第3話 花言葉探偵は現場を見て驚く
その後、バスで地下鉄の駅まで行き、そこから二本電車を乗り換え、後は車で陽水の自宅に行った。
自宅は和風の豪邸だった。庭に小屋を建てようと思うほどだから敷地が広いのは当然だ。
紫苑が驚いたのは敷地に足を踏み入れてからだった。
屋敷に行くまでに石畳の通路があったが、石畳を突き破るようにして水仙が咲いていることだ。そこだけではない。石畳の通路の両脇の庭一面にも大量の水仙が咲いている。
陽水は石畳の水仙を踏みつけながら言う。
「踏んでいいですよ。どうせすぐに元に戻りますから」
その口調はどこかぶっきらぼうだった。
紫苑は石畳に足を入れる前に全体を見渡す。
水仙はこの屋敷の敷地内に収まるように咲いている。そして石畳に関係なく咲き、しかも踏みつけてもすぐに回復して咲く。
(ますます珍妙)
ただの水仙ではないことは容易に分かった。
紫苑は花をできるだけ踏まないようにして陽水を追いかける。
「三年前からこの現象が始まったとおっしゃった」
「ええ」
「なぜ、その時に誰かに助けを求めなかったのですか?」
「誰も信じてくれないと思ったから。それに、最初は一輪だけだったんです。庭にぽつんと、種がこぼれたのだと思いました」
確かに、咲き続ける水仙の話をしても誰も信じてくれないだろう。しかし、奇妙だとは思わなかったのだろうか。
水仙から種はこぼれない。
「それが、今となってはこんなに咲いている」
「はい……」
紫苑は踏んだ水仙の一つをちぎって掲げる。
どこからどう見ても、普通の水仙だ。花弁も茎の質も、普通の水仙と変わりない。
「お父様は、今?」
「今朝から寝ています。病気のせいでずっと寝たきりです」
「よろしければ、お父様にお話を聞きたいのですが」
「分かりました。では二階に行きましょう」
豪邸からして部屋がたくさんあることは予想できていたが、予想以上の多さに紫苑は目を丸くした。
長い廊下を挟むように左右には数々の部屋が広がっている。使っている部屋だけ清潔に保とうという意図だろうか、リビングなどは掃除が行き届いていたが、使われていない部屋はあまり手入れがされていなかった。
階段を上がり、二階に着く。二階の廊下には隅に寄せられた段ボールが大量にあったので避けながら進んでいく。行き止まりの部屋のドアを開けると、部屋の中には介護ベッドがあった。そこに父だろうと思われる男が寝ている。
陽水は父がベッドで寝ている傍に寄り、埃で服が汚れるにもかかわらず、白いワンピースの裾を床につけた。
紫苑も陽水と同じように床に膝をつき、父にできるだけゆっくりした口調で訊く。
「いつから、庭いじりを止めていますか?」
父は唇を震わせながら答えた。
「一ヶ月前から……」
「なるほど」
「おそろ……しい……」
「?」
「あいつが……あいつが……」
紫苑は詳しく尋ねようとしたが、父はそれっきり口を閉ざしてしまった。
父のいる部屋を出た陽水と紫苑はもう一度庭を出る。
先ほど踏みつけたはずの石畳に水仙は何事もなかったかのように綺麗に咲いていた。
先行く陽水に紫苑は話しかける。
「引っ越されるのですか?」
陽水は立ち止まり、振り返る。
「どうして?」
「段ボールが積み重なっていたので」
「あれは……」
陽水は唇を噛んで俯く。そしてゆっくりと口を開いた。
「母の、遺品です」
「随分たくさんあるんですね」
「ええ」
「お母様はいつお亡くなりになられたのですか?」
「……三年前」
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