第11話 皆とゲームで遊んだ 3
放置しても大丈夫とのことで、私はゴーグルとヘッドセットを取り外した。
目の前の光景はVRの個室になったが、急に殺風景になったような気がする。
ロディア、暗い世界とは言っても情報量が凄いからな。
私は首と肩を動かしてコリをほぐした。
さて、夕飯を食べよう。
夕飯はいつものバランス栄養食のスティックバーだ。
私のお気に入りは、チョコフルーツ味。
チョコ味の生地とドライフルーツ相性は最高だ。
そこにコーヒーをお供にしたら、口の中は楽園になる。
早速口にしながら端末を操作した。
……あ、グリードからメッセが届いている。
「ナナミ、こんばんは。仕事は終わったか? 今日の街の外は荒天だと聞いた。大変だったろう。ゆっくり休んでくれ」
チャットがきた時間は一時間近く前。
相変わらず淡々としたお固い文面だ。
私は取り急ぎタップした。
「こんばんはー! 今夜はアイちゃんとユーゴさんとでゲームをやってるんだよ。今は休憩中。返事遅れてごめんね」
ごめんねしているカワウソのイラストのスタンプも一緒に送信する。
あ、さっきのスクショもついでに送信と。
しばらくしてそれぞれに既読マークがついた。
「返信が遅れたことは問題ない。それよりもこのスクリーンショット、ゲームはロード・オブ・ディアボリカか?」
「あ、知ってるんだ」
「知っている。ネットでも評判な上、社内でも話題にしている者が多い。君たちもやっていたのか」
「私は今日、アイちゃんに誘われて急にやることになったんだよ」
思わず苦笑する。
今日の朝起きた時にこんな展開になるとは、全然想像できなかった。
グリードのメッセは続く。
「どうだ? 楽しめているか?」
「まだ始めたばっかで、さっき最初のボスを倒したばかりだよ。必死で楽しいと感じる間もなかった」
私はグリードを問われるまま、先程の状況をテキストで打ち込んだ。
「グリードも興味あるの?」
「人が集うところには必ず欲望が存在する。その欲望を見聞きしたい」
何も事情を知らない人が聞いたら、眉をひそめるであろう発言だ。
でも、私は事情を知っている。
「使命だもんね」
「ああ。私の存在意義に関わることだ」
グリードの存在意義。
グリードの使命。
『人を救い、幸福へと導く』
そのために人を知り、人の行動原理、快楽や欲望を知ることを目標にし、実地で人を観察し触れ合うことに注力しているわけだ。
私は彼の初めての友達ということで、彼の使命の手助けをしたいと思っている。
でも、私は知恵も力もない、ついでに言えばお金もなければ考えも浅はかなお子様だ。
だからまだ、ろくなことはできないけれど。
「ナナミ」
「ん?」
「私も君たちの仲間に加えてもらえないだろうか」
お!
「グリードもやる?」
「ああ。既にログインの手続きはした」
「えっ?! 早っ!」
思わず口にでた。
慌ててタップする。
「行動力」
「並行して作業をしていた。今はロールを選ぶ段階に来ている」
「じゃあユーゴさんに確認を取ってどうすればいいか聞いてくるね」
「よろしく頼む。後、君のゲームIDを教えてほしい」
ゲームID?
「何で?」
「プレイヤー検索で君にフレンド申請をするためだ。連絡を取るのに都合がいい」
「へー、そういう申請の仕方もあるんだ」
私の知らない機能を使いこなそうとしているよ、この多脚ロボ。
さすがと言うべきか。
「わかった。じゃあちょっと待っててね」
私は口に残りのご飯を押し込むと、咀嚼しながらヘッドセットとゴーグルを身に着けた。
ただいま、ロディアの世界。
先ほどと変わらず、扉が開いた砦の前だ。
私はさっそくユーゴさんに連絡を取り、事情を説明した。
「それじゃ一度スタート地点に戻るか。初期アイテムに『跳躍の石』っていうファストトラベルの石があるから、それを使えばすぐに広場に戻れる。俺はいま取り込み中だから、後で合流しよう」
「合流場所はさっきと同じ場所でいいですか?」
「ああ。アイラには俺から伝えておく。グリード、どんな姿になって何のジョブを選ぶか楽しみだな」
「そうですね」
言われて気付いた。
そっか、私達はまんま現実の姿で来たけど、AIのグリードはどうなるんだろ?
