第50話 運命の日

 あの林の中から無事に生還して1週間後の朝、私は陛下の執務室に呼ばれた。急いで向かうと、部屋には陛下とナトムさんがいた。


 ナトムさんは私に気が付くと、笑顔で挨拶をしてくれたが、陛下はずっと机とにらめっこしている。

 フェル様、とナトムさんが声をかけて、やっと陛下は私に気が付いた。


「おはようございます、陛下!」


「あぁ」


 相変わらずの無表情だが、声を聞く限り今日はあまり機嫌が良くなさそうだ。その理由は、机の両端にもの凄い高さの書類のタワーがあるからだろうか、それとも別の理由か……


 ナトムさんが執務机にさらに未決済の書類の束をどんっと置き、陛下が嫌そうな顔をするのをぼうっと見ていると、ナトムさんがにこやかに振り返った。


「急に呼び出して、申し訳ありません。コバト大臣の処遇について確定したので、被害者のあなたにもお伝えしようと思いまして」


「……はい」


「コバト大臣は収賄罪と殺人未遂の罪で大臣職を免職。領地も半分没収、一族の当主の座からも降りていただき隠居していただく事になりました」


「……そうですか」


「何度も命を狙われたカンナには不満が残る処遇かもしれませんが、貴族がおこした殺人未遂の中では、かなり罪は重い方で……」


 眉を八の字にして心底申し訳なさそうにナトムさんは言った。


 あぁ、やっぱりか。相手は貴族で、私は平民だから。この国では例え殺されそうになったとしても、被害者が平民なら貴族の罪は軽いのだ。

 何とも腹立たしい理由だが、この国ではそうなのだから仕方ない。

 でも仕方ないと思えるのは、助かったからであって、死んでたら絶対に納得は出来なかっただろう。いや死んでたら、納得も何もないか。


「それと、コバト大臣と繋がっていた、あの絹の商家ですが、大臣の件とは別の罪状も多々ありましたので、一族で流刑となりました」


 あの女の人も、結局、流刑になったのか。どこに流されてしまうのか分からないけど、あの悲壮な顔を見る限り、碌な場所でないのだろう。


「もうコバト大臣が二度と私に手を出せないのなら、それで問題ありません」


「……そうですか。もっと、恨み辛みを言っても良いのですがね」


「いいんです。こうして生きてますから」


 その言葉に、2人の表情が固まった。

 今日、この言葉を私が言うと、言葉の意味が重たく感じるかもしれない。

 何故なら、今日は私にとって重要な日、いや運命の日だから。そして運命の日だからこそ、その前に話しておきたい事がある。


「陛下、ナトムさん、お話があります」


「なんですか?」


 ゆっくりと息を吐いて、心を落ち着かせる。


「私は初めてこの国の神殿に現れた時、自分がどこにいるかも、どうしてこうなったかも何も分かりませんでした。だけど1つだけ分かった事があります……この世界は、私がいた世界とは全く違う場所なんです。私は異世界から来たんです」


「……異世界、ですか?」


 ナトムさんは少し驚いた様子で目を瞬いた。横にいた陛下は無表情のまま黙っている。陛下もナトムさんからも、今の段階ではあまり良い雰囲気は感じない。信じてもらえないかも……でも話さなくてはいけない。今まで陛下達に言うか迷ったけれど、やっぱりこの人達には、ありのままを話したい。


「はい。何故かは分かりません。私の世界の神社……神殿のような所から、突然こちらの世界に来たんです」


 陛下は眉間にシワを寄せると、口を開いた。


「異世界であると判断した理由は何だ?」


「ここが異世界であると結論に至った理由は、私の世界には存在しない色素の髪や瞳の人がいる事、グリフィンやワームなどの生き物も、私の世界では存在しないからです」


「……」


 陛下は顎に手を当て考え込むと、ふと思い出したようにこちらを見た。


「だから、前に城下町に行った時に、ウォルステン人やグリフィンに驚いていたのか」


「はい」


 ……あれ? 2人とも、そこまでは驚いていないのかな?


