第70話 パーティは互いに補い合うものでしょう?

「タクト様、無理をしすぎです。もう少し休んでください!」


 おれはフィリアに手を掴まれて、引き止められた。


「あはは、大袈裟だよ。おれはもう充分休んだって」


 おれだけ、休憩を早く切り上げただけだ。


「いえ一条さん。フィリアさんの言うとおりです。オーバーワークですよ。目の下にクマもできています」


「気のせいだよ」


 あれから数日、おれたちは探索を続けていた。休憩や野営のたびに、おれは可能な限り広範囲に周囲を見回っている。上級吸血鬼の存在の有無を、できるだけ早くはっきりさせるためだ。


 もしおれがその痕跡を見逃すようなことがあれば、犠牲になるのはフィリアや、紗夜や結衣、吾郎パーティ……この迷宮ダンジョンに挑む大切な冒険者の仲間たちだ。


 知っている人間の誰かが、下級吸血鬼に変えられたりしたら、どれだけつらいか。


 友人に、この手でトドメを刺すようなこと、二度としたくはない。


 だから手は抜けない。ちょっとの無理くらい、許容範囲だ。


「いいえ、タクト様。疲労が溜まっているのは明らかです」


「いやいや、おれのステータス知ってるでしょ? ふたりよりずっとHP体力高いし、平気だよって」


 フィリアは小さくため息をついた。


「仕方ありません、津田様、やってしまいましょう」


「はい。一条さん、失礼」


「え? わっ!?」


 完全に油断していたおれは、丈二の素早い足払いをくらい、気持ちいいくらいの勢いで転倒した。


 その背中をフィリアが受け止めてはくれたが、支えてはくれず、ゆっくり下されていく。


 そして、ぽふっ、とおれの頭は柔らかいなにかの上に着地した。


 真上には、おれを覗き込むフィリアの顔。黄色い綺麗な瞳が、慈しむように見つめている


「フィリアさん……」


 フィリアに膝枕されてしまっている。


 さらに両手で肩に押さえつけられた。


「ほらタクト様、こんなにあっさり倒せてしまいましたよ」


「そりゃ不意打ちされたら」


吸血鬼ヴァンパイアに不意打ちされても、同じことを仰るのですか?」


「むぅ……」


「そのままお休みください。本当に上級吸血鬼が現れたときには、タクト様が頼りなのですから。こんな状態では困ってしまいます」


「聞き分けていただけないようでしたら、もう一撃して無理やり寝ていただきますよ」


 ふたりに言われて、おれは観念した。確かにこの疲労では、もしものときに役目を果たせないかもしれない。


「わかったよ……。少し、休むよ」


「はい、眠ってしまってください。タクト様」


「気が立ってて、すぐには眠れないよ」


「目をつむっているだけでもいいですから」


「……うん」


 フィリアの微笑みと優しい眼差しに頷き、目をつむる。


 瞼の裏には、この前倒した下級吸血鬼の姿が浮かぶ。


 色々な思考が波のように押し寄せる。


 野良だったらいい……。でもそうでないなら? ずっと昔に作られた下級吸血鬼なのか? 新たに作られたなら、その材料は? 迷宮ダンジョン出現の影響で転移してきた、異世界リンガブルーム人が犠牲になった可能性も……。


 フィリアの手がおれの髪や頬を撫でてくれて、その心地よさに思考は霧散する。


 太ももの感触と、滑らかな手の感覚がやけに安らぐ。


 心が落ち着いていく気がしたときには、おれの意識はもう遠のいていた。


「……おやすみなさい。タクト様」


 それから、どれだけ経っただろう?


 まどろみの中、耳に届いたのはフィリアの鼻歌だった。上機嫌そうな声色で、相変わらずおれの頭を撫でてくれている。


 ちょっと汗っぽいけれどその分だけ濃い、フィリアの匂い。幸せなような、愛おしいような、ふわふわした感覚。


 まずいなぁ、と思う。やるべきことがあるのに、ずっとこのままでいたい。


「……あ、タクト様。起きてしまいましたか?」


「ん……。まだ起きたくない。ずっとこのままでいたい……」


「まあ、甘えん坊さんです。いいのですよ、もっとお休みください」


「……うん」


 そっと寝返りを打つ。丈二がスマホを構えているのが一瞬見えた。気にせず目をつむり――。


 ――いや、やっぱ気になるわ。


 上半身を起こし、丈二を睨みつける。


「丈二さん、なにやってんの?」


 丈二はポチッとなにか操作した。おそらく録画停止ボタン。


「よし」


「よしじゃないよ。なにもよくないよ」


「いい動画が撮れました。フィリアさんに甘えるモンスレさん。この意外な一面は、きっと大好評でしょうね」


「公開なんてしたら、本気で後悔させてやる」


「公開だけに?」


「あっはっはっ」


 ふたりで笑い合ってから、おれは再び丈二を睨んだ。


「ぶっ飛ばすよ?」


「大丈夫、公開なんてしませんよ。葛城さんたちへのちょっとしたお土産です」


「それもやめてよ。頼りになる先生のイメージが壊れちゃうじゃん」


「やめて欲しければ、今後は無理はしないでくださいね。私たちはパーティです。レベルの低い私が言うのもなんですが、パーティは互いに補い合うものでしょう? 一条さんだけが無理をするのは、間違っています」


「でも、上級吸血鬼に関してだけは――」


「わかっておりますよ、タクト様。けれど、おひとりでは限度があります。もちろん、ひとつのパーティでも」


「予定の期間探索してもその痕跡が見つけられなければ、レベル2パーティも加えて大規模調査をおこないましょう。無論、危険性は伝え、細心の注意を払ってのこととなります」


「……確かに、こんなに広い以上、おれひとりが頑張っても難しいか……」


 フィリアの膝枕で安眠したからか、少し頭がすっきりしている。ふたりが正論を言っているのだと今ならわかる。


 そもそも、おれひとりが無理をして、仮に見つけたところで、上級吸血鬼に対抗する術はまだないのだ。


 そんなことも見失っていたなんて、おれはよほど焦っていたらしい。


「……ごめん。わかったよ、言う通りにする。その代わり、大規模調査の実施はおれが対抗策を作ってからにしてもらうよ」


 丈二は微笑んで頷く。


「ええ、参加パーティの選抜や、先行調査結果を周知する時間も必要ですからね。それでいいと思います」


「ありがとう。じゃあ、休憩はもう充分だ。先に進もう」


 話がついたところで、おれたちは準備を整えて出発した。上級吸血鬼の痕跡は引き続き探しつつ、当初の予定どおりに正面方向へ進み続け、第2階層の端を目指す。


 そしてさらに数日後、おれたちは結論づけた。


「第2階層に、端なんてなかったんだ」




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読んでくださってありがとうございます!

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