おぎゃる相手を間違えた。
来栖みら
第1話 おぎゃる相手を間違えた。
唐突だが、私は今日おぎゃる相手を間違えた。
え?
一体何を言ってるんだって? それはそう。
だって私もそう思う。
でも、それは唐突な事故だった。
ーーーーーーーーーーーー
昨日の放課後、私こと白浜 綾香は、親友の麻友と一緒に学校の教室に残っていた。
「ねぇ綾! 昨日のドラマの神田くん見た!? もうすっごくカッコ良かったやつ!」
「昨日のは見た! 確かに私もあのシーンは結構ドキドキした。ヒロインをベッドに倒してからのあのキス。あれはもう理想シチュ過ぎてあの女優さんに嫉妬したもん」
「だよねだよね!! あと個人的にはその後の横顔アップ! もうカッコ良過ぎて思わずスクショしちゃったよね。あの黄金比率のフェイスラインはご飯三杯は食べれる美しさだったよ。はぁぁ。」
そう言いながら昨日の配信動画のスクショをスマホに表示して、画面を撫でながら悦に浸る麻友。
それを他所にスマホを取り出してSNSの返信をする私。
麻友と放課後に残るようになってからのルーティンがその日も繰り返される。
推しに浸った麻友の復帰までのモーションは長い。なので、それを待ってる間スマホを弄る。それが私の癖になっていた。
一通りのメッセージを返し終わると、スッカリ自分の世界から戻ってきていた麻友の方から、突然「これ知ってる?」と、スマホの画面を見せられた。
なんだろうと思い、その画面を覗き込んでみると、そこには『ネット上で流行っている「おぎゃる」と「バブみ」の意味と使い方特集〜!』の文言があり、その下に説明が事細かに載っていた。
「これが少し流行ってるらしいんだけどさ、なんか普段の会話で使えたら楽しそうだなと思って! それで見せたんだけどどう? 綾知ってた?」
そう麻友が楽しそうに話すので、私も差し出されたままのスマホを凝視してしっかりと説明文を読んでみる。
なになに、えーと。
ーーーーーー
おぎゃるとは、おぎゃりたい程の母性を感じるキャラクターや人に対して幼児退行して甘えたいという願望。
バブみとは、甘えたくなる温かい母性を持つ対象に対しての感情表現。付け加えて、「バブみを感じておぎゃりたい。」と合わせて表現するのが一般的。
ーーーーーー
ふーん。なるほど。
確かにそこに載っているのはオタクが好きそうな、限定的なシチュエーションに対する言葉であった。
私の感想としては、使う分には面白そうと言うぐらいで、特段使おうとは思わない部類の言葉だなと言うものだった。
だが、それが親友との仲の良い間柄のノリとなれば話は変わる。
定番のノリが一つ増えるということは、また一層仲が深まり、普段の生活が楽しくなることに値するからだ。
そんなわけで、私は麻友に対して好意的に返事をした。
「へーーこれは知らなかった! 確かに面白そうなやつだね! それで? 麻友的にはどう使うの?? 確かにノリみたいな感じで使えたら良いよね」
「だよねだよね!! 私もそう思う! やっぱそうだなぁ、綾に対して甘えたい時とかかなぁ。綾におぎゃりたいな〜〜みたいな! まあ基本的には私が甘えられることの方が多いんだけどね。えへへ」
私の返事を聞いた麻友は初めからそう言われることが分かっていた! というぐらい、私の返事に食い気味で言葉を返してきた。
楽しそうな上に甘えたがるその姿が可愛くて、思わずこちらも顔が綻ぶ。
そんなこんなで話題も移り変わり、その後はここ最近の定番になりつつある恋バナに花を咲かせた。
そこで、麻友から”私に好きな人がいること”をまんまと聞き出されてしまったのは失態だった。(隣の席の黒川くんのことはまだ隠そうと思っていたのにバレバレだったらしい)
と、また一波乱あった後に下校時間になり、私達は教室から出た。
そして、この話はその時それで済んでいた。
済んでいた。
はずなのに、なのに。
その後何故か私は、家に帰ってからその文化「おぎゃるとバブみ」について調べ上げていた。
というのも、最近私と麻友はネットミームを覚え始め、ネットスラングをだいたい理解出来る様になってきていた。
いわゆる内輪ネタとして、様々な流行り言葉、ミームを取り入れた会話をしており、今日の会話もその流れからくるものとして話していたものであった。
そしてこの通り、私達の日常はものの見事にミームに毒されており、いつの間にか汚染されていた、というわけである。
そんなこともあり、私は無意識のうちに、親友を驚かせる為のネタとしてこの単語二つを調べていたのである……。
そうして調べてみた結果、どうにも少し古い流行りものだと言うことも分かった。
だが、親友との間では新しい概念なこともあり、二人のネタとしては申し分ない! と言うことで、このおぎゃるとバブみをネタとして実行することを私は考えついた。
それというのも、この単語を教えてくれた麻友本人がこの単語通りの「バブみを感じておぎゃりたい」存在だからである。
村田 麻友、17歳。
私と同じ高校2年生。
出るところが大きく出ているのにも関わらず、締まるところは締まったボディ。
それでいて愛嬌のある柔らかい雰囲気。もちもちすべすべの肌。
艶のあるしなやかな黒髪。おっとりとしたパッチリおめめ。
おまけにいつも笑顔で明るくて優しい。
それが彼女だ。
この通り完璧だ。今一度振り返ってみても完璧だ。
さすが我が親友。周囲からママのあだ名が付けられているそれは伊達じゃない。破壊力しかない。
そんな麻友はやっぱりバブみが深すぎる。
おぎゃりたい。
と、私の中の、心の男の子が爆発しそうになるくらいに、母性強めなのが彼女なのである。
いつ甘えても甘えさせてくれる、もはや女神、母神、天女なのだ。
放課後に見せられた時は意識が回らなかったけど、バブみが深くておぎゃりたい存在って麻友のことでは? と思ったのは内緒だ。
そして、”そんな彼女”との間に生まれたこの概念。試さざるを得ないに決まっている。
もはやこの衝動をどうしてくれようか!? どうするべきか!?
