第114話 思春期のアレコレ

「順を追って説明すると、おれの知ってるその上級吸血鬼は、いわゆる色情魔しきじょうまだった」


色情魔しきじょうま? それはどんな魔物モンスターなの?」


「まさか上級吸血鬼は、サキュバスやインキュバスに派生進化するのですか?」


 ふたりに問われて、慌てて手を振って否定する。


「いやいやいや。ただの上級吸血鬼だよ。要するに、とてつもなくスケベな人だった」


「まあ。ハレンチなのね……。うん? でも待って? タクト、あなたはわたしと似た感じの人がいたと言ったわ。それはつまり、わたしもスケベだと言いたいの?」


 おれはロザリンデからそっと目を逸らした。否定はしない。


「それはさておき、話を続けるね」


「ちょっと! 答えなさい!」


 唇を尖らせながらロザリンデがこちらを睨む。それはそれで可愛らしいが、隣にいる丈二に睨まれるのはかなり怖い。べつに悪口を言ってるわけじゃないんだから勘弁して欲しい。


「えっとね、その人は吸血衝動を抑えるのに、肉体的な快楽を利用していたんだ。退屈を持て余すと、必要以上に血を吸いたくなるからって」


「一条さん! あなたはまさか、ロザリンデさんにもそうしろと言うのではないでしょうね!?」


 いよいよ丈二が凄んでくる。おれは身を引きつつ、否定する。


「そうじゃない。ただその人と似た感じだから、吸血衝動は代替行為で満たすこともできるはずだって言いたいだけなんだ」


「そもそも、その色情魔な吸血鬼ヴァンパイアと、ロザリンデさんのどこが似ているというのです」


「そうよ! わたし、そんなハレンチじゃないわ!」


「……いや、ごめん。今のロゼちゃんは……結構スケベだよ?」


 ロザリンデは面食らった。ちょっと赤くなる。


「な、なにを根拠にそんな……」


「おれの目の前で、初対面の丈二さんにキスしたりしてたし」


「あれくらいは挨拶だわっ」


「まあそうだとしても……うん、もうロゼちゃんは大人だと思うから言うね。上級吸血鬼の吸血は、食事みたいなものだ。同時に、仲間を増やすための行為でもある。これがどういう意味を持つか、わかる?」


「うん……?」


 ロザリンデは眉をひそめたが、隣にいる丈二は気付いたようだ。


「まさか……それは……」


 ロザリンデの前で口にするのははばれるのか、丈二は最後まで言えない。


 仲間を増やす行為とは、つまり生殖活動だ。ゆえに性的な快楽も感じるものなのだそうだ。


 おれの知っているあの上級吸血鬼は、そういった快楽への欲求が強すぎた。けれど無闇に血を吸うのは嫌だった。だから代わりに、異性との肉体的な行為をもって、欲求を満たしていたのだ。


 ちなみに、おれもその女性ひとに押し倒されたことがある。まだ10代で、初めてだったおれに、拒否するような理性があるはずがなく……。


 いや忘れよう。特にフィリアには絶対に秘密だ。


「ねえジョージ、あなたはわかったの? どういうこと? 教えて?」


「ああ、いや……えぇと……」


「いや、ここはおれから説明するよ」


 おれは責任を持って、説明することにした。


 とはいえ、ロザリンデが、そこまで性欲が強いとは思わない。


 なぜなら、話を聞く限り、衝動が強まるのは、退屈しているときのみだからだ。


 そして他の楽しいことをしているときには、吸血欲求は湧いてこない。


 男子なら、かなりの割合で経験があるのではなかろうか。初めて性的な快楽を知ってしまったあと、しばらくの間、暇になるたびに自慰行為に走ってしまったような経験が。


 けれど他のことに夢中になっているときなら、その欲求は忘れられる……。


 ロザリンデはきっと、それと同じ状態にある。


 ……ということを、おれは非常に気を遣いながら、ハラスメントにならないように説明した。


 保健体育、とても大切。


「……わ、わた……わたし……なんてこと……なんてこと……」


 ロザリンデは顔を真っ赤にしたままうつむき、ブツブツとうわ言のように繰り返していた。


「恥ずかしがったり、悪いことだなんて思わなくていい。誰にだってある、当たり前レベルの欲求なんだ。ちゃんと向き合って、折り合いをつけていけばいいんだよ」


 丈二も頷いてくれる。


「……そうですね。思春期のアレコレは、いずれ落ち着くものです。その間は、他の楽しいことで紛らわせていけばいいでしょう」


「で、でも……わたしは、しばらくはまたひとりだから……」


「なら、私が好きな本などを持ってきますよ。退屈なんてあっという間に飛んでいきます。ロザリンデさんにも、私の好きなものを知っていただきたいですし」


「あなたが好きなものなら、もう知っているわ」


「いいえ。なにを好きかは知っていても、好きになったそのものについては、まだ知らないはずです」


「……そうね。そうだったわ。なら、あなたをもっとよく知ることができるのね」


「はい。そしてあなたがなにを好きになるのか知れたのなら、わたしもあなたをもっと知ることができる。とても素晴らしいことです」


 はにかむロザリンデに、微笑みで応える丈二。


「もしそれでも落ち着かなかったら、また相談に乗るよ。おれたちに話しづらいなら、フィリアさんや紗夜ちゃんたちでもいい」


「え、ええ。そうさせてもらうわ。ありがとう、タクト。一応、不安は、晴れたわ」


 また赤面するロザリンデだが、もうそこには触れない。デリケートな話題に必要以上の介入は厳禁だ。


「ではロザリンデさん。今日のところは、私のスマホとモバイルバッテリーを置いていきます。電子書籍がたくさん入っています。次に来るまでの暇つぶしには充分でしょう」


 丈二はロザリンデにスマホを手渡し、操作方法などを教えてあげた。


「ありがとう、ジョージ。でもこれがなくてあなたは困らないの?」


「すぐ別のを用意して戻って来るから大丈夫ですよ」


 それからロザリンデと別れての帰り道。


 丈二は晴れやかなため息をついた。


大事おおごとにならなそうで、本当に良かった……」


「どうかな。これから、君にとって大事おおごとになるかもしれないよ」


「怖いことを言わないでください。なにが起こるというんですか」


「この先、落ち着いたとしても人並の欲求は残るんだ。抑えが効かなくなるときもあるかもしれない」


「そのときは、今日のように血を吸わせてあげればいいのでしょう?」


「気持ちがたかぶれば、君が死ぬまで吸っても足りないかも」


「だったらどうしろと?」


「満足するまで抱いてあげればいい」


 丈二は一瞬声を詰まらせた。


「なる、ほど……。それは確かに大事おおごとです……」


 そう言って丈二は、思春期の男子みたいに照れてうつむくのだった。




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