第48話 暴かれる真実

 私は大勢の観衆の前で見事な顔面スライディングを決めた。


 痛い、そして盛大に恥ずかしい。顔を上げたくない。死んだふりしようかな。

 そんな現実逃避をしていると、足音が近付いてきて私の頭上付近で止まった。


「カンナ、生きていたか……良かった」


「陛下!」


 さっきまで顔を上げたくないとか思っていたくせに、即座に顔を上げる。

 陛下がじっと私を見下ろしていた。

 陛下の表情は相変わらず無表情だが、瞳を見れば、今どんな感情かは分かる。

 私が生きていた事による安堵と、困惑が混ざり合ったような感情……だと思う。


 私が立ち上がると、陛下から真っ白なハンカチを渡された。


「鼻血が出ているぞ」


「え……」


 鼻に触れると、指先に少し血がついた。先ほどのスライディングのせいか。気が付かなかった。そう言えば、初めてこの世界に来た時も似たような事があったような。


 シルクの白いハンカチで遠慮なく鼻を拭く私を見つめながら陛下は口を開いた。


「カンナ、私はてっきり、お前は逃げるだろうと思っていた」


「え」


 ドキッとした。

 さっき、まさに逃げるか迷っていたから。図星をつかれたようで、視線を陛下から逸らしてしまった。

 でも目を逸らすなんて、そうだと言っているようなもんだ。慌てて、陛下の方に視線を戻すが、陛下の瞳は真っすぐ私を見つめている。心を見透かされていそうで居心地が悪い。


「お前は逃げる事が出来た。私との契約から……いや私からな」


「陛下……」


「それだけじゃない。お前にとって王宮は危険な場所だ。お前を排除したり利用しようとする人間は沢山いる。もし、お前が逃げたとして、どこか外国で幸せに暮らすのなら、私は追っ手を向かわせる事はしなかっただろう」


 え、本当ですか……逃げれば良かったかな。


「今、逃げれば良かったと思っただろう」


「いえ、全く」


「……普通に考えれば、留まる方が危険だ。逃げるのが賢い選択だろう。だから私は逃げる機会を与えた。マグシムを1人で先に潜伏先に行かせたのもそれが理由だ。あの男の性格上、お前を逃す事を考えるだろう事は分かっていたからな。なのになぜ、私の前に現れた」


「陛下、それは……」


 私が答えようとした時、見慣れた人物が早足で近寄って来た。

 コバト大臣だ。

 そういえば大臣は陛下に同行していたのだ。すっかり忘れていた。

 コバト大臣は私を睨みながら叫んだ。


「貴様! 何だその汚らしい姿は! 陛下の御前であるぞ! しかも臭い!」


「あ……すみません。監禁されてお風呂に1週間入っていないものでして」


「なんだと!」


 コバト大臣は目を釣り上げて、私に近付いて来たが、お風呂入っていない発言をすると、鼻を押さえて数歩下がった。

 ちょっと傷付いた。


 コバト大臣は鼻を押さえたまま、陛下に向き直り、興奮しながら私を非難した。


「陛下! この女は陛下が温情で結んだ契約を無視し、逃走しようとしたのですぞ! しかも、私の領地内で火事を起こした! 即刻、処分すべきです」


「コバト大臣、少し落ち着け。カンナはこの事件の被害者だ」


「被害者などではありません。この女は神殿に不法侵入した身元も分からない怪しい外国人です。そんな女の言葉はなに一つ信用してはいけません!」


「コバト大臣、落ち着けと言っている」


「いいえ、言わせていただきます。私は陛下の為に言っているのです。怪しい人間を御身の側に置いてはいけません」


 すごい言われようだ。でもこの大臣には普段から散々言われているので、全く気にならなくなってしまった。


 コバト大臣がはっきりと言い切ると、陛下は数秒沈黙した後、コバト大臣の方に体を向けた。


「怪しい人間を側に置いているのは其方だろう、大臣」


「……は?」


 陛下からの言葉に大臣は固まった。


「其方は最近、王都にある絹の問屋と随分と親しいようだな」


「な、何を……陛下、そのような事はありません」


「問屋を王宮御用達に指名する見返りに、かなりの金を積まれているようだが。しかもそこの娘にカンナを殺すよう、けしかけたな」


「陛下! 何をおっしゃるのですか! 私が不当な事をしているとでも!」


 大臣は陛下に詰め寄り叫んだ。

 

