら早速動画見てみようっと」

「ナナちゃん、ハマったね」


ニコニコ笑うアイちゃんに、私は口をへの字に曲げた。


「だって、師匠倒したいもん」

「だよねー」


明るく笑ったアイちゃんだけど、次の瞬間俯いた。


「でも師匠倒したら、私はしばらくお休みかな」

「え?」

「VRカフェに出すお金、そこまで出せないから」

「ああ」


私は苦笑して頷いた。


「うん、わかる。私も今月はそろそろ打ち止めかな」

「そうなっちゃうよね。ゲーム機、買えればいいんだけど、ロディアのためだけに大枚はたくのもなーって感じで」

「他のことにもお金、使いたいもんね」

「そうそう」


ゲームが一番の趣味のハンナちゃんとも違うし、ユーゴさんたちのように傭兵のようにバリバリ稼げる仕事に勤めているわけでもない。

私達が一ヶ月でこのゲームをやる回数は限られているのだ。

私は顔を上げた。


「明日は頑張って師匠を倒そう!」

「うん! きれいに一区切りつけよう!」


私は駅でアイちゃんと別れ、社宅へと戻った。

早速家のパソコンで攻略動画を検索しようとして、端末が震えた。


「ナナミ、今日は誘ってくれてありがとう。今は何をしている?」


グリードからのメッセだ。

私は素早くタップした。


「これから、師匠の攻略動画を見ようと思ってたところだよ。明日に備えようと思って」

「気合が入っている、と推測する」

「うん。師匠戦で一区切りにしようと思っているからね」

「どういうことだ?」


私はグリードに、さっきアイちゃんと話したことを伝えた。


「なるほど。私が都度、奢ってもいいのだが」

「そんなことしたら、私、グリードのボディを何度も磨くことになっちゃうよ。きりがないよ」

「私は一向に構わないが」

「私はあるんだよ」


いつもコーヒー奢ってくれるのも気が引けるのに、VRカフェ代まで出してもらったら頭が上がらなくなっちゃう。

私は友達として、できるだけグリードと対等の立場でいたいのだ。


「君のことだからそう言うだろうとは予想していた。明日のリベラリタス戦、私も全力で君とアイラのサポートをさせてもらおう」

「ありがとね」


バンザイしているカワウソのスタンプも一緒に送る。


「では早速だが、君にオススメしたい動画をピックアップした。アドレスを送る」

「本当に早速だね」


グリードのオススメ動画はニ本あった。

一つは師匠戦の全体の流れを解説付きで録画したもので、もう一つは師匠戦での黒魔術師の動き方を解説したものだ。


「私からも、このゲームについて補足しておこう」


グリード曰く、このゲームのボスは厳密にはターン制になっているのだという。

スピードとパワーで私達は惑わされているけど、必ず敵のターンとプレイヤーのターンとがあって、その見極めが大事なのだと。


「言われてみれば、ステージ三まではそれがはっきりしていたね」

「リベラリタスも、実はターンがはっきりしているボスなのだ。動きを覚えてしまえば、気持ちよく戦える良ボスとしてネットでの評価も高い」


そして何度も戦うことで、ここから先の強敵を倒すための基本を身につけることができる。

プレイヤースキルが上がる。

故に師匠と呼ばれているのだと、グリードは教えてくれた。


「よし! 今教えてくれたことを頭に入れて動画見てみる!」

「また何かあったら連絡してくれ」

「うん! 打倒、師匠!」


キラキラしながらガッツポーズをするカワウソさんのスタンプも一緒に送った。

私はグリードからのオススメ動画を観て、イメージトレーニングしながらその日を過ごした。

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