第32話 新商品の販促動画にいたします

「美幸さん、その後、変わりはないですか?」


 迷宮ダンジョン前で、再会した美幸に尋ねてみると、不安そうに周囲を窺いつつも、頷いてくれた。


「ええ、今のところは平気みたい」


 数日前、行方不明となった美幸を探しているという投稿をSNSで見かけたおれたちは、まず美幸自身に確認を取った。


 彼女の返答は「絶対に教えないで」だった。


 よくあるのだ。ストーカーなどの加害者が、逃げた被害者を探すためにSNSで呼びかけ、人々の善意につけ込んでまんまと情報を得るという手段が。


 SNSに慣れていないフィリアも、おれが止めなかったら善意で美幸の居所を伝えていたかもしれない。


 そしてそれはフィリアに限らない。他の誰かが、すでに伝えてしまっている可能性もある。


「事情は聞きませんけど、もしなにかあったら言ってください。力になりますから」


「ありがとう、一条くん。そっか、一条くんはそういう距離感なんだ?」


「踏み込まれるのは嫌かと思って。冷たいように聞こえたらすみません」


「うぅん、そうじゃないの。それくらいが、心地いいなって……」


 美幸はちらりと自分の左薬指を見た。指輪のあとを。


 軽く頭を振ってから顔を上げる。


「それより、今日はなにか見せてくれるって言ってたでしょう? なになに、なぁに?」


 無理に明るさを取り繕っているのは明白だったが、おれもフィリアも知らないフリでそれに乗っかった。


「それは、こちらになります」


 フィリアが取り出したのは、先日、武器屋『メイクリエ』の女店主ミリアムに依頼していた試作品だ。


 大きさは350mlペットボトルと同程度。シンプルな筒状になっていて、必要に応じて上部をスライドして中身を露出させられる構造になっている。バックパックにぶら下げられるよう、チェーンもついている。


「これって……なに?」


魔物モンスター除けですよ」


魔物モンスター除け? へええ、どうやって使うの?」


「それはこれから、実践しながら説明しますよ」


「動画撮影しながらになりますので、進行が遅くなるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」


「ええ、私は構わないけど……動画?」


「はい。新商品の販促動画にいたします」



   ◇



 おれはフィリアが構えるスマホを前に、緊張しながら口を開いた。


 なんでおれが……とか思わなくもないが……。


「ご視聴ありがとうございます。わたくし、最近巷で噂のリアルモンスタースレイヤーです。今日は迷宮ダンジョン探索に画期的なアイテムをご紹介させていただきます」


 真面目に撮影するフィリアの後ろでは、笑いをこらえている美幸がいる。


 やめて。こういうの慣れてなくて恥ずかしいんだから。笑われたら、立て直せる自信がない。


「まずは普通に迷宮ダンジョンに潜ってみましょう。魔物モンスターが出て、とても危険です。ちょっと進んで、どんな感じか見てみましょう」


 というわけで、迷宮ダンジョンを進んでいく。


 この辺は台本(フィリア作)にセリフはないので、黙ったまま進んでいく。


 なにも起こらなかったら編集でカットするそうだが、危険さを伝えるためには、なにか起こってくれなければ困る。


 そろそろエッジラビットでも来ないかなー、とか思っていたら、目の前に唸り声を上げる四足の大型魔物モンスターが現れた。


「おっと、魔物モンスターです。ウルフベア――って私は呼んでるんですが、ドウクツクマオオカミが日本での正式名称ですね。第1階層では、賞金首だったグリフィンに次いで強力な魔物モンスターです」


 臆病で、人のいるところには自分から近づいてこないが、今回のように徘徊中に出くわすこともある。そうなると、臆病さが裏返り、凶暴さを発揮して襲いかかってくる。


「戦闘なのでちょっと黙ります! ふたりともちょっと下がって!」


 フィリアたちに避難を促してから、おれは頭を戦闘へ切り替え、剣を抜いた。新装備の盾を構える。


 ――がぁあああう!


 突進を充分に引きつけてから、紙一重で左へ回避。ウルフベアは頭をこちらに向けつつ減速。方向転換して、再び駆けてくる。


 その正面から、おれも突っ込んだ。


 ウルフベアが加速し切る前に接近。噛みつこうと大口を開けて飛びかかってきた瞬間、その下顎を、アッパーカットのように盾で強く殴り上げた。


 ――がぅう!?


 飛びかかってきた勢いと打撃の衝撃が合わさり、ウルフベアの体勢が一瞬上向きになって無防備になる。


 その隙を見逃さず、骨に守られていない柔らかい腹へ剣を突き刺した。


 剣を手放し、後方へ離脱。おれがいた場所に、ウルフベアの重い肉体が落下。自重で剣が背中まで突き通される。


 ――がぅ、ぐる、る……っ。


 致命傷だがすぐには死なない。手負いの獣は厄介だ。このままトドメを刺す!


 立ち上がろうとするウルフベアの背後へ回り込み、その後頭部へ勢いをつけて盾を叩きつけた。


 この盾は、ミリアムがとしてくれたものだ。グリフィンのくちばしを加工した小型の盾で、先端はくちばしの形そのもの。


 盾による鋭利な一撃は、ウルフベアの頚椎けいついを破壊し、完全なトドメとなった。


 が、それで安心できないのが迷宮ダンジョンだ。


「音につられて来たか……!」


 戦闘音が不快だったのか、エッジラビットが数匹現れたのだ。


 戦闘は継続。続いて現れたステルスキャットも退治して、やっと一息つく。


 フィリアはしっかりと美幸の安全を確保しつつ、スマホを構え続けていた。


 ささっ、と美幸がカンペを出す。『戦闘後のコメント!』。


 美幸さんにまでなにやらせてんの、フィリアさん……。


 おれはウルフベアから剣を回収してから、カメラに向かって一礼。


「これで私がリアルモンスタースレイヤーだという証明になったでしょうか? ちなみに、なんで銃を使わないのか、なんで剣で勝てるのかとかについては、貴重なノウハウなので直接聞きに来てください。相応のお値段で、お教えします」


 それから、バックパックにぶら下げていた筒状のアイテムを手に取る。


「このように迷宮ダンジョンは危険です。獲物を狩ってお金にできる冒険者ならまだいいですが、戦えない探索者の方々はどうすればいいのでしょう? その答えが、こちら。私が考案したアイテムです。さっそく使ってみましょう」


 おれはアイテムの上部をスライドさせ、中身が空気に触れるようにした。




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