今こそ同性かつ親友であるこの身分の特権を使う時!!
と言うわけで考えたのが、『麻友におぎゃり大作戦』だ。
その内容はというと、まず私達がいつも朝、談笑に使っている空き教室にて赤ちゃんの格好をして待機。
麻友の足音がしてきたら、教室を這い回りながらアウアウと発する。
さらに、麻友がドアの前にまで歩いてきて、私を見て立ち止まったその瞬間、私は麻友の元にまで這っていき、渾身の笑みを見せる。
そしてそれを見た麻友が恐らく爆笑する。そしてさらに、その後笑いながら私の元まで麻友が来るので、そこを甘えた声で抱きつく。
そして私は、バブみを感じ、堪能する。
麻友には朝から笑いと笑顔を与え、私はその代わりにバブみを摂取する。
完璧だ。完璧過ぎて震えてくる。
それに、麻友の性格上受け入れて貰える可能性も高いし、事前に明日の朝会ったら優しく抱きしめてのメッセージもしておくことで、予め明日の出来事にも対応出来る予備状況も作っておく。
もはや最強の布陣だ。抜かりは無し。
早く麻友のあのもちもちボディに包まれたい。
そんなわけで、私は親友に渾身の赤子を披露する為、その夜おぎゃり方を練習し、脳内シミュレーションを寝るまで繰り返した。
そして次の日、つまり今日の朝!! その時はやってきた。
いつものように登校し、いつも親友と話す空き教室へと向かう。
普段から私達以外誰も来ない秘密の談笑場。いわば女子二人の秘密の花園。
誰かに見つかることもないので当然心配することもなく、私は用意してきた赤ちゃんセット(全身着ぐるみタイプのモコモコパジャマ)に着替える。
フードまで被って準備は万端。あとは待つだけ。
そうすると私は、麻友が来るまでの待機モーションへと移った。
床に座り、いつでも這うことが出来る姿勢になる。
時計を確認し、時間的にもそろそろだ。
そう思った瞬間、遠くから足音が聞こえてくるのを確認する。
これは間違いなく親友だ! と確信した私はその態勢に入った。
家にあった妹が小さい時のおしゃぶりを口に咥え、手にはシャンシャンとなるマラカスを持ち、ニコニコした顔で床を這う。
誰も居ない教室の中、私は赤子の真似を始めた。
「バブ〜アウアウ」「う〜〜う〜〜」
我ながら完璧の演技だった。
内心、(早く来てくれないと羞恥心で自爆するな)と思いつつも、親友の為に演技を続ける。
コツコツ、コツコツ。
親友が歩いてくる音が近づいてくる。
もう1年半、毎日ここで朝談笑する前に聴いている足音だ。
間違えるはずもない。
確信を持った私は、「アウーーーー。」と言いながらハイハイをして空き教室を這い回る。
そして、私はその言葉を発しながら親友のハグとヨシヨシ、からのどうしたのの苦笑を待つ。全ては親友の笑顔の為、私はそれを続ける。
そしていよいよ足音が教室の前にまで近づく。
コツコツ、コツコツ。
もう間近というところで、足音がドアの付近で止まる。
(来た!!)
私は「アウーーーー!!」と言いながら上を見ず教室のドアへとかけ寄る。
シャンシャンとマラカスが教室に鳴り響きながら、私はそこまで這いずり回って向かう。
そしてこの後麻友がどんな反応するかな。そう思いながら私はニコニコとしながら上を見上げる。
「うーーーー!!」
元気よく笑顔で叫びながら目を瞑って顔を上げる。
渾身の演技。もはや脳内シミュレーション通りの完璧な動きであった。
さあ早く抱きしめて! さあ早く!!
そう切に願い、その時を待つ。
だがしかし、一向にヨシヨシもハグも、笑い声さえも返ってこない。
どうして? ビックリしすぎて天然な麻友が固まってしまったとか!?
だとか様々な憶測を立てながら、恐る恐る瞼を開ける。
暗闇が晴れ、教室のドアのその先、私は廊下を見る。
するとそこに居たのは……。
長身黒髪のいつも目で追っている青年。即ち、好きな人である黒川くんであった。
「んんンン!!!!!!!!!!!!あばあファウ!!!!!!!?!?!?!?!……!!!!……!!」
声に鳴らない声がまるで断末魔かのように朝の教室に鳴り響く。
それと同時に私の高校生活に幕が閉じる音がした。
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