 なんか、予想とだいぶ違う。異世界なんて信じられるか、と呆れられると思ったのに。


 陛下はナトムさんと目を合わせた後、腕を組み、背もたれに寄りかかった。


「異世界か、なるほどな。そもそも3ヶ月前に神殿に現れた時も、随分と見た目や言動が異質でおかしいとは思っていた。神官達もその日は、神殿の空気が異常だと騒いでいたしな。そう言えば、ナトムはカンナが現れたのは、神の行いによるものだと言っていたな」


 ナトムさん苦笑いしながら陛下の言葉に付け加えた。


「確かに言いましたね。あの時は神から、災いか祝福か、どちらかが与えられたのだと思いました」


 災いって、ナトムさん酷いな……でも、もし災いの女になってしまったら、すみません。色々と迷惑をかけているので、心配になってきた。


 いやそれよりも、今は陛下とナトムさんが、私の話を信じてくれるかだ。


「えっと……陛下とナトムさんは、私の話を信じてくれるんですか?」


 私が恐る恐る聞くと、ナトムさんはふふっと笑った。


「ここは神の力が満ちた世界ですから。異世界からこちらに飛ばされたとしても、あり得なくはないでしょう。それに、あなたの常識や考えが規格外なのが前から不思議だったので、異世界の人間だからなのかと、やっと腑に落ちました」


 規格外って、私そんなに変な事をしてるのか! 軽く衝撃を受けている私を見ながら、陛下も言った。


「逆に、同じ世界の遠い国から来たと言われた方が信じられないな」


 そんなに! 私って、この世界ではそこまで変わり者なのか。

 しばらくショックで愕然としていたが、陛下の咳払いで我に返った。


「あ、すみません、陛下。その……信じてもらえて嬉しいです。どうしても、言っておきたかったので」


 今日、どちらに転んだとしても、陛下には信じてもらいたかったから。


 陛下と目が合う。

 私の言葉で、陛下の顔が、いつもに増して真剣な表情になった。


「カンナ、私はお前の話を信じる……だから今日は、お前も今までの自分を信じろ」


 陛下の言葉に被せるように、遠くから鐘が鳴り響いた。

 9時の鐘だ。

 一気に執務室に緊張が走る。


 時間だ、私の運命の時間。

 ナトムさんは書類を片付けながら、優しい笑顔で私に言った。


「さて、話はこのくらいにして行きますかね」


 陛下とナトムさんと一緒に大広間に移動する。そこには陛下が、毎日測っている体重計がある。

 その周りに、既に何人ものギャラリーが集まっていた。

 私達3人は、ゆっくりと歩き体重計の前で止まった。ナトムさんが私を見る。


「今日でカンナが来て3ヶ月になりましたね」


「はい」


「カンナ、覚悟はいいですか。陛下、体重計にお乗り下さい」


 今日で私がこの世界に来て3ヶ月。約束の日。陛下の栄養マネジメントをして、3ヶ月目の今日、体重が95キロになっていなければ、私は処刑される。そういう契約だ。


 契約は絶対。これはどんなに優しい陛下でも覆せない。


 実は王宮に帰ってきてから、私は監禁されて身体が弱っていた事もあり、盛大に風邪をひいてしまっていたのだ。

 起き上がる事も出来ずに、部屋から一歩も出られなかった。だから献立は料理長が会いに来てくれたので相談できたが、陛下のここ数日の体重は知らないのだ。


 自分の心臓がドキドキ脈を打っているのを感じる。

 栄養マネジメントに命をかける管理栄養士など、私くらいじゃないだろうか。

 陛下が片方の天秤皿に乗り、もう片方に側仕えが重石を乗せていく。20キロ、もう20キロ……


 辺りは静まりかえり、重石を乗せる音だけが響いた。

 心臓の音がうるさい。

 早く結果を知りたい気持ちと、結果が出るのが遅くなればいいと思う気持ちが、激しく行き交う。


「96キロになります!」


 側仕えが大声で声をあげた。


 その瞬間、頭が真っ白になった。

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