第94話 だ、ダブル変身……ッ!?

 さすがにロリコン疑惑は可哀想なので、おれは丈二を弁護してあげることにした。


「3人とも、勘弁してやって。丈二さんが惚れたのは、彼女が大人に変身した姿なんだ」


「へー……」


「ほおー」


 結衣も吾郎も反応が薄い。紗夜も、まだ訝しんでいる。


「じゃあ今の小さい姿でも、どうして津田さんはデレデレしてるんです?」


「これでも落ち着いてるよ。大人の姿のときは、理性を失いかけてた。まあ姿が変わっても同一人物だし、一目惚れしたときの印象のままなんだと思う」


「ふぅん」


「あと、丈二さんの恋愛観が中学生みたいなのがねー……」


「……あー、こじらせちゃった感じなんですねー……」


 紗夜は丈二に生ぬるい笑顔を向けた。


「えっと……頑張ってくださいね」


 丈二は顔をしかめた。


「なぜでしょう、不当に貶められた気がするのですが」


「気のせいだよ」


 ふぅ、と吾郎は小さくため息をつく。


「まあ犯罪じゃねえならいいか。……それよりよ、その嬢ちゃんがいるせいで、吸血鬼になりかけた連中に悪影響が出たりはしねえよな?」


「なりかけた? ごめんなさい、ジョージ、下ろして」


 丈二が下ろしてあげると、ロザリンデは野営地をぐるりと見渡した。


 それから紗夜に目を留める。


「あなたと……あの木に縛られてる子たちが、そうなのね?」


「あ、うん。あたしたち、吸血鬼ヴァンパイアになりかけてたけど、元凶がもういないから、人間に戻っていってる途中みたいなんだけど……」


「そう。それで地上に帰らずにいたのね」


 ロザリンデは丈二を見上げた。


「ねえジョージ、わたし、早くあなたと一緒に行きたいわ。この子たち、わたしが治してあげてもいいかしら?」


「治せるのですか!?」


「ええ、簡単よ。悪い子の魔素マナを排出して、それから自然治癒力を高めてあげればいいの」


「では、ぜひお願いします」


「ええ、任せて」


 ロザリンデは、まず木に縛られた半下級吸血鬼たちに向かった。ダスティンの魔素マナを操って排出し、治癒力を上げる魔法をかける。


 すると、異形になりかけていた体が、目に見えるほどの早さで、もとの姿に近づいていく。


 これなら数時間――いやもっと早く完治するかもしれない。


 続いて紗夜にも同様の処置がおこなわれた。こちらは体の変化はほとんどない。数分もしたところで、ロザリンデから完治と宣言された。


「ありがとう、ロザリンデちゃん――うぅん、ロゼちゃんって呼んでもいい?」


「ええ、いいわ。サヨ、体に違和感はない?」


「うんっ、平気そう。でもちょっと残念。霧で服装変える能力、便利だったのに。あっ、でもあたしが作ったメガネとかは消えてないんだ」


「能力で作った物なら消えるはずよ?」


「あれぇ? じゃあ、もしかして?」


 紗夜は魔力を集中させると、自分のメガネを霧化して再構成した。しっかりと度付きの物らしい。


「わぁ、できちゃった?」


「まあ。あなたすごいわ。上級吸血鬼になりかけたことで、霧化に使う魔素マナの操作を感覚的に理解したのね」


 見守っていた丈二と結衣が、顔を見合わせる。


「つまりこれは」


「いくらでも、変身動画……撮れます」


 無言で頷き合い、スマホを取り出す。


「葛城さん、記念にやってみましょう」


「なんで記念で変身するんですっ? 嫌ですよっ」


「でも紗夜ちゃん、本当は好き……でしょ?」


「なんでっ?」


「なんだかんだ、撮り始めたらノリノリ、だし……」


「ぐぬぬ」


 困り眉の紗夜の隣で、ロザリンデは興味津々にスマホを覗き込む。


「それがスマホなのね? これでなにをしようとしているの?」


「動画を撮影しようとしていたのですよ」


「動画?」


「こういうものです」


 丈二は適当な動画を再生する。ロザリンデは目を輝かせた。


「すごいわ。目の前の出来事を切り取って残しておけるのね。でもあなたたちはサヨになにをさせようとしていたの?」


「服装が大きく変わる様子が、可愛らしく格好良かったりするので、あとで何度でも見返せるように撮影するのです」


「そう……ジョージは、そういうのも好きなのね?」


 ちょっと恨めしそうな上目遣い。丈二はそれに気づかない。


「はい。まあ、そちらにいる今井さんと似たような趣味です」


「ふぅん……」


 さっそく紗夜に迫っている結衣を横目に、ロザリンデは唇を尖らせる。


「わたしも、同じことできるわ」


「はい?」


「わたしも可愛く格好良く、姿を変えられるわ。ジョージは、わたしをもっと見るべきだわ」


 撮影を始めた結衣の前に躍り出て、紗夜の真似をしてポーズを決めつつ服装を変えてみせる。


「だ、ダブル変身……ッ!? 津田さん、すごいです、これは絶対大人気です……!」


「あ、いや……」


「津田、さん?」


「なんといいますか、ロザリンデさんの姿を公開するのは、気が引けるといいますか……」


 結衣はジト目で丈二に迫った。


「自分の彼女の姿は、独り占めしたい……と?」


「これが独占欲かどうかはわかりませんが」


「ずるい、です。ユイも、彼女を公開してるのに」


「結衣ちゃん、あたし彼女じゃないよっ」


「ジョージ、どうしたの? はやく撮るべきだわ」


 なんやかんや賑わっている様子を、おれやフィリアは、少し離れて見ていた。


 フィリアはため息をついた。うつむき気味だ。


「どうしたのフィリアさん? 今は少しくらい遊んでてもいいと思うけど」


「いえ……そのことは気にしていないのですが……」


「なにか心配事?」


 フィリアはまた小さくため息。


「わたくし、このままでは葛城様の期待を裏切ってしまいます……。せっかく先生と呼んでくださっていますのに、才能で完全に負けています。いつか幻滅されてしまいます……」


 おれは彼女を抱き寄せて、ぽんぽんと背中をさする。


「大丈夫だよ、フィリアさん。魔法の才能じゃおれも紗夜ちゃんに敵いそうにない。他のことで頑張ればいいし、もし生徒に追い越されるなら、それはそれで喜ばしいことじゃない」


「……はい。そう……そうですね。すみません、嫌な夢を見せられたせいか、すぐ弱気になってしまいます。いけませんね」


「そういうときは思い出して。君の夢は、最強の魔法使いになることじゃない。居場所を失くしてしまった誰かの受け皿になること……でしょ。それ以外のことなら、あんまり気にしなくていいはずだ」


「……はい。そうでしたね。ありがとうございます」


 フィリアは儚げに笑った。


 それから、むんっ、とばかりに胸元で両手を握りしめて気合を入れる。


「わたくし、頑張ります。どなたかのお役に立てますように」


 そして地上に戻ってしばらくの後、フィリアは自身の言葉通り、ロザリンデの居場所のため奔走することとなるのだった。




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次回、生配信回です!

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