第33話 手がかり
それからも、デュークたちは一日かけて必死に凹み穴地帯の地底湖を調べ回った。
そうして、十ヵ所目の地底湖を調べた頃には、既に陽もすっかりと暮れてしまっていた。
「ぬぅ、なかなか見つからんもんだなぁ」
車両横に建てたテントを背に、ダルダノが地底湖で釣ってきた魚を焚火で炙りながら唸る。
デュークもマップ上の十ヵ所目のスポットを、溜息と共に塗り潰した。
「凹み穴はあと幾つぐらいあるんだ?」
「二十八ヵ所、だね」
デュークの苦々しい声に、ダルダノは大仰に肩を竦めて天を仰いだ。
パチパチと弾ける焚火を見つめながら、デュークも歯痒さに眉を寄せる。
今日の探索は、けして難航したわけではなかった。最初はデューク一人で調査しようとしていたことを考えれば、かなり順調に事を進められた方だった。
それでも、一日に十ヵ所。全ての地底湖を調べようとすれば、あと三日はかかる。
いや、明日も今日のように順調にいくとは限らないから、下手をすればそれ以上かもしれない。
(ピュラ……)
たとえ地底湖の遺跡を見つけたとしても、間に合わなければ意味が無い。
こうしている今も、体中を蝕んでいく荒毒に怯え苦しんでいるピュラの身の上を案じ、デュークは頭を抱えた。
そんな、どんよりとした空気を見かねたか、ケラミーが努めて気丈な声を出す。
「もう! しゃきっとしなさい、デューク。今日がダメでも、また明日頑張ればいいじゃない」
「いやお前、そうは言うけどよ」
「あなたは黙って魚を焼いてなさい。焦がしたら承知しないからね」
口を挟もうとしたダルダノにぴしゃりと言って、ケラミーは続ける。
「ねぇ、デューク? あなた、ピュラちゃんを助けるんでしょう? 一昨日の夜、あなたが【局】に目を付けられるのも構わず飛び出して行こうとしたのは、何があってもピュラちゃんを助けたいと思ったからでしょう?」
たしなめるようなケラミーの言葉に、デュークは俯いていた顔を上げる。
顔を覗き込んできたケラミーの、開拓者を支えるエリート局員のものとも、我が子を励ます母親のものともとれる面立ちを受けて、デュークは答えた。
「助けたい。助けたいよ」
強い意志を乗せてデュークが発した言葉に、ケラミーも満足そうに、けれど同時に、何事かへの嫉妬を僅かに滲ませたような顔で微笑んだ。
「でしょう? だったら、そんなしんみりしてちゃダメじゃない。湿っぽいのはここまでにして、明日こそ遺跡を見つけましょう。私も、ついでにダルダノも、いるんだから」
「うん。ありがとう、ケラミー」
「いいのよ。やれやれ、手のかかる
やれやれといった顔で言いつつも、どこか嬉しそうに笑みをこぼすケラミーに。
「ほんと、言うことだけは一丁前なぁ。自分はほとんど何もしてなかったじゃんよ」
大人しく三人分の魚を焼いていたダルダノが、唇を尖らせてボソリと呟く。
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないで貰えるかしら?」
「だって本当のことだもんよ~。ひひひ、腰が痛いだの虫が多いだの言って、キャーキャー騒いでただけにしか見えなかったんだがなぁ? なぁ、デューク?」
いたずら小僧のにやけ顔で同意を求めてくるダルダノと、「そんなことないわよね、ね?」と助け船を求めてくるケラミーに挟まれ、デュークはしばし考え込む。
「ケラミーは……一緒にいてくれるだけで充分、助かってるよ」
どうにか会釈をしたデュークと、より一層のにやけ顔をするダルダノの、なんとも言葉にしにくい生暖かい視線を一身に浴びて。
途端にケラミーはオロオロとたじろぐ。
「ま、待ちなさい。何なの? 何なのよその顔は! そんなことないわよ! 部隊の編成だって整えたし、テントの設営もちょっとは手伝ったし……だ、だからそんな『いらない子』みたいな目で見ないでちょうだい! 私だって頑張ってるんだからぁ!」
最後の方はほとんど泣きそうになりながら、ケラミーは両手をぶんぶんと振って抗議すると、そのまま不貞腐れたように車の中へと引き籠ってしまった。
「……悪いこと言ったかな」
「気にすんな。腹が減ったらまた猫みたいに、ひょっこり出てくるだろうよ」
ダルダノは笑いながら、「焼けたぜ」と良い塩梅に焼き色のついた魚の串焼きをデュークに放った。
