第106話 いつぶりかしら、お友達ができたのは

 今度の食事は、軽く塩を振って焼いた程度の肉だ。


 グリフィンたちは期待とは違うのか、少し残念そうにしているように見えた。


「ご馳走は、特別な時にね」


 と、焼いた肉を切り分けて、差し出してあげる。


 言葉が通じるわけないが、グリフィンは賢い魔物モンスターだ。なにかしらこちらの意図を察してくれたのか、やがて食べてくれる。


 グリフィンに与える合間に、おれたちも肉を口にする。


 そうしてグリフィンたちと仲良く食事する様子は、動画に収めておいた。


「食事が終わったら次は移動でいいのかな?」


「はい。屋敷へ移動して、そこで巣作りのお手伝いをしてあげましょう」


 昨日、おれたちと一緒に寝てくれた時点で察していたが、このグリフィンの群れは新しく、巣をまだ持っていないらしい。


 正確には、巣を作り始めたばかりといったところだろう。


 周囲を確認してみたが、木の枝がわずかに積み重ねられている場所があった。作りかけの巣だ。


 これくらいなら、この地に執着しないだろう。


「ところで不思議だったのだけれど」


 自分の分を食べ終えてから、ロザリンデは口を開いた。


「どうしてわたしの誘惑テンプテーションを使おうと思わなかったの? グリフィンの数匹なら簡単に操れたけれど」


「……その手もあったかー」


「これはうっかりしていました……」


 おれとフィリアは揃って、そのことを忘れていた。


「呆れたわ。わたしが誘惑テンプテーションを使えば、あんな殴り合いもすることもなかったのに」


「まあ、でもほら、あれって不測の事態で効果が切れるでしょ? なにかの拍子に急に暴れられたら困るしさ」


「そうなの? 完璧な能力だと聞いていたのだけれど」


「もしかしてロゼちゃんは、使ったことない?」


「ええ、使い方はわかるけれど」


「なら知らないのも無理ないか。丈二さんなんか、効かないくらいだったからね」


「そうなのね。さすがジョージだわ」


「ま、そんな能力使わなくても、彼は君に夢中だけどね」


「ふふっ、そうね……」


 嬉しそうに笑うロザリンデだったが、おれは考えてしまう。


 彼女が、屋敷で丈二の血痕を舐めようとしたことだ。


 あれ以来、あんな様子は見せていない。


 グリフィンとの戦いで負傷したおれの血にも反応はなかった。丈二の血にのみ反応するのか、あるいは……。


「でも、使わなくて良かったかもしれないわね。簡単な手段を取ったら、こんなに楽しんでいられなかったもの」


「そっか、ロゼちゃんは楽しんでくれてるのか」


「ええ、こうして誰かと食事を取るのも、魔物モンスターと仲良くなるのも楽しいわ。それに、タクトとグリフィンの力比べもなかなかエキサイティングだったわよ」


「はい、これは公開するのが楽しみです。きっと大人気間違いなしです」


 いつもの調子で言ってから、フィリアは穏やかに笑う。


「ですが、そんな風に一緒に楽しんでいただけるロザリンデ様だから、上級吸血鬼だということを忘れてしまうのかもしれません」


「そもそも今こうしているのは、わたしが上級吸血鬼だったせいだというのに?」


「それはそうなのですが、ロザリンデ様は上級吸血鬼である以前に、わたくしたちの可愛らしいお友達という感じがしているのです」


「お友達……そうね、いつぶりかしら、お友達ができたのは」


 おれもフィリアに同意して頷く。


「友達なら、相手の属性なんて関係ないもんね。上級吸血鬼の能力なんて、おれたちが忘れてるくらいがちょうどいいのかもしれない」


「なら、本当に必要なとき以外は温存しておこうかしら。そのほうが魔素マナも消費しなくていいし」


「うん、それがいいよ」


 おれが恐れているのは、上級吸血鬼の吸血衝動だ。


 ロザリンデは長年、人の血を吸ってこなかったが、この前初めて人の血を吸ったことで、その味を覚えてしまった。


 その衝動の現れが、屋敷での行動かもしれない。


 そして、能力の使用が衝動を加速させるかもしらないし、その結果、他の上級吸血鬼と同じように人を襲うようになるかもしれない。


 もちろん、人間に友好的な吸血鬼は人を襲うことはなかったし、ロザリンデだって血を吸う前は長年耐えてきたのだ。おれの杞憂でしかないかもしれない。


 でも、万が一には備えなければならない。観察して、可能なら対策を見つけておかなければならない。


「……どうしたのタクト? 昨日から妙に熱視線を感じるわ。残念だけどわたしにはジョージがいるし、あなたにはフィリアがいるでしょう?」


「いや、そういう目で見てるわけじゃ……」


「タクト様……」


 ぽとり、とフィリアが食器を落としてしまう。


 その瞳に涙が溢れていく。


「や、やはり、わたくしなどでは、ダメだったのですね……」


「違うよ! それは本当に違う!」


「ですが先ほども、お目覚めのキスを拒否されました……」


「いやあれ君も起きてたし……っていうか、これには事情があって……!」


「事情?」


 ロザリンデが首を傾げる。悪いが、彼女には聞かせられない。


 おれはフィリアの手を引いて、その場から一旦離れる。


 内緒話をしてもロザリンデには聞こえてしまうので、スマホのメモ帳アプリで文章を打って、フィリアに見せた。


 ロザリンデの吸血衝動に対する懸念についてだ。


 フィリアはそれで納得してくれた。しかし戻ろうとすると、服の裾を掴まれる。


 自信なさげに、そして恥ずかしそうに顔を赤らめながら、スマホ画面を見せてきた。


『それはそれとして、キスはして欲しいです』


 黄色い綺麗な瞳で上目遣い。


「しょうがないなあ。不安にさせちゃってごめん」


 ご要望の通りにしてあげる。


 そうしてフィリアは機嫌を直してくれた。


 でも、その最中ずっと、興味ありげなグリフィンたちにジーッと見られていたのは、少々気まずかった。


「では、食事も終わりましたことですし、移動しましょう!」


 とっても上機嫌に先導するフィリアである。


 グリフィンたちももちろん連れていくが、体が大きい分、歩幅が大きく、おれたちとは足並みが揃わない。


 おれたちもそこそこ早足なのだが、彼らからすれば、かなりゆっくりに感じているだろう。


 やがてオスのグリフィンが、つんつんとおれの背中を軽くつついた。


「どうしたの?」


 するとグリフィンは、おれと自分の背中のほうへ交互に視線を送る。


「もしかして、乗れってことかい?」


 おれが彼の背中に触れると、肯定するようにしゃがんでくれた。




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グリフィンの乗り心地はいかに!?

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