#10

 一息ついたところでどういう経緯でここに来たのかを尋ねられた黒斗は、先程あおに話した内容をそのまま皆に伝える。

 ろくな事がなかった彼の話に瑠璃が「災難だったね……。」と声をかけていた。

 話を聞きながら状況をおおよそ把握したルナが口を開く。



「なるほど……。瘴気に当てられて能力と正反対のものを引き寄せていた可能性が高いと思う。流石に面倒事が続きすぎてるよ。」


「え、どういう事?」


「オニキスって《魔除けの石》だったり《トラブルから身を守る厄除けの石》って呼ばれてるのね。闇属性の瘴気が宝石に触れた事でんじゃないかなぁ。」



 ルナの推測を聞いた黒斗は怖くなり小さな悲鳴を上げる。

 人の住む街には一定の瘴気が宿っている。

 それは街の大きさと人口密度によって正気の濃度が違うらしい。

 彼女が言うには宝石は定期的な浄化がなければ効果が弱まる性質を持っているという。

 つまり浄化されないまま瘴気の宿る街に長期間滞在していたとして、瘴気の影響を受けている状態で魔力が注がれたのならばそうなってしまってもおかしくないのではとルナは話した。



「そ、そっか……。もうこれ以上は勘弁して欲しいけど。……にしてもお前、すっげー詳しいんだな。」


「まっあねー! こう見えてボク、高性能ロボットですからー!!」



 ルナは両手を腰に当てドヤ顔を決め込んでいる。

「高性能ロボットはアップデートは怠らないものなのだ!」と自信満々に話す彼女を三人はよくわからないまま聞いていた。



「魔法はさっき見てるからわかるんだけど、人と同じ姿だからロボットに見えねぇな。」


「お、じゃあ触ってみる?」



 そう言ってルナは右腕を黒斗に差し出した。

 あおも瑠璃も同じ反応してたからすぐわかるよ、と一言添えると二人も頷いている。



「……や、遠慮しときます。」



 黒斗はキッパリと断った。

 怖いのだ。

 また混乱してしまうのではないかと思うと拒絶してしまうのだ。



「もー、そんな事言わずにさぁ!!」



 ルナは黒斗の左肩を叩こうとしたが避けられる。

「おっ?」と面白そうにもう一度、今度は反対の手で彼を叩こうとした。

 見事に避けられる。

 ルナのイタズラ心に火がついた。

 何かを企むようなとてつもない顔でニヤニヤしながら黒斗を見ている。

 その様子を見た黒斗は恐怖を抱き冷や汗が止まらなくなった。

 相手の出方を伺っていた二人は勢いよく同時に走り出したのだった。



「来んなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 黒斗は叫びながら逃げ去っていく。

 続いてルナも犬の姿に変身し黒斗の後を追う。

 取り残されたあおと瑠璃は二人が走り去った方向を何も言わずに眺めていた。

 体感一分ほどが経ち、ルナが人型の姿で息を切らしながら戻ってくる。



「アイツ、逃げ足クッソ速いんだけど!?」



風魔法ブリーズを使っても追いつけなかった」と悔しそうにしながら元居た場所へ座った。

 目印もないこの森で彼がこのまま戻って来なかったらどうしようとあおと瑠璃は心配していたが、二分ほど経過した頃に歩いて戻ってきたので安心する。

 ため息を付きながら黒斗が座ると何事もなかったかのようにルナが話を続ける。



「あ、そうだ! もう一個あったよ、ロボットの証拠!」



 そう言っておもむろに人で言う耳のあたりからプラグを引き抜いて頭の上の犬耳を外した。

 顔を横に向け髪をかきあげ、耳となる部分を三人に見せる。

 黒い六角形の部品が取り付けられていた。

 ――その犬耳って取り外せられるんだ……。

 まず最初に三人が驚いたのは外された犬耳だった。

 六角形の黒い部品には犬耳のプラグを挿し込められるジャックが中心部に備え付けられており、それを囲うように同じ色の網目状の物が付いている。



「これ、耳じゃなくてなんだけどね。今の状態でも十分音は聞こえるんだよ。この犬耳は拡張型だからより遠くの音が聞こえるの!」



 そう言って拡張型集音器をセットし直している。

 オンオフ機能が内蔵されているおかげで完全に音をシャットアウトする事も出来るそうだ。

 専門用語を言われよく分からないまま話を聞いていた三人だったが、人ではないということだけは理解する。

 彼女のロボットらしい部分を見て一番驚いていたのはあおで、興味津々にルナの集音器を見ようと覗き込んでいた。



「……話は変わるんだけど、さっき黒斗が使ってた魔法、なかなかに興味深いんだよねぇ。物理攻撃を防ぐ防壁魔法か……。全属性の魔法さえも防ぐ事が可能なら或いは……。」


「防壁魔法……?」


「ねぇ、さっきの魔獣と戦えって言ったら出来る?」


「は? 無理。」


「じゃあ今からボクが魔法攻撃を打つから、防壁魔法で防げるか試してもいい?」


「はぁ!? 絶対にやだ。」



「固い事言わないでさぁー」と無茶振りをするルナを黒斗は睨みつけた。

 何を企んでいるのかと警戒心を露わにしている。

 そんな彼を見てルナは「冗談だよ」と笑いながら謝った。



「キミのその防壁魔法、使いこなしてみたいと思わない? 覚醒したばっかだからコツを掴むまでが大変だと思うけど、良かったら自在に魔法を発動出来るようになるまでボクの元で修行しない?」


「え、修行……?」


「その様子だと戦闘には向いてないけど、を極めれば自分も仲間も守れるようになるよ! さっきあおを守ってくれたようにね。行く宛てもないだろうし、キミさえ良ければその能力でボク達の暮らしを守って欲しいんだよ。」


