第8話 水族館で問い詰められた
第8話 水族館で問い詰められた 前編
私が更新を楽しみにしている少女漫画雑誌『レトロ・フローラリア』の懸賞に当たった。
普段はアンケートに答えることはしないんだけど、この時はたまたま気が向いていて、応援のメッセージと一緒に真っ先に目に入ったプレゼントを選択して送った。
選んだのは水族館のペアチケットだ。
一度も水族館に行ったことがなかったから。
そして当たって真っ先に思い浮かんだのは、友達の白銀の多脚ロボットだった。
自称元引きこもりの、製造元から人の救済と幸せを託された生真面目なAIだ。
「ね、グリードは水族館へ行ったことはある?」
で、その日の夜、メッセでたずねることにした。
「この街に水族館は三件あるが、そのどれも行ったことはない」
お、やっぱそうか!
「じゃあ一緒に行かない? ペアチケット当たったんだよ」
「私でいいのか?」
「いいよ。いつも奢られてばかりで申し訳なく思っていたし、それに、グリードの使命の助けになればいいなって思ったんだよ」
グリードは製造元から与えられた使命のために、人を知り、人の行動原理を知ることを目標にしている。
ついでに元引きこもりだから、実地で人を観察し触れ合うことに注力していた。
私は彼の友達としてその手助けをしたいと思っていて、ここ半年ほど彼といろんな場所やイベントに足を向けているのだった。
私にできる手助けなんて、こんなことしかできないから。
「わかった。一緒に行こう」
グリードの返答に思わず笑顔になった。
「よっしゃ! じゃ、予定合わせよ」
こうして私達は、この街の水族館の一つ『サージュテック・アクアリウム』にやってきた。
サージュテックお得意の最先端の技術を駆使した屋内型ハイテク水族館だ。
写真撮影もOKということもあり、感想と一緒に必ず載せられている画像は、華やかで幻想的でキラキラしていて、SNSでも安定して評判の良いエンタメ施設だった。
人出は平日ということもあってまばらだ。
グリードは多脚ロボットな上に、デザインも独特なので嫌でも人目を引く。
なので落ち着いて見るためにと、わざわざ有休を取ったのだ。
グリードと並んで入り口に入ると、チケット売り場は明るかったけど、入場ゲートから先は早速薄暗くなっていた。
正面の壁面ディスプレイには、揺れる水の映像とともに今月のテーマが掲げられている。
「今月のテーマは星空の海だって」
「それは宇宙空間とどう違うのだろうか」
「……ロマンぶち壊しだよ」
「ロマンか。冗談と並んで難しい概念だ」
有人のチケット売り場で当選メールを見せ、一人と一機のチケットゲット。
コードを読み込ませて入場ゲートを通過すると、壁面に打ち寄せる波と星空が映し出されていた。
ウェルカムエリア! こう来ましたか!
「水中から見上げた星空、といったところか」
「これ、プロジェクションマッピングっていうんだよね。ユラユラして幻想的」
この水の揺らぎ、なんかずっと見ていられそう。
ちょっと名残惜しかったけど、最初でつまづくわけにはいかない。
そして最初の熱帯魚のエリアに入った。
更に一段と暗くなり、星空が壁に天井に壁に広がっていた。
床には光の波が打ち寄せている。
演出、凝ってるな!
そして、いくつもの丸い水槽が光り輝き、台座が黒いせいもあって宙に浮いているように見えた。
「凄ーい」
「光のサージュテックのお家芸といったところか」
「光?」
「今でこそ多角経営をしているが、元々サージュテックは光学関連に極めて強い企業だったのだ。この街のドームの屋根は、彼らの叡智の結晶と言える」
「……前にそんな話を聞いたことあるかも」
「そうなのか」
「うん。いつだったかな」
言いながら私は水槽の一つに近づいた。
はっ!
私は水槽に顔を近づけた。
突き出した口と真ん丸な目をした、まだら模様の小さな四角い魚が泳いでいる。
目尻が下がり、口角が自然と上がるのを感じた。
わー! ぶちゃカワイイ♡
あ! こっちの魚、ヒレ? っていうの? 光ってる!