熱々の串焼きを頭から豪快に丸かじりして、ダルダノが顎に手を当てる。
「しかし、頑張るっつっても、何をどう頑張りゃいいんだろうな? このまましらみつぶしに探していくってのは、いくらなんでも効率悪すぎだぜ」
「うん。こんなに数が多いのは、ちょっと予想外だった」
「だよなぁ。いや参ったね。せめて何か、調べるスポットを絞り込めるような、そんな手掛かりみてぇなもんは無いもんかな」
ダルダノのぼやきにデュークも首を振りながら、デバイスに記録した古文書のデータを改めて確認する。
一通りデュークの方でも古文書を洗ってみたのだが、やはり以前にプロメットから伝えられたもの以上の情報は得られなかった。
「……強いて言えば」
デュークは古文書の片隅、地底湖の遺跡について書かれていると思しき場所に目を向ける。
そこには幾つかのメモ書きに混じって、
『シラタキ←何度か出てくる単語。地名?』
と書かれていた。おそらくはプロメットが記したものだろう。
「ヒントらしいヒントは、この『シラタキ』って言葉なんだろうけど」
これに関してはプロメットにも確認をしてみたが、彼の方でも皆目見当がつかない様子だった。
ホロスクリーンを紙背に徹する眼光で睨み、デュークは腕を組む。
すると。
「シラタキか。たしかに、それだけじゃあんまし搾り込めそうにねぇなぁ」
既に二本目の串焼きに手を伸ばしながら、ダルダノが事も無げにそう言った。
「え? ダルダノ、『シラタキ』が何か知ってるのか?」
思わずデュークが詰め寄ると、ダルダノはさも当たり前のことのように話し始める。
「そりゃお前、シラタキってのは帝国の鉱夫たちの間で昔から使われてた言葉だ。オレのじいちゃんも鉱夫だったんだけどよ。そのじいちゃんが鉱山から帰ってきて、言うわけだ。『今日はシラタキ掘り当てた』って、そりゃもう上機嫌でな」
「掘り当てた?」
「ああ。で、毎度毎度あんまり嬉しそうに言うもんだから、ガキだったオレも気になってよ。訊いたんだ。『なぁじいちゃん、シラタキってのは何なんだ?』ってな」
そしたらよ、と、ダルダノが太い指をピンと上に立てる。
「シラタキってのは、でっけぇ鉱床のことだそうだぜ。銀柘榴とか煙石の鉱脈が、白い滝みてぇにずぅっと壁に走ってるから、そう呼ばれてんだとさ」
目から鱗の思いで、デュークはダルダノの話に聞き入っていた。
つまり、鉱夫の間での通語だったというわけだ。それは道理で、古文書を探るだけではわからないはずである。
「でもまぁ、さっきも言ったがでかい鉱脈の近くにあるってだけじゃ、結局搾り込めねぇぜ。大鉱脈なんて、それこそそう簡単に見つかるもんでもないからな」
「……それもそうか」
再び袋小路にぶち当たり、デュークもダルダノも途方に暮れる。
べつだん良い考えが浮かぶでもなく、二人ともただ黙々と焼き魚を口に運ぶばかりだった。
「……あるじゃない、搾り込む方法」
いつから聞き耳を立てていたのか。車の窓から不機嫌そうなへの字口の顔だけを出して、そこで不意にケラミーが言葉を挟む。
「なぁおいケラミーさんよ、さっきはからかって悪かったって。オレたちゃなにも、本気でお前を役立たずだって思ってるわけじゃないんだ。だからそんな、無理して役に立とうと気を持たせるような出まかせを言わなくたって、いいんだぜ?」
「失礼な機械バカね! 私がそんなみみっちい事するわけないでしょう!」
「聞かせてくれ、ケラミー」
デュークがやんわりとせがむと、不満たらたらな様子だったケラミーは、そこでどうにかへそを曲げるのを止めてくれたらしい。
一つ咳払いをして、ピンと人差し指を立てる。
「そう難しい話でもないわ。例の遺跡の近くには、その何とかいう鉱脈があるんでしょう? なら残りの二十八ヵ所の内、近くに鉱脈がありそうな場所を優先的に調べればいいのよ」
「いや、あのな? だからその鉱脈があるっぽい凹み穴をどう割り出すかって話をだな」
「そんなの、ツチクイドリの群れを探せばすぐに分かるんじゃないの?」
半ば呆れたようなダルダノの台詞を遮り、ケラミーが実にあっさりと言ってのける。
数秒の沈黙の後、「それだ!」という歓喜の声が二人分、満天の星空に響き渡った。
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