第16話 おキヌの見たもの
「荒木殿、急いで戻るかの。まずはおキヌ殿の手当てが先決」
十蔵の言葉を聞くと、荒木はおキヌを抱え上げるようにして粘液の通路を引き返した。おキヌの肌にはまだ生ぬるい液がこびりついており、体は危険なほど冷たい。しかし、かろうじて脈が打っているのを感じて、荒木の胸は切なさと安堵で一杯になる。
すると、荒木の腕のなかでおキヌがかすかに身じろぎをした。意識を取り戻しつつあるらしい。目元を凝らして薄く瞼を開くと、荒木の姿を認めて息を飲むような仕草を見せた。
「おキヌ殿……気がつかれましたか!」
荒木が思わず声を上げる。後ろを行く源田が「無事なのか?」と聞く。
おキヌは弱々しい声で吐き出すように言葉を絞り出した。
「か……や……く」
「かやく、火薬とは一体!?」荒木が聞き返す。
「……爆破……してください……」
一瞬、荒木は自分の耳を疑った。か細い声ながらも、その内容は衝撃的だ。十蔵も足を止め、暗い通路の一角でおキヌを下ろして壁際に休ませる。三人は周囲の警戒を怠らないようにしながら、彼女の口元に耳を近づけた。
「おキヌ殿、どういうことだ? 爆破と申されても……」
荒木が問うと、おキヌは喉を押さえて喘ぐように一息入れる。唇が震えており、体も痙攣するかのように小刻みに震えている。顔は蒼白だが、その瞳の奥には明らかな恐怖が見えた。
「こ……ここは……地獄……見てしまいました……やつらは、やつらは……繁殖のために……」
言葉を発するたび、彼女の声は潰れそうになる。それでも荒木にしがみつくように、懸命に続けた。
「一刻も早く、焼き尽くして……すべてを壊して……そうしないと……取り返しがつかないことに……!」
「落ち着け、おキヌ殿。何があったのだ? 詳しく話を聞かせてくれ」
源田が低く言葉をかける。やや荒っぽい調子ではあるが、ここでむやみに爆破などできないことは重々承知だ。
「爆破して無駄死にになれば、本末転倒だ。まずはお前が見たことを話せ」
おキヌは苦悶の表情で、裂けた唇を何度か動かし、覚悟を決めるように小さく頷いた。
「……あの奥、いちばん深いところ……そこに、部屋があります……まるで心の臓のような……」
視線を宙にさまよわせながら、おキヌは体を引きずるようにして荒木の膝に頭をもたれさせた。
「そこで化け物が……卵を産んでいます」
「卵だと!?」源田が目を見開いた。
「オスの化け物が……どこかから捕まえてきた人間を……メスの前に捧げる……死んでいる奴はまだマシかもしれない……でも、生きたまま血を吸われた奴もいて……見たことない……地獄」そういうとおキヌは遠くを見た。おキヌの網膜にはその“地獄”の光景が焼き付いているようだった。
荒木は、思わず身震いした。
(体中に無数に傷をつくりながら、これまで幾多の地獄を見てきたに違いないおキヌ殿がここまでいうとは。忍びをも震え上がらせる地獄とは一体……?)
「そのメスは……血を吸うたびに卵を産む。お尻が……膨らんで、ひと息吐くたび……次から次へと……卵があの緑色の粘膜に包まれて……あたしの番がやってきた……あたしはあの気持ちの悪い細い腕につかまれて……」
おキヌは目を閉じて必死に思い出そうとしているようだ。荒木はただ見守るしかなかった。
「分からない……私はなぜ生きているの……なぜ私だけ生かされたの……分からない……」
ここで荒木、十蔵、源田の三人は改めて視線を交わす。おキヌの話によれば、“心臓部”にはメスの化け物が潜んでおり、そこを破壊しなければ卵は量産され続けるということだ。
ここへ来るまでに多くが死に、さらに地上にも被害が広がるのは時間の問題だろう。ここで仕留めねば、いずれもっと大きな惨劇となる。
「源田殿、覚えておられるか? 先ほど源田殿と一緒に仕留めた化け物は、一回り小さかった」十蔵が言った。
「ああ、つまりもう卵から孵ってそこらへんをウロついてる化け物の赤子がおるということか」
源田はあの激闘を思い返して苦い顔をする。
「赤ん坊……あれほどの力を持った生き物が、さらに成長するとは恐ろしいの。卵がこれから孵るとなれば、数も増えてゆく一方……!」十蔵が源田を見た。
源田は腕を乱暴に振り回すようにして、苛立ちを露わにする。
「赤ん坊があれじゃ、どんなことになるか。もしウジャウジャと出てきやがったら、俺たちだけじゃすまん。この日の本全土が血を見ることになる……」
「一刻も早く止めなければならぬ!」
十蔵は口を引き結び、改めて船の内部を睨む。もはや迷っている暇などない。
「こうなったら、いよいよコイツの出番だな」源田が懐から出したのは一握りの火薬の包みだった。
「源田殿!? 火薬を持ち込んでおったとは」荒木が言った。
「あたぼうよ。いざとなれば、いつだって化け物もろとも吹き飛ぶ覚悟はできておる」
「しかし、おキヌ殿をまず外に出して手当せねば……」荒木がそういうのをおキヌがさえぎった。
「それには及びません」おキヌは荒木の腕を振り払い、自分の足で立ち上がった。「これしきのことで手当など、郷里の忍び仲間に知れ渡ったら、生涯の恥」
「無理をするな、の」十蔵が言ったが、おキヌは耳を貸さない。
「源田さま、私に火薬を」
「何を言うか!」
「あたしは子供のころより、火薬の扱いについて手ほどきを受けております。実際の任務で使ったことも幾度となくあります。あたしが一番上手なはず、おそらくは源田さまよりも」
「ならん!」源田がピシャリと言ったが……
「源田さまは火薬に火をつけたことがおありですか?」
「むろん、ある!」
「実戦では?」
「……」
ついさっきまで死にかけていた者とは思えない剣幕で、おキヌは源田に詰め寄った。
「わかった。こいつを使う時はお前に任せよう。だが、それは俺がそう判断した時だ。その時が来たら、お前にこいつをくれてやる」源田はそう言うと、火薬の包みを懐に戻した。
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