オールド・シーカー
福田週人(旧:ベン・ジロー)@書籍発売中
第1話 プロローグ
《――含有
ホロデバイスから投影された半透明の小型モニターを手元の鉱石にかざし、デュークは二度、三度と瞬きをした。
しばらくの間、そうしてモニターに表示された文字と鉱石をじっと観察したのち、割れた鉱石を厚手のグローブに覆われた手で拾い上げて立ち上がる。
そこから数メートル離れた場所まで歩いて行き、デュークは再び片膝を付いてしゃがみ込んだ。眼前には、大小様々な岩石がごつごつと突き出す土壁がそびえ立っている。
《――――含有荒毒量:163・7ロルフ/基準値クリア/感染の危険:なし》
「……これも、低い」
土壁の一部に採掘用のピッケルを打ちつけて取り出した、とある銀色の鉱石。
採掘したそれを先ほどと同じ要領でホロスクリーンに重ね、デュークは頷く。次には慣れた手付きで、その銀色の鉱石を腰に付けた古臭いポーチに放り込んだ。
雲一つない晴れ空の下、そんな地道な作業をかれこれ二十回は繰り返した頃だろうか。デュークの左腕から唐突に鈴の音のような音が響き始めた。デバイスのコール音だ。
ちょうど壁に叩きつけようとピッケルを振りかざした格好で、デュークは動きを止めて左腕を見やる。
一定の間隔で明滅するデバイスに若干の鬱陶しさを感じつつ、短く「応答」と口にした。
〈――お、繋がった。やぁっと出たな、この鉱石オタクめ。ま、それはオレも同じなんだがよ〉
途端に、デバイスから豪快な笑い声が飛び出してくる。
「……何か用?」
〈『何か用?』じゃあねぇっつーの。デュークお前、こちとらさっきから何度も何度も連絡してるってのに、悉く無視してくれやがってよぉ〉
不満を漏らす男の声を受け、デュークはそこで初めてデバイスのメッセージログを確認した。
未読件数を表すフラッグ型のアイコンには、「6」という表示がなされている。
「ごめん、ダル。気付かなかった」
〈コレだよ、ったく。フィールドワーク中はなるべくコールするなって言ったのはそっちだぞ。……まあ、それはいいや。で、どうだい? 今日の成果は〉
問われて、デュークは視線を目の前の広い土壁のあちこちに向けた。
一見すれば、地味な茶色や黒色の岩石がむき出しになっているだけの、普通の壁だ。
だがよくよく眺めてみれば、その所々に赤や青や緑といった鮮やかな色をした鉱石や、何かの動植物の化石らしきものも点々としている。あらためて壁一面を
手近に埋もれる何かの貝類めいた化石が張り付いた岩を見ながら、デュークは答える。
「多分、この渓谷の辺りは、昔は海底だったのかもしれない。あちこちで海の……」
〈おいおい待った。オレはお前と違って専門家じゃあないんだぜ? そんな小難しいこと言われたってわかんねぇよ。そうじゃなくてだな、何か『ブツ』は手に入ったのかって話さ〉
出鼻をくじかれて頭を掻いたデュークは、腰のポーチの一つを開けて中身を確認する。
多少土くれや汚れが付着してはいるものの、陽の光を反射して色鮮やかにきらめく飴玉のような鉱石たちが、ウエストポーチの底が見えないほどに詰め込まれていた。
「今日は、ヒューマタイトがかなり採れた。汚染も無い」
〈ほぅ! そいつは上々だ。だったら早いとこ帰って来いよ。どうせ今日の分のマッピングノルマ、とっくに終わらせてるんだろ? それに、さっきやっとこさ例の新兵器も完成したところなんだ。早く試し撃ちしてぇしな〉
「わかった。テミルのところに寄ってから、行く」
〈おう、店で待ってるぜ。んじゃな!〉
デュークが別れの挨拶をするのも待たず、通信が無造作に切られる。
再び静けさを取り戻した土と岩だらけの渓谷の真ん中で、デュークは短く嘆息しながら採掘道具を片付け、撤収作業に移った。
その時だった。
「──ヨォ、兄チャン。そんな所で何してンだ?」
全ての荷物をまとめ終え、さていざ帰還と足を踏み出そうとしたデュークの背中に、出し抜けに何者かの声が投げ掛けられる。
いやにガサついた、子どもとも大人とも判別しづらい、男性の声。
