248話 秋皇学園浄化作戦 その3
「さてと」
リムジンではなく、大型のワゴン車に運び込まれたのは、二人の男子生徒。
片方の男子生徒は校舎から運び出す際、どうしても目に付くので、清掃業者を装って運び出した。
清掃用具などを入れる大きなクリーニングカートの中に入れて運ぶこととなった。
学校から移動し、約一時間。
とある古びた廃工場にて。
金髪の青年——宝条・アーサー・登凛とボディガードたちはその場所に二人の男子生徒を連れてきていた。
「おい、起きろ!」
アーサーが声を荒らげると、びくっと反応した男子生徒。
椅子に座らされ、縄で拘束された状態で、目を覚ました。
「どうなってんだ……」
「っ! お前ら……」
目の前に佇んでいたアーサーたちを見やり、それぞれ反応する。
その目つきはまだ死んではおらず、彼らの精神性を現していた。
「一応聞いておこう。今までやったことに関して、謝罪する気はあるか?」
アーサーは二人を見下ろし、一つの選択を迫った。
「はんっ。謝るわけねーだろクソがっ」
最初に回答したのは桜庭托真。
ボディガードのスミスにフックされ、顔には鼻血の跡が残っていた。
「お前は?」
「俺は……謝ります……! どうか許してくださいっ!!」
桜庭とは全く逆の回答。
臼田怜央は動かせる頭を振りながら必死にそう答えた。
臼田は桜庭とは違い、プライドはなかった。
目の前のアーサーを見て本能で感じたのか、後頭部に土がついたまま謝罪した。
「おい怜央、お前どういうつもりだよ!」
「托真こそバカなの? ここまでして、もうどうにもならないよ!」
「まだ来馬さんがいるだろ! あの人ならきっと……!」
二度も計画を失敗し、来馬には報告もできず合わす顔もないはずの桜庭。
しかし心の何処かで、また救ってくれるのではないかと思っていた。
「なら、聞いてみようか」
「なにを……っ」
アーサーは桜庭から奪っていた、スマホを取り出し操作すると来馬へと電話をかけたのだ。
『——托真っ! 連絡がないから心配したぞ! 連絡してきたってことは成功したんだな!? 九藤光流はもう学校には行けないんだな!?』
電話が繋がると勢いよく、今回の黒幕である来馬空我が話しだした。
それがアーサーたちにも聞かれているとは知らず、ペラペラと。
「——っ! く、来馬さん! 助けてください! 俺たち今よくわからない奴らに拘束されてて!」
桜庭の最初の言葉は救出を求める言葉だった。
必死に来馬に懇願し、彼が期待していた返事など目もくれずに。
「————は?」
冷たい声だった。
それは強者が弱者を見下すような、残酷で冷徹な声で。
「お前、次成功させるまで連絡はしないって言ったよな? 成功させたんだろ? あぁ?」
「く、来馬さん……違うんです! これは俺がかけたんじゃなくて……!」
「成功したのかどうか聞いてんだよ!」
電話先の声が割れんばかりに怒鳴った来馬。
その声に桜庭も臼田も顔面が蒼白になってゆく。
「ま、まだです……よくわからないやつらに妨害されて……でもこいつらさえいなければ! まだやれますっ!」
「はぁ……お前、何か勘違いしてないか?」
「——ぇ」
工場内に響き渡ったのは、小さな機械からの無慈悲な声。
恐らく、今まで聞いたことのないような来馬の声だったろう。
なぜなら、彼ら二人は今まで一度も来馬には怒られたことはなかったのだから。
「お前らのような低脳とつるんでやった理由を少しは考えろよ。お前は下僕に無償で温情をかけるのか? なんのために今まで良い思いをさせてきたと思ってんだ。いい加減理解しろよ」
本来、来馬と桜庭臼田は関わり合いのできるような関係ではなかった。
来馬は中小企業の御曹司ではあるが、一方で桜庭たちはただの一般家庭。
彼らが盗みを働いたことを許したのだって、ただの気まぐれだ。
どうなって構わなかった。
「来馬さん……そんな……」
「お前らにはもう要はない。さっさと消えろ」
そう言い残し、ぶちっと電話が切れた。
工場内には静寂が流れ、桜庭と臼田の表情は固まっていた。
「——どうした? 頼みの来馬には見限られたみたいだぞ」
「クソっ! クソっ! 何なんだよ! あのクソブス野郎!」
「もう、どうすりゃいいんだ……」
桜庭は見限られた来馬への恨み言を吐き出し、臼田は色々と諦めかけていた。
もう、誰も助けてくれないとうなだれて。
「——最後だ。お前ら、五年前のことは覚えているか?」
アーサーはこれだけは聞きたかった。
彼らが自分の妹にした絶対に許せない仕打ちを。
あの頃、まだ小さかったアーサーたちは、ルーシーを守ることはできなかった。
ルーシー自身、家族には話したがっていなかったということもあるが、それ以上に持っているはずの権力の使い方を知らなかったのだ。
でも、今は違う。
ルーシーは復讐など求めていないのかもしれない。しかし、再びこいつらは大切な人を手に掛けようとしてきたのだ。
だから、彼らを断罪する理由が、アーサーたちにはあったのだ。
「五年前……?」
「五年前って、小学生だよな……」
二人はアーサーの言葉で考え込む、その余裕はあったようだ。
「ん……もしかしてお前! その髪……! 包帯女の兄か!」
桜庭が気づく。ルーシーと同じ金色の髪に、似ている顔立ち。
そして五年前の出来事といてば、そのルーシーが転校した年でもあったから。
「そういうことだったのか。だから邪魔を……」
臼田も遅れて気づく。