「守る……俺が……?」



 思いもよらない提案に黒斗は少し戸惑う。

 確かに行く宛てもなければこれからどうすればいいのかもわからない。

 今後の事を考えるのであれば今はついていく方が安全だろう。

 実際、誰かを守る力を身に付けられると言われて魅力を感じていないわけがない。

 ただ一つ、彼には気になる事があった。



「……その修行って厳しい?」



 黒斗は少々怯えながら訊ねた。

 散々怖い思いをしながら逃げ回って来た彼にとって、今はこれ以上怖い思いはしたくないという気持ちの方が上回っている。

 そんな彼の心を察しルナは質問に答える。



「いや、時間はかかるけど厳しくはないよ。危ない事はしないから大丈夫! 内容を話すのはアトリエに帰ってからになっちゃうんだけど……。」


「そっか……。」



 黒斗はしばし考える。

 能力を自在に扱えるようになる事で助けてもらった分を返せるのであれば、危険のない内容ならばきっと大丈夫だ。

 それに、こんな自分に出来る事があるのなら挑戦してみたい。

「是非やらせてほしい」と伝えた事で魔女のアトリエに黒斗も住まわせてもらうことになった。



「そろそろ休憩も終わりにして移動しよう。ここからアトリエまで結構距離があるし極力明日の移動時間を減らしたいんだよねぇ。部屋の事もあるし。」



 ルナの一言で移動を再開する事となった。

 ルナはレジャーシートを畳み魔法で片付けた。

 両手に持っていたそれは白い煙と共に瞬く間に消え去っている。

 別空間に移動させたようだ。

 それが終わると今度は犬の姿に変身し瑠璃の元へ寄っていく。



「瑠璃ー、歩くの疲れたから抱っこしてー。」



「方角は言うからおねがーい」と駄々をこねるルナに呆れながらも抱きかかえて先頭を歩いていく。

 瑠璃の後ろを二人は横に並んでついて行った。

 先程の一件もありお互い横目で見ては目を逸らしを繰り返している。



「……あ、あのさ。あおってどんな魔法が使えんの?」



 気まずい空気を破ったのは黒斗で、ルナの話を聞いてからずっと気になっていた事を尋ねていた。

 先程の休憩で話題になっていたのは黒斗が中心のもの。

 ルナはもちろんあおや瑠璃の話はほとんど聞いていないのだ。



「えっと……、ルナには《祈りを捧げる事で対象への願いを届け叶える魔法》って言われたよ。よくわかんないけど……。」


「そっか……。じゃあ例えば、『助けたい』って願ったら助けられる的な?」


「……あっ。」


「……やっぱり、落ちてる時に見た光ってあおの魔法だったんだな。相当強い願いじゃないと飛び降りるなんてあんなこと出来ねぇだろ。」


「そ、そうかも……。」



 あおは恥ずかしさが混み上がったようで視線を逸らしている。

 あの時もし魔法が発動していなければ二人はどうなっていたのかわからない。

 あおの魔法で怪我をせずに済んだとすれば黒斗にとって彼女は命の恩人という事になる。



「……ありがとうな。」



 あおはお礼を言われた事に驚き黒斗に顔を向けた。

 照れくさそうな顔をしながらそっぽを向き、右手で頭をかきながら横目であおを見ている。

