何気ない道端で

第1話

 友達は一年間。学年が上がってクラスが別れたらそれっきり。まるで消費期限が切れて捨てられる卵みたいに、「ずっと友達」なんて言ってても、何もかもプツッと途切れちゃう。クラス替えの時、先生たちは仲良しグループはバラバラになるようにするから、春になると必ずひとりぼっちになる。小学生の時は活発な性格の子が私にも話しかけてくれて、そして仲良くしてくれたから、何気に友達に困ったことはなかった。班を作るときだって、そういう優しい子が私も入れてくれたから、「グループ分けが怖い」なんかは全然思ったことはない。

 中学では、一年生の時に一人。二年生では小六の時に仲良くしてくれてた子と同じクラスだったから、なんとかなった。三年生では一人、結ちゃん。この子だけは年度が変わっても、卒業から一年以上も経った今でも友達。美術部で同じだった子と仲良くできたから、春にひとりになることもなかったし、何なら友達は多い方だった。中学は私には楽しすぎたんだと思う。

 高校に入ったら、なんとか出席番号が隣の子と仲良くなれた。二年生になってもその子とはクラスが離れなくて、結ちゃんみたいに、ずっと友達でいられるような気がしてた。でも、それは私が自惚れてるだけだった。

 私は昔から、周りの子たちとの距離感がわからない。何メートルの距離がいいのか掴めなくて、こんなことしたら遠すぎるかな、とか、これは近すぎるかな、とか、迷ってるうちに胸の中がぐるぐるしてしまう。たぶん、あの子との距離は遠すぎたんだ。もっと近かったら他の子に取られずに済んだのに。私はやっぱりバカだった。

 クラス替えでみんなが浮き足立ってた今年の春、話しかけるタイミングがわからなくなって、全然喋れなくなっちゃった。入学してから一年間私と一緒にいたはずのあの子は、いつしか別のグループに入ってた。しょうがない、私だもん。上手に友達でいることをキープできないから、取られちゃっても何も言えない。最初の一日で一年間のグループ分けは決まっちゃうから、後から仲間に入れてもらうのは私には難しい。今年は、私はずっとひとりなんだ。

 クラス委員を決める時、図書委員には誰も立候補しなかった。当番があってめんどくさいし、みんな本なんかよりマンガが好きだし、誰一人として手を挙げない。私はパッとその時思いついた。今年は委員長キャラになれば、いつも一人でもきっと浮かないって。学級委員とは仕事量も立ち位置も全然違うけど、こういう時に手を挙げればしっかり者キャラを作っていけるはず。だって、いつもそうだった。クラスで委員をやる子は目立たないしっかり者で、これなら私でも出来るかもしれない。今年はこのキャラでやっていこう。たった今、決めた。

「あの、私、やります。」

 一斉にみんなが私の方を向いて、そしてパラパラと拍手が起こり、次第にその手を打つ音は大きくなった。私が図書委員になることに異論を唱える子はいなくて、するりと私に決まった。

 それで今日は、初めての当番。放課後に一時間、つまり四時まで、図書室のカウンターで、奥の部屋で司書さんが別の仕事をしている間の番をする。借りたい子や返したい子がやってきたら私が手続きをする。間違いがあったら大変だから、委員全員に配られたマニュアルを昨日のうちに全部頭に叩き込んだ。借りる時は、まず生徒一人一人に渡されている「ライブラリーカード」のバーコードを読み取って、それから借りる本のコードをかざしてパソコンをチェック。うまくできていたら、貸し出し中リストの中に追加されているはずだ。最後に返却期日を書いた紙を本に挟んで、完了。返す時は簡単。本のコードをかざして、パソコンに返却の手続きができたというメッセージが出てくるのを確認して、それで終わり。

 最初にやって来たお客さんは三年生で、センター試験の赤本を借りていった。メガネをかけていて、真面目そうな人だった。仕事はそれっきりで、もうそろそろ終わる。想像以上に人は少なかった。

 図書室は静かで、私にはとっても居心地がいい。カウンターで明日の英単語の小テストに向けて勉強しているだけで、結局やることはほとんどない。何でやりたくないんだろう、と思った。図書館の司書さんて、毎日こんな素敵な仕事をしているのかな。私、もしかしたらこの仕事、好きかもしれない。

「あのう、当番さん。私もうちょっとやることがあって、あと少しここにいてもらってもいい?」

 何も答えられず、何と言えばいいか分からなくて、黙ってしまった。身体だけ司書さんの方を向いたまま。

「用事があるならいいのよ。無理にとは言わないから。」

「あ、いえ、大丈夫です。」

「え?」

「だ、大丈夫です。」

「そう。助かるわ。ありがとうね。」

 私、もしかして司書さんの役に立ててるのかな。ここに座っているだけで、ありがとうだなんて。

 また奥の部屋に入っていった司書さんは、扉を閉めなかった。忘れたのかな、それともわざとそうした?私はそっと音を立てないように立ち上がり、部屋の中を覗いた。

 真ん中に大きな丸いローテーブルがあって、地べたに座って作業をしている。司書さんの頭と同じくらいの高さの本の山が五つある。どれもあまりキレイとは思えなかった。透明なテープを切っては張り、切っては張り、ずっと繰り返している。傷んだ表紙を修理しているんだ。あれ、きっととっても大変。毎日ここで、たった一人で、あんなにたくさんのお仕事を?

「何見てるの?」

 あっ、やばい。ばれちゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る