第26話 荒野の記憶

 丘陵を越え、渓谷を抜け、一路北に向かった遠征部隊はやがて目的地である山岳地帯の麓へと辿り着いた。


 道中、何体かの〈鎧獣〉に出くわすことこそあったものの、そこはそれ。


 最終的に遠征に参加した開拓者は二百人ほどだったのだが、その中にはデュークを含め数十人もの上級開拓者がいるのだ。


 損害らしい損害を出すこともなく、一行の往路は無事そのものだった。


「隊を三つに分けます!」


【局】職員たちによって着々とベースキャンプの設置が進められていく中、フェルゴ支部長から現場の指揮を任されたという男性職員が、二百余人の開拓者を前に声を張り上げる。


「事前の説明通り、隊を山脈の東、中央、西の三つに分けて捜索を行います。職員の指示に従い、開拓者の皆さんは均等になるようにバラけて下さい。三つの隊にはそれぞれ支部の職員も二十名ほど編入しますので、捜索が始まってからの指示は彼らに仰ぐように」


 開拓者たちを三分するように、職員たちが人だかりに割って入って行く。ややもしないうちに、群衆は三つの塊に分かれた。


「私たちは西の隊ですね」


 北部先遣調査隊は、まず山岳地帯の東側から調査を進めていたらしい。デュークたちが割り振られた西側は、他の二ヵ所と比べるとまだあまり情報が集まっていない場所だった。


(アタリなのか……ハズレなのか)


 デバイスのマップとにらみ合いつつ、デュークは唸る。


 調査が途中だということは、消えた開拓者たちは消息を絶つ前後、この西側で活動していた可能性が高い。いきおい、彼らを発見できるとしたら西エリアが一番濃厚な線だろう。


 だがそれは同時に、消えた開拓者を襲った何らかの異常事態と遭遇する可能性も一番高いということを意味する。ある意味では、最も危険な役回りとも言えるだろう。


「さぁてと、行きますか」

「おめーら足引っ張んじゃねえぞ」

「やれやれ。こんなダルい仕事さっさと終わらせて一杯やりたいぜ」


 職員による説明も終わり、開拓者たちがぞろぞろと各自の持ち場へ向かって行く。


 デュークはデバイスから顔を上げ、指示を待つピュラとヘレンに振り返った。


「とりあえず、俺たちも移動しよう」


 無闇に不安がらせることもない。デュークは当座の懸念をひとまず脇に置くことにして、拠点近くの岩陰に自動二輪を停めると荷物を背負って歩き出した。


「私、登山って初めてなんですけど、いきなり山の中に入っても大丈夫でしょうか?」


 自らも荷物を背負ってトコトコと歩き出したピュラが、心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫。俺も荒野に出るまで未経験だったから」

「そうなんですか? 意外です。何だか随分と慣れているみたいなので」

「ピュラもすぐ慣れるよ。それに、この山はちょうどいい」


 今回の捜索範囲となっている山岳地帯はおおむね標高が低い山々の集まりということもあり、傾斜は比較的緩やかだ。本格的な装備のない登山初心者でも充分歩き回れるだろう。


 とはいえ、やはり山は山。急激な天候の変化や、落石や地崩れによる滑落など、注意しなければいけない事項は枚挙に暇がない。


 その上、例の異常事態のこともある。どれほど歩き回りやすかろうとも、それが登山を舐める理由にはけしてならないだろう。


 足元や周囲への気配りと、こまめな水分と栄養の補給だけは絶やさないように告げ、念のためにピュラとヘレンに先を歩かせながら、デュークは岩山を登っていった。


「うーん。やっぱり岩とか砂ばっかりで、何もありませんねぇ」

「まぁ、岩山だからね」


 歩き始めて数十分。そろそろ山歩きの要領も掴み辺りを見渡す余裕ができたのか、ピュラがぼそりと呟く。


 代わり映えしない殺風景な山の景色に、少し退屈したのかもしれない。


「でも、何もないってこともない」


 デュークは立ち止まり、遠くに見える隣の峰の山肌を指差した。つられて立ち止まったピュラもそちらの方を向き。


「──わぁ」


 次には感嘆の息を漏らした。


 デュークの示す先、先の区分けで言えばちょうど中央エリアにあたる峰の一角では、赤茶や黄土、黒に紫など、様々な色の濃淡で綺麗な縞模様を描く、切り立った断崖が露わになっていた。


