第112話 しばし別行動ですね

「フィリアさんならできそう?」


 彼女の表情から、答えはもちろんイエスだと思っていたのだが、フィリアは首を横に振った。


「正直なところ、実現可能な魔法をわたくしは知りません。ですが、できるかどうかではないのです。やってみせるのですっ」


 胸元でぐっと両拳を握ってみせる。


「気合入ってるね」


「それはもちろんっ。迷宮ダンジョンの中でネットが繋がるなんて、これほど素晴らしいことはありません。攻略の様子を生配信することさえ可能なのです! これは大、大、大人気間違いなしですっ!」


「それはそうかもしれないけど、スマホ本来の機能が発揮されるようになれば、救援要請だとか、マップの共有とか、他にも色々便利になるよ」


「はい、夢がありますっ」


 対し、敬介は苦笑いだ。


「あんまり期待されると、ダメだったとき申し訳ないんですけど……」


 すると店の奥からミリアムが顔を出した。


「ケースケ~、自信がないのはわかるけど、気にしすぎだよ~。こういうのはダメで元々、上手くいったらお慰み、ってくらいに考えとけばいいの。どうせ専門家でも一発成功なんて滅多にないんだから、気楽に構えなよ~」


 なかなかいいアドバイスだ。


 でも手に握っているゲームコントローラーのせいで、いまいち締まらない。敬介に店番やらせて、店主はゲームやってるのか……。


「アタシもマルギットに何回負けたかわかんないし、一度は心折れたけど、それでも挑戦し続けたら倒せたんだよ。とにかく続けることが大事なんだよ」


「店長、言いたいことはわかりますが、マルギットはまだ弱いほうのボスキャラなので、この先、何度も心が折れると思います」


「まじかー……ひどいゲームだなぁ、これぇ……」


「そこがいいんですけどね」


「ミリアムさん、仕事しなよ……」


「ぶー、今日はアタシはお休みなの。昨日まで死ぬほど働いたんだし、ゲームくらいいいじゃん。こうして顔だって出してるんだしさぁ」


「でもまあ、店長の言うとおりですね。何度でも挑戦すれば、いつかは成功するわけですし」


 フィリアもこくこくと頷く。


「その意気です、早見様。一緒に頑張りましょう!」


 それからフィリアはこちらに懇願するような目を向けてくる。


「タクト様……わたくし、こちらでしばらく新アイテム開発に専念したく思います」


「わかった。これはフィリアさんと敬介くんにしかできないだろうしね。敬介くん、よろしく頼むよ」


「あ、はいっ」


 それから、敬介をジッと見ながら小声で告げる。


「ただし、変な気は起こさないでね?」


「はい?」


 ミリアムが、くすくすと笑った。


「タクト、心配しすぎだよ~。フィリアなら平気。アタシも見ててあげるから」


「うん、くれぐれもよろしくね」


「あいよー」


「タクト様は、これからどうなさいます?」


「募集した求人の面接とかやっておくよ。丈二さんと迷宮ダンジョンにも行く思う。ロゼちゃんと会わせてあげたいしね」


「わかりました。では、しばし別行動ですね」


「おれは、ちょくちょくこっちにも顔出すつもりだけどね」


「はい。それでも……えぇと、タクト様、こちらへ」


 フィリアは、ミリアムと敬介のほうを見てから、恥ずかしそうにおれの手を引いた。


 小物商品が陳列された棚の影に入る。ミリアムも敬介からも見えない位置だ。


「しばらく会えない分、タクト様の成分を補充いたします」


 そう宣言して、フィリアはおれに抱きついてきた。胸元で、すーはー、と大きく深呼吸を繰り返す。


「じゃあおれも、フィリアさん成分を補充だ」


 おれも抱きしめてあげて、体温を交換し合う。


 かれこれ十数分。ミリアムにツッコミを入れられるまで、おれたちはそうしていた。



   ◇



 その後は、プレハブ事務所で書類審査や面接日程の調整。数日後には丈二と一緒に面接をして、続いて、最終選考者を迷宮ダンジョンへと連れて行った。


 彼らの冒険ぶりも、重要な選考基準だ。それに加え、グリフィン騎乗者は、グリフィンたちとの相性も基準となる。


 グリフィンたちはすでに人間に敵愾心はなく、初対面の者にも温和な態度で接してくれたが、騎乗させるとなると話はべつだ。


 おれは難なく乗せてもらえるが、初対面の丈二や、他の志望者たちはそうはいかない。


 これはもう、乗れた時点で合格としていいだろう。


 結局この日は、合格者は出なかった。


 宿の管理人や売店店員はともかく、グリフィン騎乗者の選定は時間がかかるかもしれない。


 結果の連絡は後日ということにして、応募者たちには帰ってもらった。その後のことだ。


 ロザリンデと合流しようと、トランシーバーで連絡したのだが……。


『来ないで……』


 彼女は拒否したのだ。


「どうしたの、ロゼちゃん。せっかく丈二さんも来てくれてるのに」


『ジョージ……?』


 おれはトランシーバーを丈二に渡す。


「ロザリンデさん。会いに来ましたよ。今はどちらに?」


『やだ、ダメ! 来ないで、お願い!』


 それを最後にロザリンデは会話を打ち切った。何度声をかけても応答はない。


「一条さん」


 丈二の深刻な声に、おれはすぐ頷く。


「探しに行こう。おれには魔力探査がある」


 おれたちはそれ以上の言葉は必要とせず、早足で捜索に向かった。


 数時間後には、手がかりを見つけた。


 血を吸われて死んだ魔物モンスターだ。そこに残された歯型を確認して、丈二は自分の腕に残る吸血痕と見比べる。


「ロザリンデさん……。一条さん、これは……やはり恐れていたことが?」


「……ああ。たぶん吸血衝動が抑えられなくなってるんだ」


「人が襲われて血を吸われたという報告は、まだ上がってきていません」


「うん。ロゼちゃんはまだ一線を越えてない。でも越えてしまうのが怖いんだ。だからおれたちにすら会いたくない」


「冗談じゃありません。こんなときだからこそ、私たちに頼るべきでしょうに!」


 丈二はますます真剣に捜索に打ち込んだ。寝る間も惜しむ彼に、おれも黙って付き合った。


 そして、ついにロザリンデの姿を見つけた。


 両手で捕まえたエッジラビットの血を、貪るように吸っている。可愛らしいゴシック風の服装が、血に汚れてしまっている。


「……ロザリンデさん」


「――!?」


 ロザリンデは驚愕で固まった。みるみるうちに顔を歪め、瞳を潤ませる。血塗れの両手で顔を隠し、その場にしゃがみこんでしまう。


「見ないで! こんなわたしを見ないで!」


「安心してください。私たちは、あなたを助けに来たんです」


「ダメよジョージ! わたしに、その姿を見せないで……!」


 ロザリンデは悲痛な泣き声で訴える。


「わたしは、あなたを吸いたくて吸いたくてたまらないの!」




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果たしてロザリンデの運命は?

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