#4

「…実はあおもね、ないんだ。目覚める前の記憶。」



 瑠璃は驚きを隠せず、思わずあおに顔を向けた。

 彼女はニコニコと瑠璃を見つめている。

 あなたと同じでルナに助けてもらって名前をもらったのだと話している。

 彼女が目覚めた場所は人の多い都会。

 都会を出て森の奥まで辿り着いた時にルナと出会い助けてもらったのだという。



「実は二人に目覚める前の記憶がないのは当たり前なんだよ。」


「どういう事?」


「率直に言うとキミ達は人間じゃない。宿…つまりだ。何らかの力や効果を持つ石が魔力を宿した事で、生物の姿に変化したのがキミ達だよ。今までずっとんだから、目覚める前の記憶や知識がないのは当たり前なんだ。」



 ルナは地面に落ちている何の変哲もない石を拾い上げ二人に見せながら話しを続ける。

 このセカイの大地は元々魔力を宿している。

 だがその魔力自体は生物や鉱物などの物体には何の影響も与えない。

 ただ一つだけ、その大地の魔力を蓄えられる物があった。

 それはクリスタルと呼ばれる宝石の一種であり、この大地の何処かにある洞窟には莫大な魔力を宿した大きなクリスタルがあるのだと。

 それの近くにある力を宿すものに魔力が引き寄せられる事で魔族が生まれてきたのだそうだ。



「ま、これ全部師匠に覚えろって言われてインプットした知識だけどね。魔獣には何度も出会ってるけど、ボクが魔力感知能力で魔石を確認出来たのはあおが初めてなんだよ。」


「うーん、急にそう言われてもピンと来ないというか、矛盾があるよね。わたしの目覚める前の記憶がないのなら、今知っているこの知識は一体何かしら? 記憶がないのが当たり前なら、貴女にロボットだと名乗られても、ロボットって何?って疑問に思うんじゃない?」



 瑠璃は率直に疑問をぶつける。

 疑っているわけではないのだが、記憶や知識がない状態が一般的なのであれば今まで過去の記憶がないと思い込んでいた事になる。

 そう考えると尚更頭がこんがらがってくるのだ。



「うーん、ボクもよくわからないんだけど考えられるとしたら、キミ達に共通して言えるのが宿している魔力がである事なんだよね。もしかしたらババアの知識が魔力に残っているのかも…。」



 ルナの説明を聞いても理解出来ずにいた二人だったが、わからない事を考え続けても仕方がないのでひとまずはそういう事だと受け取る事にした。

 彼女自身も推測しただけなので確信があって話してくれた訳ではない。

 さりげなく師匠の事をババア呼びしていた事にも驚いたが、それは心の中に留めておいた。



「あと、私達が人間じゃないってどういう事? 私が知る限りでは違いはないように見えたけど…。」



 あおの質問にルナは「そりゃあわからないよね」と首をかしげながら言葉を選んで説明を続ける。

 彼女は魔力感知という能力を通して本来の姿を視ているが、二人にはそれは視えない。

 お互いの宝石コアを視る事すら叶わない。

 人と違う所と言えば瞳孔の形の違いと…。



「…あ、そうだ! 二人とも、目覚めてからだいぶ経ってるみたいだけど、お腹は空いてない?」



 二人はきょとんとした表情でお互いを見る。

 都合の悪い質問に答えられず話題をすり替えられたのかと一瞬不審に思ったが、ルナの表情を見る限りそうではなさそうだ。


 

「…ねぇ、ルナ。ってなぁに?」



 あおが先に口を開いて問いを問いで返す。

 瑠璃も同じ事を思っていたようで、あおと同じようにルナを見つめる。



「…って事はって言葉の意味もわからないよね。人間は生きる為に食べ物や飲み物を口の中に入れる事で栄養を取るんだよ。そうしないと死んでしまうから。それを知らない、必要ないというのが魔石である証拠だ。ただ同じ魔石のババアはご飯食べてたから、キミ達も食事は出来るハズだよ。」