人の姿になるのかな?
どんな職業を選ぶのかな?
想像しながらアイテムの跳躍の石を使った。
瞬きをすれば、あっという間にスタート地点に戻っている。
便利ー。
あ、グリードに連絡しなきゃ。
ついでにIDも教えよう。
このプレイヤー情報ってのがそうかな?
私はヘッドセットはつけたままゴーグルを上げて、端末でグリードに情報を送った。
「ありがとう。ジョブを選んでゲームがスタートしたところだ。それとつい先程、君にフレンド申請を送った。確認してくれ」
スピーディだな。
私は持ち込んだコーヒーを飲み、ロディアの世界へ向かった。
確かに、グリードからフレンド申請が来ていた。
はい、承認と。
ボタンを押した途端、フレンドチャットから声が聞こえた。
「ありがとう。君の居場所は把握した。指定された場所で待っている」
「早いよ!」
「このような状況は極めて得意な分野である」
「そーだけどさ。じゃ、すぐ行くから」
私は駆け足で待ち合わせ場所へ向かう。
程なくして例の彫像の前に着いたけど、異変に気づいた。
ついでに言えば、その異変の中心にいるのが私の友達だということも──。
私は思わず足を止め、その光景を眺めた。
多脚ロボットがいた。
人々が遠巻きに眺めるその中心に、白銀のドラヤキ頭──正確には違うけど、もっとシュッとしてるけど──の多脚ロボットがいた。
ロディアの世界観から大きくかけ離れた、その姿。
思わず変な笑いが出てしまうくらい異質すぎる!
「え? ロボットのキャラクリもできるの?」
「いやいや、あれ、デザインが
「タイアップしてんのか?」
「あ、あのー、すみません。一緒にスクショ撮ってSNSにアップしてもいいですか?」
「このゲームを貶すことなく、常識の範囲内の使用であるなら構わない」
「はい! ありがとうございます!」
勇気ある白いフルアーマーの男性──恐らくジョブは騎士だろう──に、グリードは無機質に応答した。
……何か声かけにくいな?
この衆人環視の中、声をかける勇気が出ない。
が、スクショ撮影を終えたドラヤキ頭がこちらを向いた。
「ナナミ」
ためらっている私に向かって、多脚ロボットがすかさずやってきた。
みんなの視線が一斉にこちらを向く。
私は視線に気圧されつつも、どうにか片手を上げて笑顔も作り挨拶をした。
「やっほー。何か人気者になってるね」
「この姿は珍しいようだからな」
「気にならないの?」
「気にならない。周辺とネットの情報を確認したが、悪評を立てられている様子もない。この騒ぎも今だけだと推測する」
「だと良いけど」
他人事のように言う多脚ロボットに、私はため息をついた。
グリードは一鍔さん特有の有機的でキメラなデザインだけど、でもやっぱりロボットだ。
見れば見るほどこの世界に浮いているな。
と、私は気づいた。
グリードの全身、現実世界にはない赤と金の細い文様が全身に施されている。
「あれ、何か現実にはない模様が全身に描かれているね?」
「騎士を選んだらこうなった」
「……あっ、なるほど! 鎧の模様なんだ。グリード、騎士を選んだんだね」
「そうだ」
グリードが言うと、一瞬にしてそのアームに片手剣と大きくて立派な盾が現れた。
……多脚ロボにファンタジーな剣と盾!
こんな構図、私の知る限りどんな漫画やアニメでも見たことないぞ?!
語彙が追いつかない!