 すると陛下がマグシムに目配せをした。マグシムが縄で縛られたあの女を連れて来る。

 女は大臣に気が付くと、目を見開き大臣にすがり付いた。


「コバト様! お助け下さい! 流刑など嫌です! お願いします!」


 女は大臣に泣きながら助けを求めた。だが大臣は女の言葉に、顔を真っ赤にして叫び女を振り払った。


「黙れ! 平民の女が気安く私に話しかけるな! こんな女は知らん!」


「コバト様! そんな、何故ですか! この外国人を殺したら、召し上げてくれると、約束したではありませんか!」


「黙れ! 汚らわしい。貴族に罪を着せるとは、死罪であるぞ!」


「そんな……」


女は絶望した顔で大臣を見ていたが、やがてガックリと地面にへたり込んだ。女が黙り込むと、皆の視線が大臣に集まった。


「……」


 この状況は良くないと感じた大臣は必死に弁解を始めた。


「陛下! こんな平民の言葉は、何の証拠にもなりません! 長年仕えてきた私を信じてください」


「確かに、平民と貴族では、貴族の発言が通るのが常だ」


「えぇ、その通りです」


「だが、紙は嘘をつかない」


「…………は?」


 うんうんと頷いていたコバト大臣の動きが止まった。


「最近、其方は裏の活動が忙しかったようだな。行動が怪しいと、マグシムから報告がきていた。なので数日前から極秘に、其方を騎士団に監視させていたのだ。コバト大臣、其方は何度もこの娘と手紙のやり取りをしていたようだな」


「陛下、一体何を言って……」


「この娘には読んだら手紙を燃やすように指示をしていたのだろう。だから其方は、証拠はないと高を括っているのではないか?」


 大臣は眉を寄せて陛下を見ると、急にハッとなり青ざめた。


「まさかっ!」


 陛下はマグシムから数枚の羊皮紙を受け取り、それを大臣の顔の前に近付けた。


「コバト大臣、其方が書いた直筆の手紙は、全て私が持っている。この娘に届いた手紙は、其方の手紙を書き写した偽物だ」


「そんな、何故……」


 大臣の顔は今にも死にそうな位、真っ青だった。


「簡単は話だ。手紙を配達した人間を買収しただけの事。詰めが甘かったな。いくら相手が平民でも、私欲の為に殺そうとした物的証拠が残っている以上、罪は免れないぞ」


 大臣は口を半開きにしたまま、立ち尽くした。


 すると今度はマグシムが大臣に近付き、書類の束を大臣に見せた。


「あなたの罪はそれだけではありません。この絹の問屋以外にも、多くの商家や貴族から、不明確な金があなたに流れている事が分かっています。大分時間はかかりましたが、これがその証拠の書類です」


 大臣は書類の束を何枚か確認すると、反論ができないと分かったのか、膝から崩れ落ちた。


 陛下はしばらく大臣を黙って見ていたが、やがてゆっくり口を開いた。


「1つだけ聞きたい。何故カンナを殺そうとした」


 大臣は項垂れながら、答えた。


「……誰しも大事な子供に悪い虫がつけば、追い払おうと思うのは当然の事です」


 大臣がそう言うと、陛下は少しだけ悲しそうな表情になった。

 大臣は私を殺そうとしたり、裏で金を貰うような最低な人間だが、大臣が陛下を大切にしていた事は私でも知っていた。


「其方は私が即位した時も、そして今までも、父上の時と変わらず忠誠を誓ってくれた。だから……残念でならない」


 衛兵に連れて行かれる――その小さくなった大臣の背中を、陛下はずっと見つめていた。






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【あとがき】

読んでいただきありがとうございます。


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