 思わず目が合った二人は照れながらも微笑みあっていた。

 そんな初々しい二人を前を歩いている瑠璃が優しい眼差しで見守っていたのだった。


 あれから一時間半ほどが経ち、皆の顔には疲れが出ていた。

 そろそろ夕方に差し掛かっている。

 翌日の移動を考えると今日はここで休んだ方がいい。

 そう言ってルナは瑠璃の手から飛び降りテントが張れるほどの空間がある場所を探す。

 五分ほどが経過し少し広がった場所に出た一行はここで一泊を取る事となった。

 ルナは人型に戻り何もない空間から簡易魔導テントを召喚しポイッと地面へ投げた。

 瞬く間にネイビーカラーのドーム型テントが張られていく。



「今日はここで寝よう! さぁさぁ皆入ってー。」


「いやいやいや、流石に女の子と一緒に寝るのはダメだろ!?」



 ルナの発言に黒斗は困惑する。

 魔導テントの事は何も知らされていないからこその反応だ。

 何かあったらタダじゃ済まないだろう。

 全員が入れる大きさのテントとはいえ、流石に「入って」と言われると拒まざるを得ない。

 そんな事が頭を過ぎっている黒斗に三人はお構い無しで「いいから入って」と笑顔でうながしてくる。

 ――え、何。俺、何かされんの?

 黒斗はだんだん怖くなっていく。



「私、先に入ってるから黒斗も来て!」



 気持ちを察したあおは笑顔でそう言うとテントの中に入っていく。

 黒斗は少しの間固まった。

 ――え、それはそれで緊張するというか、どうすればいいのか益々わからなくなるんだけど……。

 尻込みしていると瑠璃が「大丈夫だよー」と声をかけてくる。

 後ろを振り返ってルナを見るととてつもなくニヤついたいやらしい顔で黒斗を見つめていた。

 思わず「ひっ」と声をあげた黒斗だったが、引くに引けない状況にしぶしぶ入る事にする。



「……へ!?」



 テントの中とは思えない光景に黒斗は固まった。

 とりあえず一度外に出てテントを確認する。

 外見とは裏腹に中が別次元のように広い。

 思わず振り返ってルナを見ると「ニッシッシ」としてやったりの笑顔で仁王立ちしていた。



「いやぁ、反応が大きいと楽しくなるねぇ!!」



 ルナは一人はしゃいでいる。

 隣りに居る瑠璃も「わたしも最初ビックリしたんだ」と微笑んでいた。

 黒斗はもう一度テントの中に入る。

 目の前にはあおが広めの玄関に靴を履いたままの足を出しフローリングの上に座っていた。

 彼女は「ふふっ」と笑うと靴箱を指差し中に入るように促している。

 黒斗は中に入って靴を脱ぎ全体を見回して確認する。

 そこは外観とのあまりにもの違いに夢でも見ているのかと錯覚してしまうほどだった。



「ビックリしちゃうよね。寝室も二つあるから気にしなくて大丈夫だよ。」



 あおはそう言いながら靴を脱ぎ立ち上がると黒斗の目の前に立ち手を後ろに組んだ状態で微笑む。


「まるで夢の中に居るみたいだよね。」


 黒斗は彼女の笑顔につられて笑みがこぼれるのであった。

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