「ナナちゃーん」
衝撃を受ける私に背後から呼ぶ声がした。
振り向けば、アイちゃんとユーゴさんがこちらに向かって来ていた。
ユーゴさんが呆れたように笑った。
「よう、グリード。そのまんまの姿で来たのか。早速人気者になっちまって」
「久しぶりだな、ユーゴ。そしてアイラ。人目を引いたのは私の意図するところではない」
「課金すれば一からキャラクリできるのに」
へー、そうなんだ。
アイちゃんが言うと、グリードは剣と盾を収めて片手を上げた。
「今日は君たちがこのゲームをプレイしていると聞き、様子を見に来ただけだ。本格的にプレイをすることになったら考慮する」
「にしても、騎士を選んできたか。その心は、あー、心はなかったな。選んだ理由は何だ?」
たずねるユーゴさんにグリードは私を見た。
「ナナミを守るためだ」
「おお?!」
声を上げるユーゴとアイちゃん。
心臓が跳ね上がる。
……ちょっとだから。
ちょっとだけ動揺しただけだから!
「と言っておけば、ナナミの私に対する友人としての好感度が上がると予想した。どうだろう」
「グリちゃん……」
「あんた、スキのない悪魔のような設定かと思っていたけど、ポンコツなところもあるんだな」
「そうか」
「そーだよ」
肩を落とす二人だったけど、私は内心で安堵した。
世界も姿も変わっても、グリードはグリードだ。
淡白で生真面目で、使命を果たそうと頑張る多脚ロボットのAI、グリードだ。
私は笑顔になった。
「私とアイちゃん、あと一時間くらいしか遊べないから、早速遊びませんか」
「そだね」
「よし! 最初から進めて、行けるところまで行ってみるか」
「今夜の進行は君たちに任せる」
アイちゃんはユーゴさんを見上げた。
「じゃ、リーダーはユーゴね」
「おう。サーバーの移動は……ああ、ここ元々フリーエリアか」
「フリーエリア?」
オウム返しにたずねる私に、グリードは人差し指を立てた。
「人とAIとで遊べるサーバーのことだ。このゲームには三種類のサーバーがある。人専用、AI専用、そしてこのフリーエリアだ」
「そうなんだ?」
「ああ。このようなゲームでは、人とAIとでは能力的に平等に並び立たない。人側は、AIに思うところがあるものも少なくない。AI側、厳密に言えばその開発者も、人との能力差を気にせず積極的にチューニングしたいものが一定数いる」
グリードの言葉に、ユーゴさんは腕を組んだ。
「このフリーエリアでは、AIは運営からのレギュレーションを厳守することが参加の条件になる。ネットの情報では、運営側が提供するNPCのレベルまで性能を落とされるそうだが?」
「その認識で間違いない。開発者の中には、そのレギュレーションのギリギリを詰めて性能を発揮することに、やりがいをもつものもいるようだ」
「開発者にもいろんな奴がいるんだな」
「開発者に限らず、人はそもそも多様なのだ」
「AIに諭されるとは思わなかった」
グリードの言葉にユーゴさんは笑った。
と、アイちゃんが私に身を寄せた。
「ユーゴとグリちゃん、もしかして気が合うのかな」
小声で言うアイちゃんに、私も声をひそめる。
「どうかな。グリードに心はないけど、人への興味関心は他のAIよりも高いことは確かだよ。だから、友好的に接すれば誰とでも合わせられると思う」
アイちゃんは小首をかしげた。
「好き嫌いないの、ある一面では強みだよね」
「だね」
頷き、不意に頭に疑問が浮かんだ。
あれっ?
グリードは私のことを好きだと言った。
それが人が感じる好きと同じかはわからない。
グリードも仮説だと言っていた。
でも仮に同じだった場合、グリードに嫌いと思えるものができるということなのだろうか。
それはいったいどんなものなのだろう。
「じゃ、行くぞ」
ユーゴさんの声に我に返った。
今はゲームに集中しよう!
私達は広場を出ると、再び最初のボスがいる砦へと向かった。
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