なぜこれまで自分たちが邪魔されてきたのか。それはルーシーのバックに兄たちがいたから。
そんな言い方をされてもアーサーは表情は変えない。
本来なら、包帯女と言われて激昂してもおかしくなかった。でもアーサーは冷静に、冷静に、彼らの言葉を聞こうとしていた。
「それについて何か言いたいことはあるか?」
最後の質問をした。
アーサーが聞くべきこと。聞きたかったことだ。
「ふんっ。そんなの知らねーな! 汚らしい包帯を毎日巻いて来やがって! 取ってやらなかっただけでも良かったと思え!」
「無駄に高そうな服着てさぁ。あいつの背中にガムを付けたまま帰った時は笑ったぜ」
先程まで許してくださいと言っていたはずの臼田までもが反省の色は伺えなかった。
恐らく、その時のことが彼らの精神性を決定づけた出来事だから。だからその時の興奮だけは忘れないと言わんばかりに。
「そうか、そうか。——それなら良かった」
「んあ?」
アーサーの決意が固まった。
いや、それ以前に固まっていたのだが、その決意がブレなくて良かったと思ったのだ。
「お前らには慈悲はかけなくて良いと思ったんだ」
身動きが取れない二人を見下ろし、アーサーはパンっと手を叩いた。
すると廃工場の入口から、見慣れない人物らが数人こちらへと歩いてきた。
「なんだなんだ……」
桜庭と臼田は見た。
全身ギラギラでいくつも宝石のついたショッキングピンクの服を身に纏い、はち切れそうなお腹のボタンを閉めている大柄な白人の男性と思われる人物。
一言でいうと、気持ち悪い——桜庭はそう思った。
「あらん。アーサーちゃん。待ったわよん」
「はは。お待たせしました」
アーサーは軽くお辞儀をし、その大柄な男性を迎え入れた。
すると男性は、そのままアーサーを通り過ぎ、桜庭と臼田の前に出た。
「はぁん……若いって良いわね」
「てめぇ何すんだ!」
「触るなっ!」
男性は二人の顎を掴み、正面から顔を見て一言言った。
その後ろでアーサーが懐から一枚の紙を取り出した。
「これは契約書だ」
なんの? と思った二人は目の前の男性に顎を撫でられ気持ち悪いと思いながらもそちらに視線を送った。
「お前らの両親のだ」
「——は?」
理解不能だった。なぜここに両親が出てくるのかと。
「お前らがクズで、そして家族にも嫌われていて本当に良かった。サインをもらうのに苦労しなかったからな」
話が見えない内容に、眉を寄せる二人。
何のサインだろうと、アーサーの話に耳を傾け、そして、その理由が発覚する。
「お前らは家族に売られたんだ。もう、桜庭家、臼田家の家族でもなんでもない」
「————はぁ?」
桜庭は素っ頓狂な声を出した。
それもそうだ。この日本においてそんな意味のわからない契約など可能なわけがないと、そう思って。
「今日からお前らは、このジルベルト・クーガーさんの所有物だ」
「よろしくねぇん」
アーサーの声に合わせて、二人に挨拶をした宝石男のジルベルト。
今聞かされた内容は桜庭と臼田が今日からジルベルトの所有物となるということだった。
「こ、ここは日本だぞ! 犯罪だ! できるわけねぇ!」
「前にも聞いたよ。同じこと言うんじゃねえ」
「て、てめぇ! るりかと那実が来なくなったのもお前が……!」
「ビンゴ。——まぁ彼女たちはお前らよりもずっと良い暮らしだよ。ただ、少しだけ遠くに行っただけだから」
そう、その二人は遠くに行ったと言っても日本の中なのだ。
しかし、桜庭と臼田はそうはいかなかった。
「お前がどこに連れて行かれるのか、俺も知らない。日本ではないことは確実だ」
「何言ってんだよ。そんなこと許されるわけ……!」
「助けてー!! 誰か!! 誰かー!!」
臼田が叫んだ。
ただ、その声は廃工場の中に反響するだけで、誰も助けにはこない。
「ジルベルトさん。もう良いです。連れて行ってください」
「はいはい。それじゃあ、またいつか」
「絶対にそいつらを逃さないでください」
「もっちろんよ」
すると、ジルベルトと一緒にいたスーツ姿の男たちが桜庭たちの拘束を解き、腕に別の拘束を施した。
「っ! やめろ!」
「触るな!」
強引に連れて行かれる二人を見送るアーサー。
「クソ! この死ね!」
「許さない! 絶対に!」
「活きが良いだからん。いつまでそれが持つかたのしみねっ」
暴言を吐く二人に対しジルベルトは微笑みながら、並んで歩いてゆく。
アーサーにも彼らがその後、どうなるのかわからない。ただ、海外には富豪のマニアがいくつも存在する。
その一つに声をかけただけだ。
廃工場から桜庭と臼田がいなくなると、その場にはアーサーとボディガードたちだけが残った。
「ふぅ…………ひとまずはこれで秋皇学園は安泰かな」
何も無い天井を見上げ、アーサーは息を吐いた。
普段はしないことに、アーサーだって精神をすり減らしていた。
でも、全てはルーシーや光流のため。
二人の平穏な生活は誰にも邪魔させやしない。
この日、桜庭托真・臼田怜央の両名は秋皇学園の退学手続きをとられた。
翌日から、彼らは学校へと顔を出すことはなく、知られざる権力によって海外送りにされた。
もう、日本に戻って来ることはないだろう。
「あとは来馬空我を残すだけだな……」
最後の一仕事を残し、ルーシーと光流を取り巻く事件に決着をつける。
アーサーは一人意気込み、その時が来るまで備えた。
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