「この魚、光学技術で光ってるのかな?」
「いや、それは魚の体表にいるバクテリアが光っているらしい」
「よく知ってるね」
「リアルタイムで検索をしている」
「ありがとう」
「礼には及ばない。私自身のためでもある」
グリードの説明を受けながら、私は水槽を見て回った。
生きているお魚を見るのは初めてで、ずっと眺めて見ていられそうだったけど、まだ始まったばかりだ。
「グリード、ゴメンね」
「何がだ?」
「私、水族館来るの初めてで、ここにあるもの全部物珍しくてさ、足止めの時間が長くなっているなと思って」
「私は魚以外のものも観察している。むしろ時間を取ってくれてありがたい」
「そっか」
「時間はある。ゆっくり見よう」
「うん」
私はありがたくクリードのお言葉に甘えることにした。
次のエリアはアトラクションエリアだ。
とはいっても屋内なので、大きなものではないし数も三つしかない。
私の目を引いたのは海の生物をモチーフにしたメリーゴーランドだ。
華やかな電飾で飾られ、ピカピカキラキラに輝きながら回っている。
写真を撮っていると、グリードが横に並んだ。
「乗るか?」
「や、こういうキラキラ系、眺めるのは大好きだけど」
「自分が使ったり身にまとうのは違う、だったか」
「うん、そう」
よく覚えてんじゃん。
「それに、この先のカフェバーで飲みたいものがあって、ここでお金使いたくないんだよねー」
「君はやはり花より団子派のようだな」
「何か問題でも?」
「いや無い。カフェバーは次のエリアはだったか」
「うん」
そして着いたカフェバーは、一面様々なサンゴとやらに覆われ、円筒形のテーブルも水槽になっている。
それらが赤や青や紫の光に照らされ、アダルティな雰囲気を醸し出していた。
「じゃ、ちょっと買ってくるね」
私はグリードに告げてレジへと向かった。
SNSで話題になっていた期間限定のメニューがあるのだ。
その名も月夜のアイスソーダ。
お値段は、量の割には中々のもの。
黄色いアイス──月に見立てているらしい──を乗せた、濃い青から水色のグラデーションが美しいソーダだ。
カップルがそのソーダを手に、テーブルへと向かっていて、既にテーブルについている客も、必ずそれを手にしている。
やっぱり人気なんだなー。
でもあれ、どうやって作ってるんだろう。
そう思っていたら、注文してから作るところを見ることができた。
どうやら色付きのシロップを、上手いこと混ぜ合わせて作っているようだ。
そして無事に私もゲットできた。
んふふーん、目的達成ですよ。
夜空のようなグラデーションのサイダーが、プチプチと泡が立ち上っているのがキレイだ。
「ナナミ、買えたか?」
「うん。でもテーブル、いっぱいだね」
「カウンターはまだ空いている。そちらに移動しよう」
カウンターも紫のラインライトで大人っぽくムーディになっている。
カウンターにサイダーを置くと、早速写真を撮った。
……紫の光がちょっと邪魔だったけど、致し方なし。
そしてお味はというと、
「……アイスうまっ!」
思わず口に出た。
正直なところ、ソーダの部分は甘酸っぱい炭酸水で特筆すべき点はない。
でも、アイスは美味しい!
濃厚なプリンの味がたまらん!
SNSでもアイスが美味い、プリン味最オブ高! あの値段の大半はアイスによるもの、とか絶賛されていたけど、わかる!
「ナナミ、どうだ? 美味いか?」
グリードがシャッターを開けて、私とソーダを見つめる。
薄暗い背景に、鮮やかな水色の複眼が現れた。
何か、不思議と馴染んでいるな?
