第21話「彼女の味方」

 「何だテメエ、ふざけんなよ!!

 ぶっ殺してやる!! わあぁー!!

 ウワアァーん!!」

 時刻は夜9時を回っていた。

 金曜、ひと気のなくなった会社の駐車場にリサの怒鳴り声が響いた。

 涼介に犯人扱いされたことにキレた彼女は駐車場の真ん中、アスファルトに座り込んであたり構わず泣きわめいていた。


 時は少し前の8時50分、ゴンさんからの電話で呼び出されたリサは、車の外から少し離れた植え込みの前で涼介と二人で何かを話していた。

 車中で見守っていた僕と正雄に話の内容は聞こえてはいなかったが、突然、涼介の決め台詞「ゴンさんはゲロったんだよ」という台詞が聞こえたかと思うと、リサは駐車場の中央まで走り出すと、追いかけてきた涼介に向けてハンドバッグを投げつけてキレたというのが事の次第だった。


 週末ということもあって、リサには今の彼氏で僕らの後輩社員でもある、北川誠司が付き添っていた。

 誠司は駐車場のアスファルトに腰を抜かして泣きわめくリサを抱き抱えると、落ち着いた口調で言った。

 「先輩、どんな事情があるかは知りません。

 でも今、僕はリサの味方です。

 場合によっては先輩たちを訴えることもいとわない。」

 

 誠司は仕事で信頼のおける後輩だったが、この修羅場でこんなセリフを堂々と言うとは。

 できる男だとは思っていたが、なかなかシビれる良い男だ。男はピンチで真価が現れるものだが、彼を買っている先輩として僕は勝手に誇らしい気持ちになっていた。

 

 リサは涼介の元カノだったが、涼介はなっちゃんを妹と言って可愛がっている。そして彼女をイジメる元カノに、ぶつけようのないウップンを抱えていたのだ。

 ゴンさんへの執拗な取り調べと、共犯者としてのリサに向けられた執着は、涼介のそれが爆発したものだったことを僕らはその時知った。

 そこからの痴情がこじれた惨状は、部外者には仲裁に入る余地もなく筆舌に尽くしがたい混乱となった。

  

 深夜11時。なっちゃんは、ひたすら謝るだけのゴンさんに愛想をつかし、溢れた感情をもて余して体育館の裏の茂みに駆け込み、独りシクシクと泣く始末。

 涼介はなっちゃんを追いかけて慰めるが、彼氏に遠慮してか、自身が定めた「妹」が邪魔して中途半端なあり様だった。

 見ているこちらが、

 「いいからもうつき合っちゃえよ!」と叫びたくなる地獄だ。


 そんなラブコメは放っておいて、僕はリサに付き添い慰めている誠司に事の次第を説明した。

 僕らの職場でセクハラ事件があったこと。

 正雄、涼介と協力して犯人を探す捜査していたこと。

 犯人を捕まえたが共犯者がいると言ったこと。

 涼介とのやり取りでゴンさんがリサを呼び出したことを端的に説明した。

 咀嚼するように少し考えていた誠司は、僕だけに聞こえる小さな声で、

「しのぶ先輩、事情は分かりました。

 僕が彼女を送っていくので、こちらのことは大丈夫です。

 リサは僕に任せてください。」

 そう言うと、泣き疲れてグッタリしたリサを抱きかかえて帰っていった。

 まだ二十代半ばの若さで肝の座った痺れるくらいの男前に、涼介から誠司に乗り換えたリサは案外、男を見る目があるのかしらと、また余計なことを考えていた。


 グダグダのクタクタ。事件発覚からの3日間、ほとんど寝る間もなく捜査をしてきた僕らだけでなく、そこにいる誰もが心身ともに疲れ果てていた。

 さすがにもう限界だった。事態を収束しないと誰かが倒れる。

 僕は正雄と涼介に声をかけ、車で送り届ける算段をした。なっちゃんは涼介が、瞳美は僕と正雄が家まで送る配車をして、その夜は解散することにした。

 ゴンさんにも週が明けた月曜に、必ず会社に事の次第を申し出るよう約束し解放した。彼の気持ちを考えたら、地獄のような週末になるだろう。

 しかしそれは、彼のしたことへの懺悔の時間になるだろう。家族の顔を見て、被害にあったなっちゃんの家族の気持ちを噛みしめてもらい、二度とこんな事をしてほしくないものだと心から願った。

 

 女性たちに配車を伝えたあと僕らは設計事務所の会議室に向かった。

 泣き疲れグッタリしたなっちゃん、もらい泣きしてハンカチを顔から離せない瞳美、ボロボロな彼女たちをそのまま家に返すわけにいかなかった。

 とにかく何か口に入れたかった。汗と涙と鼻水と、体中の水分を流し尽くしていた僕らは、何か飲み物を飲んでから帰ることにした。

 もう初夏になろうというのに、いつも飲んでいる自販機の珈琲の温もりがやけに染みる夜だった。

 駐車場で涼介となっちゃんを見送り、瞳美と正雄を家まで送り届け、僕もようやく岐路についた。

 肉体と言うよりは精神的にヘトヘトだった。いろんな感情が押し寄せては、力ずくで押し流されていく日々だった。

 

 朝早く家を出て夜遅く帰る、子供たちの寝顔しか見れない日々だった。

 たった3日間だが、ずいぶん長いこと子どもたちの笑顔を見ていないような気がした。

 持たせてくれた珈琲の香りが、後輩社員を救う手助けをしてくれた事を早く奥さんに話したかった。

 家族の「おかえり」の一言が恋しかった。

帰ろう。安心して眠れるわが家へ。

 僕は車をとばした。

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