リセットされました

第1話




「……っかは!」

 水の中から顔を出した時のように、止めていた呼吸を再開し、肺いっぱいに空気を吸い込む。

 バチンと音がしそうな勢いで目を開けたクラウディアは、見慣れた、しかし久しぶりに見る天井に眉根を寄せた。


「私、自室から飛び降りたはず……死ねなかったのね」

 実家の方の自室の天井は、王宮の趣味の悪い天井とは違い、落ち着いた象牙色をしていた。因みに王宮の方は、側妃が好きな赤色である。

 側妃が召し上げられる日に、王太子が命令して変えたのだ。


 しかし国王に「さすがに部屋の交換までしては、公爵家に露見した時に言い訳出来ん」と反対され、正妃と側妃の部屋の交換はされなかった。

 その時に運び出された正妃の荷物はそのまま帰って来ず、ドレスは売られ、宝飾品は側妃の物になった。


「この機会に、お父様やお兄様からいただいた物だけでも取り返さなくては」

 怪我を理由に実家にのだろう思ったクラウディアは、決意を込めて

 小さな手を握りしめた。



「え?」

 目の前で握られた、とても小さな手。

 恐る恐る広げ、また握る。向きを変えたりしながら、何度も何度も開いたり握ったりを繰り返す。

「小さい手」

 自分の手を見つめながら、クラウディアは呟いた。


 その時、静かに部屋の扉が開かれた。

 本来ならまだ、クラウディアが目覚めるには早い時間。メイドが朝の準備をしに部屋を訪れたのだろう。

 薄暗い部屋の中に、明るい日差しが入る。

 ベッドから遠い位置のカーテンが開けられた。


 ベッドから遠い位置で忙しなく動いているのは、クラウディア付きの侍女ユリアである。しかしその姿はまだ幼く、制服も見習いが着る物だった。

 ユリアはクラウディアの専属侍女で、側妃が召し上げられる前までは一緒に王城で過ごしていた。


 側妃が来てからすぐに、王城を取り纏める侍女頭から暇を出されてしまったが……今問題なのは、そこでは無い。


 ユリアはクラウディアよりも年上なのだ。

 それなのになぜ、見習いの制服を着ているのか。なぜ、あれほど幼いのか。

 もしかして暇を出されて直ぐに結婚して、その子供? とも思ったが、それにしては逆に大き過ぎる。


 混乱し過ぎているクラウディアは、自分の手が小さくなっている事を忘れていた。




 あまりにも凝視していたからか、ユリアがクラウディアの視線に気が付いた。

 ふわりと微笑み、ベッドへと近付いて来る。

「おはようございます、クラウディアお嬢様。いつもより大分早いですが、目が覚めてしまいましたか?」

 記憶の中よりも若干高い声。


 王城で一緒に居る間は、クラウディアを影で支えていたユリア。

 側妃の無礼をクラウディアがたしなめたら、それを理由にユリアにいとまを出されてしまった。「そんな侍女が側に居るから悪い」のだと。

 ただ単に、クラウディアへ嫌がらせしたかったのか、味方を無くしたかったのか……。

 もし彼女が居たら、クラウディアは飛び降りなかったかもしれない。



「今日は王宮で王妃様主催のお茶会ですもんね。あの新しく作った水色のワンピースを着て行くのですよね?」

 ユリアの言葉に、クラウディアは血液が下へと落ちていくような錯覚を起こした。

 もしも部屋の中が明るかったら、クラウディアの顔色の悪さに、ユリアは側まで飛んで来た事だろう。


 水色のワンピースで参加した王妃主催のお茶会。

 それは王太子の婚約者を決める為の、同じくらいの年頃の高位貴族の子供達が集められたお茶会だった。

 その席で、クラウディアは王太子に見染められ、婚約者になったのだ。


 水色のワンピースの腰部には大きな花のコサージュが付けられており、紺色のリボンが大人っぽくて他の子供達よりも目立っていた。

 ピンクや黄色など淡い暖色が多い中では、水色という寒色なだけで目立っていたのだと今なら解る。


 しかも水色は、王太子の瞳の色だ。


 クラウディアとしては自分の瞳が青だからと仕立ての段階で選んだだけだったのだが、濃い青色のクラウディアの瞳より、王太子の色だと言われた方が納得の色味のワンピースだった。

 もしかしたら王太子は、クラウディアが自分に好意を抱いていると思い、最初から色眼鏡でクラウディアを見ていたのかもしれない。



「駄目、駄目よ絶対に駄目」

 蒼白になったクラウディアは、まるで熱に浮かされたように、茫然と呟いていた。

 ここで王城へと行けば、また同じ事の繰り返しである。

 辛かったのは側妃が嫁いで来てからでは無い。


 その前から、婚姻前からも。側妃になった令嬢に出会う前から少しずつ、王太子の態度は変わっていったのだ。

 要は、王太子は熱しやすく冷めやすい……すぐに一目惚れをするが、すぐに飽きてしまう最低な男だった。



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