「アイスが美味しい。プリン味好きだから評価爆上がりー」
「プリンが好きなのか?」
「プリンそのものも好きだけど、プリン風味も好きー。プリンはちょっとお値段はるからさ」
「確かに少し値段のはるデザートだな。固いのと柔らかいのがあるそうだが、どちらが好きだ?」
「うーん、固いのかな。食べたって感じがするから」
「なるほど」
アイスを食べてソーダを飲みきった私は、再び館内を回ることにした。
ライトアップされたクラゲや、熱帯魚の群れは夢のように幻想的でキレイだった。
寄り添っているカップルが実に絵になる。
爆ぜてっ★
エスカレーターで上の階に上がると、館内は明るくなっていた。
何か、ほんのりと臭いもする。
「あ、また違う雰囲気」
「どうやらこの階は昔ながらの水族館のようだ」
そして到着して息を呑んだ。
一面ガラス張りになっていて、その向こうでは大きな魚たちが悠々と泳いでいた。
「わあ! 魚、大きい!」
「ノコギリザメ、エイ、マンタといったところか。下から泳いでいる姿を見られるのは貴重だな」
「動きが見ていて気持ちいいね」
明るい光に照らされた魚達は、なんの悩みもなく泳いでいるように見える。
でも昔は、もっともっと広い『海』と呼ばれる場所で泳いでいたとのこと。
だが今の海は、寒冷化による環境の激変と先の戦争によって汚染され、海に住む生き物たちは、人やAIの管理下でなければ暮らせない状態になっていた。
それを思うとちょっと切ない。
が、そんな気持ちを吹き飛ばす生物が見えた。
私は思わず早足でそちらに向かう。
見たことある!
漫画で! アニメで! 動画で見た!
ペンギンだ!
で、あっちにいるのアザラシだ!
私は口を両手で覆った。
私の目の前で生きていて、動いている!
すごーい!!
「ん? あの胴長で茶色いのは」
「カワウソだ」
「聞いたことある! カワウソ!」
かあいいー♡
あ! 泳ぐスピードが早い!
両手で餌をしっかり掴んで、一心に食べる姿がラブリーすぎる♡
生き生きしている姿を見ていると、こちらも嬉しくなってきた。
例えそれが限られた世界であったとしても、懸命に生きる命の何と感動的なことか。
思わず涙ぐみそうになり、慌てて目をこすった。
「ナナミ?」
「ちょっと感動した。人以外の命がこんなに頑張って生きていることを間近で見れたのが嬉しくて」
「そうか。人以外の生き物が生きられるスペースは人よりも更に限られる。このような機会は極めて貴重で、有意義なことだと思われる。来て良かったな、ナナミ」
「うん!」
私は力強く頷く。
「お金貯めて、他の水族館や動物園にも行ってみようかな」
「ああ。きっと君にとって良い経験になるだろう」
「グリードも一緒に行こうよ。今度はアイちゃんたちにも声かけて皆でさ。きっと楽しいよ」
「そうだな」
私は飽きることなくペンギンやアザラシ、カワウソたちを眺めて回った。
グリードは後ろに下がって、エリア全体を眺めているようだった。
そして私が満足したところで、ふと、次に向かうエリアが賑わっていることに気付いた。
拍手が聞こえる。
「何だろ?」
「今の時間、ウォータースタジアムでイルカとシャチのパフォーマンスが行われている」
「おお! ぜひ行かなきゃ!」
そして私たちが到着したと同時に、複数頭のイルカ──もちろん生で見たのははじめてだ──が大きくジャンプしていた。
すごっ! 高っ!
思わず目が釘付けになる。
客席は平日にも関わらず満席で、私達はその外側の空いてるスペースで見ることにした。
光と音楽に合わせて、人とイルカやシャチたちがパフォーマンスをしていた。
観客のノリもよく、司会に合わせて手拍子したり踊ってみたり。
シャチがその巨体で派手に水中へ落下して、水しぶきが大量に巻き上がるのを、人々は声を上げ笑顔で受け止めていた。
そして、最後にイルカたちの自己紹介をしてショーは終わった。
「迫力あって凄く良かったー。最初から見たかったなー」
「知らせようかと思ったが、君はカワウソに夢中で声をかけそこねた」
「あの、別に責めてないから。……こういうの、他の水族館でもやってるのかな?」
「この街で一番大きいアップグルントが経営する水族館でもやっているようだ。華やかさには欠けるが、ここより規模も大きく飼育している生物の種類も多い」
「そっかー。お金貯めなきゃですなー」
「頑張って稼いで見に行こう」
私達は最後のエリア、お土産が売っているショップへと向かった。
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