一瞬ピクリと眉を寄せ、けれどあくまでも冷静に。デュークは自然な動作でデバイスのマップモニターを展開して素早く視線を走らせた。
円形のマップには現在地を示す青色のドットと、それを中心とした半径五百メートルの範囲内にある地形、探査ルートなどの各種情報が、どれも極めて正確に表示されている。
「ヨォ、兄チャン。そンナ所でナニしてンダ?」
だが、一つだけ。
表示されている情報の中で一つだけ、明らかに不自然な点があった。
他の開拓者たちや、荒野を徘徊する原生生物などといった生体反応を示す赤色のドット。デュークのデバイスが投影しているマップには現在、それが一つも見当たらなかった。
「ヨ、ヨヨォ、ニイチャン、ソンナトコ、トコロデデナナニシテシテシテ」
背後から繰り返される男性の声が更に聞きとりづらくなり、やがてはその声自体も、人間のそれとは随分とかけ離れたものになっていく。
ぴしり、と。
場の空気が一気に張り詰める。
短い静寂のあと、羽織っていた外套をはためかせてデュークが横っ飛びに回避するのと、眼前にあった壁面が土煙を
「……!」
砂利に足を滑らせながらも、デュークは瞬時に体勢を整える。
踏み止まり、顔を上げた先にあったのは、ちょっとした爆発でも起きたのかと思えるほどに無残に凹まされた土壁。そして、散乱したガレキを踏みつけてゆらりと立つ、一人の人間。
――否、人間ではない。
全身に、何やら黒光りする鉱石のようなものをまとい、昼空の下でも不気味なほどに爛々と光る緋色の瞳をギョロつかせた、人型の「何か」。
常人の二倍はある鎧のごとき
「――シテシテシテシテシテシテシテテテテテテテテッッ!」
壊れた機械音を思わせる奇声とともに、先に壁をえぐったのであろうめちゃくちゃな
怪人の放った必殺の拳は、しかし、デュークの頭を
──ヒュンッ。
でたらめな威力の一突きがデュークを捉える寸前、荒野に逆巻く砂塵の中できらりと、オレンジ色の閃光が一筋の綺麗な弧を描く。
そして次の瞬間には、怪人の片腕は既にその胴には付いていなかった。
「ギ、ギギギャ!?」
不気味にひび割れて歪んだ顔をさらに歪ませる怪人の前で、デュークはやはり落ち着き払った態度で静かに佇んでいた。
その右手に握る、刃身が燃えるような橙色を帯びた一振りのブレードの柄の辺りから、ブシュウと白い蒸気が吐き出される。
「ごめん。これも一応、仕事だから」
呆気にとられた様子で動けずにいる怪人に向けて無感情にそれだけ告げると、デュークは一切の躊躇も無く、怪人の懐にまっすぐ飛び込んでいく。
赤熱した刀身が、再び目にも止まらぬ速さで橙色の尾を引き、振り抜かれた。
電光石火の一閃は、緋色に輝く怪人の両目を頭部ごと切り裂き。
そしてもうそれっきり、怪人はそこらに転がっているのと同じ、ただの物言わぬガレキと化した。
「……ふぅ」
つい先ほどまで自分に襲い掛かって来ていたそのガレキにちらりと一瞥をくれてから、デュークは刃先に付いた屑を払うようにブレードを一振りして、腰の鞘に戻す。
そうして今度こそ帰路につこうと、おもむろに目の前の岩壁に手を掛けた。次には軽業師のような身軽さで、高さにして十メートルほどの壁を登っていく。
ややもしない内に壁面を登りきり、近くに停めてあった
鈍色の壁と、三つの丘。
まず目につくのは、その二つだった。
楕円型の外周を囲むように設けられた頑強そうな鋼鉄の壁を見れば、それは堅牢な城塞のようである。
その外壁の向こうで天に伸びる三つの円錐形の丘に目を向ければ、それは途方もなく大きな軍艦の艦橋か、あるいは巨大なラクダのこぶのようでもあった。
一つの都市というにはいささか小さく、かといって乗り物というにはいささか以上に大きいその巨大な鉄の塊を見据えて、デュークは二輪車のハンドルに手を掛けた。
──ブロロロッ!
勢いよく回転するホイールが砂ぼこりを巻き上げる。
深い森を思わせる緑色の髪を、荒野を吹き過ぎる塵風になびかせて。
デュークは彼方にそびえる移動都市──【ノア】を目指して走り出した。
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