「ふーん?ルナは?」


「ボクには食事機能は付いてないから何も食べられないよ。あ、じゃあ早速ご飯食べてみる?」



 そう言ってルナは空間から手のひらに収まるサイズの四角い形の何かを取り出し、あおと瑠璃の間を通り越すようにそれをぴょいっと投げた。

 地面に落ちたそれは瞬く間にネイビーカラーのドーム型テントへと形を変える。

 四、五人くらいが入れそうな少し大きめのテントだ。



「さぁさぁ、入って入って!」



 ルナは何かを企んでいるような不敵な笑みを浮かべながら言った。

 何か怪しいと思いながらも瑠璃はあおに視線を向ける。

 彼女も「どうぞどうぞ」と言わんばかりのニコニコ顔で最初に入るのを譲ってくれた。

 よく分からないまま瑠璃はテントの入口を開き、四つん這いになって中に入る。



「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」



 上半身だけ中に入った状態で瑠璃が見たのは、とてもテントの中とは思えないほどの広い部屋だった。

 彼女が先程までいた平屋よりは広い、フローリング仕様の部屋だ。

 今居る玄関の先は少し広めの廊下があり、左右に個室が一つずつある。

 左側の個室の奥にも扉が二つあり、突き当たりにはキッチンと六人用のダイニングテーブルが備え付けられていた。

 その奥の窓からは夕焼けの光が差し込んでいる。

 玄関から見て右の部屋の奥にはソファーと暖炉が置かれてあり、寒い時期も暮らせそうな2LDKの間取りとなっていた。



「あの…外と中、違いすぎない…?」



 一旦外に出た瑠璃はルナを確認する。

 彼女は「にっしっし」とイタズラな笑顔で瑠璃を見ていた。



「ふっふーん!これは師匠が創っただよ!快適に寝泊まり出来る優れ物なのだ!!」



 得意気に話すルナはドヤ顔を決め込んでいる。

 彼女の住む場所は森の奥にあり、移動するにも数日かかる事がよくあるらしく、『野宿は嫌だ。外でも快適な環境で寝たい。』と師匠が魔法で作っていたという。

 なんて夢のような道具なんだと瑠璃は思った。


 そんな会話をしながらも三人は簡易魔導テントの中に入った。

 入口は狭く低いが中に入れば立てる程の、……というより一般的な家と同じ仕様である為とても違和感がある。

 入口には人一人が収まるサイズのマットが敷かれている。

 四つん這いで入る事を想定して敷かれているのだろう。

 マットの周りは土足OKの作りとなっており、左側に靴箱と傘入れが置かれていた。



「あ!」



 突然叫んだルナは慌ててブーツを脱ぎ右側の部屋に入って行った。

 部屋からガサゴソと何かを探っている音がする。

 少し待っていると四段に積み上がった箱を両手に抱えバタバタとこちらに戻ってきた。



「瑠璃、裸足のままだったよね。気付かなくてごめん!これ、師匠が集めてたやつだけど使って!」



 そう言って箱を横に一列に並べ始めた。

 瑠璃は一度断ったが、『怪我をするから危ない。こういう時の為に置いている物だから気にしなくていい。』と押し切られ、申し訳ない気持ちを抱きつつも有難く使わせてもらうことにした。