「不思議……こんな大自然の中なのに、まるで何かの美術品みたいです」

「あれは地層だよ。いくつも重なって、縞模様に見えるんだ」

「ということは、今あそこに見えている地面はずっと前に積もったもの、ってことですか?」

「そう。何十年、何百年の年月の記録を、俺たちは今、こうして見ていることになる」


 ピュラの問いかけに、デュークは力強く頷いた。


「地層は、天然のデータベースだ」

「へぇ。そう聞くと、なんだかとってもロマンチックですね」


 どうやら退屈は紛れたらしい。ピュラは色とりどりの絵の具で線を引かれたような断崖を感慨深げに眺めると、「素敵ね、ヘレン」と愛犬の頭を撫でて無邪気に微笑んだ。


 それからもひたすら山歩きは続いたが、最前の感動の影響もあってか、ピュラは一見なにも無い風景の中でも積極的に色々なものに目を付けては、興味深そうに観察した。


 綺麗な薄紫の花を咲かせたタルサボテンの一群。

 岩のすき間からちょろちょろと顔を出すハラアカリスの親子。

 ヒューマタイトやマラカイボ鉛を見つけたときなどは、「デュークさんのお部屋にも飾ってある鉱石ですよね!」と嬉しそうに報せてきた。


 そうして一時間ほども歩いたところで、そろそろ休憩を考えていたデュークたちの前に、ちょうど腰を下ろすのに良さそうな一枚岩のある開けた場所が現れた。


「はい、デュークさん。ちょっと温くなってしまったかもしれませんけど、どうぞ」


 荷物を下ろして座り込み、次の探索ルートを決めようと空中のマップに線を引いていたデュークに、ピュラからカップが差し出される。どうやら中身はココアのようだ。


「これ……いつ用意してたの?」


 デュークが不思議に思って尋ねると、ピュラは大きめの水筒を腕に抱えながら照れ臭そうにはにかむ。


「はい。今朝、デュークさんが起きる前に作っておきました。デュークさん、今日の為に私の分まで一生懸命に準備してくれたから、私も何かお手伝いできたらなと思って。ココア、お好きでしたよね?」

「そうか……それで昨日は、やけに早めに寝ようとしたのか」


 ピュラの思わぬ心遣いに、デュークは顔を綻ばせた。


「うれしいよ。ありがとう」

「本当ですか? なら、持って来た甲斐がありました!」


 デュークがカップを受け取ると、ピュラは水を入れたゴム製の折り畳み皿をヘレンの前に置き、それから自分の分のカップにもココアを注いでズズッと口を付けた。


 しばしの間、穏やかな静寂が辺りを包む。


 遠くから聞こえる大型鳥の鳴き声や、時折ヘレンが水を飲むチャプチャプという音の他には、何もない。


 世界中から音という音が全て消え去ってしまったのではないか。そんな錯覚をしてしまうほどの静けさだった。


(そういえば……この辺りか)


 現在地はマップから推測するに、山岳地帯西端の峰、その更に西側斜面の山頂近くなのだろう。視界に入るのは、起伏の少ない段丘を形成する荒涼とした荒野だけだ。


 眼下に広がる雄大な段丘を俯瞰して、デュークはふと、以前テミルの酒場の裏手で父から聞いた話を思い出した。古文書の記述から判明したという、地底湖の遺跡の話だ。


 デバイスのマップ画面に、プロメットから送られてきた情報のデータを重ねてみる。


 彼が地底湖の遺跡が眠っている可能性が高いと睨んでいた例の凹み穴地帯は、案の定、デュークたちがいま見下ろしている段丘地帯の場所とほぼ一致していた。


 デュークは荷物から望遠鏡を取り出して観察する。肉眼ではわからなかったが、見下ろす荒野の随所にはたしかに、いくつもの穴のようなものが確認できる。


「デュークさん? 何か気になるものでも見つけたんですか?」

「うん。ちょっとね」


 望遠鏡から目を離して、デュークはほとんど独り言のつもりで呟いた。


「…………あの段丘のどこかに、俺の探してるものがあるかもしれない」

「それってもしかして、〈旧文明遺産〉ですか?」


 驚きに顔を上げ、デュークはピュラの顔を見つめる。


「知ってたの?」

「はい。前に、テミルさんがお話してくれました。まだ見ぬ〈旧文明遺産〉を見つける為に、デュークさんは未開拓地に来たって。それが、デュークさんの願いなんだって。いつかデュークさんも言っていた探しものって、〈旧文明遺産〉のことだったんですよね?」


 なるほど、とデュークは納得した。


 どうやらデュークの旅の目的については、あの話好きな酒場の店主から一通り聞いているらしい。


 べつに隠す必要もない話なので、デュークはためらうこともなく頷く。


「『未開拓地の〈旧文明遺産〉を探し出す』。それがどれほど大変なのか、正直私なんかには見当もつきません。でも、少なくともそんな壮大な願いがあって、そしてそれを叶える為に、今まで一人でこんな過酷な荒野で旅を続けてきたなんて、私、尊敬しちゃいます」


 凄いなぁ、とピュラはおもむろに空を仰ぎ、ふよふよと風に流れるちぎれ雲を見上げた。


「家族と再会したい、っていうピュラの『願い』だって、大事なものだ」


 デュークが言うと、ピュラはちょっと気恥ずかしそうに前髪をいじってから、「ありがとうございます」と小声で礼を告げる。


 それから気を取り直したように顔を上げると。


「それで、デュークさんは〈旧文明の遺産〉を見つけて、それからどうしたいんですか?」

「それはもちろん」


 そこまで言い掛けて。


(……か?)


 けれど、デュークは不意に答えに詰まってしまった。

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