第8話 慰めてやれ
俺はカズキ兄さんの本気を知る事となった。いつものあっけらかんとした、時にはぬぼっとしたカズキ兄さんと、衣装を着てメイクをして、キリッと決めてカメラを見つめるカズキ兄さんは別物だ。それはもちろん知っていて、いつも横で全て見ているつもりだった。だが、決め顔を見るのはいつも画面越しだった。その本気の決め顔で直に見つめられる事なんて、なかったのだ。今までは。
カズキ兄さんは俺の気持ちは分かっていると言ったが、どう考えても諦めてはいない。チラッと見てくる流し目や、萌え袖で可愛く小走りする仕草、隣のベッドでうつ伏せに寝転がり、上目遣いでこっちを見ながらする足の動きとか、今までと全然違う。本気で堕としに来てる!
どんなに魅力的な人が目の前にいようと、俺は恋人に一途なのだ。絶対に心を奪われたりしないのだ。だけど、今は恋人に会えないから、そういうのはちょっと目の毒というか……。やめて欲しい、マジで。
「レイジ、そろそろアレじゃない?」
「何?」
「しばらく恋人と会えないわけだから、欲求不満になってるんじゃない?」
「……余計なお世話だよ。」
本当にもう、やめて欲しい。
ある日の夜、テツヤから電話が掛かって来た。いつも、そういう時にはカズキ兄さんは部屋を出てくれるのだが、どうやら今日は出て行かないらしい。それなら俺が出ようかと思ったが、テツヤの口からカズキ兄さんの名前が出たので、思いとどまった。
「この間カズキに電話したんだけどさ、相当参ってるみたいだな。」
テツヤが言った。
「あー、うん。そうだね。」
ちょっと前までなら、こんな曖昧な答え方ではなくて、本当に心配しているという感じで応じただろう俺。別にやましい事などないのに、かなり後ろめたい気分になる。
「レイジ、カズキの事頼むな。慰めてやって。」
うー。そんな事言われても、俺はどうしたら。
「俺もさ、独りだと眠れないから、お前の代わりを用意したんだ。」
え!俺の代わり?何それ!
「そいつをお前の代わりにギューッてすると、眠れるんだ。」
やけに明るく話すテツヤ。いくら天然でも、それが浮気だってことくらい、分かるだろうに……。目の前が真っ暗になった。どう受け答えしたのか、覚えていない。ただ、窓辺に立っていた俺は、スマホを手にしたまま、ぼんやりと突っ立っていた。そこへ、カズキ兄さんが心配そうに近づいてきた。
「レイジ、どうした?テツヤと何話したの?」
カズキ兄さんは、俺の首に両腕を絡ませた。
「テツヤ兄さんが、俺の代わりを見つけたって……。」
考えがまとまらない。俺の代わりって誰だよ。タケル兄さんと同室だと聞いているけど、まさかタケル兄さんじゃないよな。テツヤは俺とカズキ兄さんとは違って、非常に社交的だ。あの、黙っていたら近寄りがたいくらいの美貌を持ちながら、実は誰にでも気さくに話しかけるタイプなのだ。それで、あの美貌で気さくに話し掛けられた人達は、もれなくテツヤのファンになる。きっと今、既に訓練所内で人気者になっているに違いない。それで、その中に気に入った人を見つけて、抱き着いて寝ていると?そんな……。
「レイジ?」
カズキ兄さんが小首を傾げる。つややかな唇で、俺を見つめるカズキ兄さんの目は、キラキラと輝いている。おいで、おいでと言っている。テツヤが自由奔放なのは今に始まった事ではない。こっちも多少自由に……?
カズキ兄さんの唇が近づいてくる。吸い寄せられるように、俺も首を傾け……
ブブッ
手の中のスマホが震えた。LINEが着信したようだ。反射的にスマホを見た。テツヤからだ。タップすると、写真が送られてきた。
「お前の代わり」
という文字と共に送られてきた写真は、バナナ型の抱き枕。俺とお揃いのTシャツを着せ、ファン向けに販売されている俺の写真入りの枕カバーを横向きに被せてある。これが、俺の代わり?
はっ、あっぶねー!俺は急いでカズキ兄さんから離れた。俺の予想をはるかに上回る天然だった、俺の恋人は。もう少しでこっちが浮気するところだったじゃないか。ああ、俺のバカバカバカ。
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