 箱の蓋を順番に開けていく。

 中にはブーツ、サンダル、スニーカー、パンプスが入っていた。



「好きなの使っていいよ!」



 そう言ってもらったものの、どれを選べばいいのか迷っていた瑠璃にあおが助言する。



「瑠璃は今素足だし、サンダルの方がいいかも。そのワンピースにも合うと思う!」



 瑠璃は勧めてもらったサンダルを取り出した。

 ライトブラウンのサンダルはベルトの色と似た色であるおかげで白いワンピースを際立たせてくれる。

 試着してみるとサイズもピッタリだった。

 ――これにしよう。

 再度確認して了承を得た瑠璃はそれをそのまま靴箱に入れた。



「えっとー、説明は後回しにしてご飯にしよう!えーっと、えーっと……。」



 ルナは一目散にキッチンに向かい冷蔵庫を確認しに行った。

 瑠璃とあおも後ろから冷蔵庫を覗く。

 二つ扉の小さな冷蔵庫の中には程よい空間があるくらいに食材が並んでいた。

 徐ろに卵とベーコンを取り出したルナは焼いて食べようと促す。



「ちなみにあお、この食材が何かわかる?」


「うん。卵とベーコンだよね。」


「キッチンで食材を焼く方法は?」


「わかんない。」


「なるほど…。」



 食材をテーブルに置いたルナは腕を組み考え込んでいる。

 瑠璃にも同様の質問を投げかけ、二人の持っている知識を把握したようだ。



「じゃあせっかくだし今日は瑠璃に料理してもらおうかな。」


「えっ、わたし?」


「やり方は全部インプットしてるから任せて!!」


「…ルナは料理出来ないの?」


「……ボクは味見出来ないし、毎回ババアに怒られてたからなぁ。流石に最初は美味しいの食べて欲しいし…。」


「せ、責任重大だけど、頑張ります…!」


「わーい!楽しみっ!!瑠璃ファイトー!」



 そうして料理が始まった。

 瑠璃がキッチンの前に立ち、右斜め後ろからルナが指示を出す。

 ダイニングテーブルの廊下側の席であおは嬉しそうに鼻歌交じりに歌いながら二人を眺めていた。

 冷蔵庫からバターを取り戻し、包丁で少しだけ切った後にフライパンに入れて熱する。

 バターが溶けきった頃に二十センチほどのベーコンを二枚取り出しそれをそのまま入れた。

 時間が経つほどに芳ばしい匂いが部屋中に漂う。

 ルナの指示で裏返し更に焼き続ける。

 出来上がったベーコンは備え付けの棚にあった白い皿の上に一枚ずつ置かれた。

 続いて卵に着手する。

 台にぶつけ卵の殻にヒビを入れる。

 二つに分かれたそれの中身をそのままフライパンに入れた。

 それをもう一つ投入してもう一度火を付けた。

 ある程度火を通した後に少量の水を注ぎ、横に置かれていたガラスの蓋をし蒸し焼きにする。

 ガラスの蓋は瞬く間に水蒸気で曇っていた。

 ルナの合図で蓋を開け、それを皿に盛り付ける。

 目玉焼きと焼きベーコンの完成だ。

 瑠璃がテーブルの上に料理を置いている間にルナがキッチンの引き出しをガサゴソ探っている。

 そこからフォークとナイフを二つずつ取り出しそれぞれの皿の上に置いた。



「さぁさぁ食べて食べて!目玉焼きは好きなのかけて食べてね!」



 そう言ってテーブルの上に置いたのは醤油と塩とソースとワサビとタバスコだった。

 瑠璃は真っ先にワサビとタバスコに視線を向けた。



「……ワサビにタバスコ? 味が想像出来ない組み合わせもあるのね。」


「あっ…しまった、つい。いつものクセが…。」



 ルナは慌ててワサビとタバスコを取り上げ、キッチン上の棚に閉まった。

 いつものクセとは一体なんだろう。

 少し嫌な予感がしたが今は目の前の料理の方が大事だ。

 あおと瑠璃はベーコンをナイフで食べやすい大きさに切り口の中に入れた。



「「~~~!!!!美味しい!!!」」



 ほっぺたが落ちそうなくらいの肉汁が口の中に広がる。

 それを噛んでゴクッと飲み込んだ二人の表情は幸せそうだった。

 その次に目玉焼きを頂く。

 あおは醤油を、瑠璃は塩をかけて口の中に入れる。

 美味しそうに食べる二人を見てルナも嬉しくなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る