第130話 見せしめは効果がある

「結論から申し上げれば、闇サイトの運営者は冒険者のようです」


 第2階層の宿、会議室にて。信頼できる仲間たちを集めると、丈二はさっそく情報共有してくれた。


「やっぱりそうか。特定はもう済んでるのかい?」


「それはまだですが、時間の問題でしょう。少なくとも、新人たちの中にいないことは確認できました」


 それを聞いて、雪乃は顔を曇らせた。


「じゃあ、この宿の中にいるのかもしんねーのかよ……」


 おれも少し悲しくなる。


「ここまで、みんなで協力して、居心地のいい場所を作ってきたつもりだったけど、こんなことをするやつが中に紛れてたんだね……」


「ずいぶんと悪い子がいたものね。わたしの力なら、ひとりずつ、調べていくこともできるけれど?」


 ロザリンデが誘惑テンプテーションの使用を仄めかす。


 おれたちは首を縦には振らない。


「いいえ、それはよくありません。大部分の方は無実なのです。その心を無断で覗くようなことは倫理に反しております」


 フィリアに指摘され、ロザリンデはしゅんと肩を落とす。


「……それもそうね、これは悪い子のやり方だったわ。でも、それならどうするの?」


 丈二は肩をすくめる。


「今は捜査の進展を待つのみです」


 雪乃がむっと丈二を睨む。


「じゃあ闇サイトの連中を放置するってのかよ。あいつら、今この時もひでぇ依頼をこなしてるに違いねーぜ」


「いえ、放置はしません。闇サイトの依頼は、警察とこちらで常に監視しています。そして冒険者に動きがあれば、すぐ共有することになっています」


 納得したように紗夜が頷く。


「そっか、それならこれからなにをされるか見当がつくし、誰がやるのかも絞れますね!」


「なにかあれば、すぐに逮捕……うぅん、する前に逮捕できるかも……です」


 結衣の言うとおりだが、こちらの対応はそれだけじゃない。


「それにおれのツテで手に入れた資料もある。マークすべきやつの目星はついてるし、なんなら過去の件で逮捕できるかもしれない」


「そうして捜査の進展を待ち、サイト運営者が特定され次第、逮捕してもらえばいいのです」


 そこまで説明されて、雪乃も納得してくれたようだが表情は晴れない。


「それはそれでいいけどよぉ……アタシらの出番はないのか? きっちりこの手でケジメつけてやりてーって思ってたのによ……」


「そんなことはないよ、雪乃ちゃん。おれたちの本当の出番は、たぶん警察の動きが派手になってからだ」


「そりゃ、どーいうことだよ?」


「今のところ、警察官に冒険者ライセンスを持ってる人はいないんだ。つまり、逮捕されるのを恐れた連中が迷宮ダンジョンに逃げ込んだりしたら、警察には手が出せない」


 おれの言に、丈二も補足してくれる。


「加えて、闇サイト運営者はこの宿を拠点にしているかもしれないのです。これらを捕らえられるのは、同じ冒険者しかいない」


 すると雪乃は今度こそ納得してくれた。わずかながら笑みを浮かべる。


「そうかよ、そいつは腕が鳴るぜ。迷宮ダンジョンの中なら、もう好きにはさせねー」


 こうして一旦は、警察の捜査が進展するのを待つことになる。


 他の冒険者たちにも闇サイトの存在を通達し、闇依頼を受けることで犯罪に加担することになると強く説いた。


 新人訓練の際にも、繰り返しそのことを伝える。


 ただ、おれは引っかかっていた。達也に言われたことだ。


 たとえ今の連中を潰したところで、それを教訓とした次の連中が現れるだけ。


 逮捕やライセンス剥奪程度では、抑止力として不足している。もっと決定的なリスクを作り、認識させる必要がある。


 みんなとも話はしたが、いいアイディアが出ないまま保留となっている。


 いや正確には、案がなかったわけじゃない。


 実行するのは憚れて、おれが口に出せなかっただけだ。


 そして今日も、第1階層『初心者の館』で、吾郎と一緒に教官として立つ。


 闇サイトへの対応に関しては、吾郎のパーティとも共有している。彼らも、犯罪行為に対するリスクについて、いい案は無かった。


 しかし、吾郎が前々から懸念していた、迷宮ダンジョン内の歩きスマホなどの危険行為については、対策を考えてきていたようだった。


「――闇サイトについては以上だ。次で最後だが、いつも言ってるように歩きスマホは論外だが、最近は生配信してるやつも目立ってる。こいつも良くねえ」


 新人たちの何人かが不満そうな顔をする。その反応を見てから、吾郎は続ける。


「なにも、やるなっつってんじゃねえ。お前らの憧れてるモンスレや、ユイちゃんネルもやってることだからな。オレが言いてえのは、お前らの実力じゃあ、危険すぎるってことだ。歩きスマホしてようが生配信してようが、危険に対応できるなら文句はねえ」


 そして吾郎は、準備していたプロジェクターを起動する。訓練場の明かりを消すと、壁面にパソコン画面が投影された。


「だが実力不足でやってると、こういうことになる。ショッキングな絵を見せるからな。気分が悪くなったらすぐ手を上げろよ」


 吾郎はプロジェクターに接続されているノートパソコンを操作して、写真を映し出した。


 新人たちが「うっ」と声を漏らした。顔をしかめたり、目を背けたりする者もいる。


「これは、ある冒険者の遺体だ。もう見る影もないが、山村やまむら恭司きょうじ。訓練によく来てるやつなら知ってるだろう。いつも一条や葛城の写真を無断で撮ったり、やたらに騒いで注意されてたあいつだ」


 どよめきが起こる。みんな印象に残っていたに違いない。最近姿を見なかった者が、このような姿で出てくるとは思わなかっただろう。


「パーティメンバーによれば、いつの間にかはぐれてたそうだ。例によって歩きスマホしてて、お互いに気づかなかったんだ。発見されたときには、もうこの姿だった」


 吾郎は他にも、戦闘で重傷を負った者の写真や、ドリームアイに囚われて今も幻想の中にいる男の様子など、迷宮ダンジョンの危険さを過剰なまでに見せつけた。


「オレたちが何度も言うのは、お前らにこうなって欲しくないからだ」


 吾郎はこの講義を以後も繰り返し、その甲斐あって歩きスマホや生配信をする者は極端に減っていった。たまに見かけても、ちゃんと魔物モンスター除けを使っている。


 その分、冒険者は無理だと辞めてしまう者も多かったが、それはそれで正しい判断だったろう。


「死んだやつを、見せしめにしてるようで気分はよくねえんだがな」


 吾郎はそう言うが、効果があったのも事実だ。


 そう。は、その行為をやめさせるのに効果がある。


 きっと犯罪に対しても。


「やっぱり、これしかないのかな……」




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次回、考える拓斗の前にある冒険者が現れます!

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