234話 新メンバーとバンド名

 麻悠のピアノの実力を見るため、俺たちはルーシーの家の地下室に来ていた。


 この場所は、三週間ほど前に真空の誕生日が行われた場所でもある。

 あの日はルーシーによるサプライズ尽くしで俺たちも驚くことばかりだった。


 ウェディングドレスのような服装にとんでもない大きさのケーキ。

 バンド演奏の他にもアメリカにいるはずの両親と弟まで呼んでいたり……。


 真空はあのあと、両親と数日一緒に過ごしたらしい。


 今までにない大勢に祝われた誕生日。

 忘れられない誕生日になったことだろう。

 


「――どうしよう、麻悠ちゃんに何を弾いてもらえれば、良いんだろ?」



 到着してすぐ、ルーシーが疑問を口に出した。

 俺たちの知らない曲を弾いてもらっても、その曲自体を知らなければちゃんと弾けているかどうか全くわからない。

 ルーシーの疑問は的を得ていた。


「良いよぉ何でも。皆が今練習してる曲は? 譜面ある?」

「え、俺たちの今やってるやつ?」


 練習している曲でそれぞれちゃんと弾ける曲はエルアールの『星空のような雨』だ。

 でも、麻悠は練習したわけでもないのに、いきなり弾けるのだろうか。


「譜面なら俺のスマホに入ってるぜ。キーボード用のならな」


 するとスマホに入れていたらしい譜面を探し出し、冬矢は麻悠に画面を見せた。


 スマホを受け取った麻悠は、画面を凝視しながら次々と指でスライドさせていきながら譜面を見ていった。


「え、麻悠ちゃんどうするんだろ、今覚えて今すぐ弾くってこと……?」

「さすがにそんな……」


 真空とルーシーが麻悠の様子を不思議そうに見つめ、大丈夫だろうかとも心配していた。

 でも、彼女が今見たばかりの譜面を見てすぐに弾こうとしていることは事実だった。


 そうして、数分。

 指の動きを見ていると一番最初に戻ったりして繰り返し譜面を見ていることがわかった。


「――良いよ。待たせたね」


 麻悠が画面から目を離し、そのまま冬矢にスマホを返した。


「もう良いの?」

「うん。とりあえずそこで見てて」


 俺の驚きもそのままに麻悠は目の前にあったグランドピアノの屋根を開き、鍵盤の蓋を上に上げた。

 そうして、脈絡もなく『星空のような雨』の演奏が始めたのだ。


「えっ――――」


 俺たちは一斉に驚いた。


 完成された滑らかな指捌き、躊躇いなく押し込まれる白と黒の鍵盤。

 俺たちが何度も聴いたことのある音がそこにはあった。


 キーボードではないので、その音とはもちろん違うが、どう聴いても麻悠の演奏は『星空のような雨』だった。


「すげえ」

「いきなり弾けるものなの……?」

「麻悠ちゃん……!」


 冬矢と真空とルーシーが麻悠の演奏に目を奪われ、手をぎゅっと握っていた。

 俺も皆と同様に彼女の演奏を聴いて胸の音が高鳴っていることを感じた。


 しずはと比べると見劣りするかもしれないが、それでも十分だった。

 麻悠としずはの違いは、音の幅だろうか。


 麻悠は深月よりの演奏方法で、しっかりと正確に譜面通りに弾けるようなタイプに見えた。

 逆にしずはは譜面通りはもちろんのこと、彼女なりのアレンジや細かい音の強弱、感情がダイレクトに伝わってくる演奏だ。


 どちらが良い悪いはないが、麻悠の演奏を聴いた上での感想がそれだ。



「――こんな感じ」



 麻悠の演奏が終わると、俺たちは一同に拍手を送っていた。


「麻悠ちゃんすごい! なんでいきなり弾けたの!?」


 俺が聞こうとしたことをルーシーが我先にと聞いてくれた。

 俺から麻悠の姿が見えなくなるくらいグランドピアノのすぐ前まで近づいて、ルーシーは彼女に詰め寄っていた。



「フォトリーディングだよ」



 聞いたことのない言葉が聞こえてきた。


「え、なにそれ……?」


 ルーシーも同様で、首を振って冬矢と真空の顔を見てみるとその二人も知らないようだった。



「速読ってやつ……聞いたことない?」

「うーん、あるような……ないような?」


 速読。俺もよくわからなかった。フォトリーディングと速読は同じ意味ということだろうけど、初耳だ。

 ルーシーも半分知ったかぶりのような発言をしたが、これは全然知らないと見ていいだろう。


「本を読む時にぱらぱらってめくっていってぇ、文字を読むんじゃなくてそのページ全体を写真みたいに記憶するやり方」

「な、なにそれ!?」

「じゃあ実際にやるから、ちょっと待って」


 すると麻悠は自分のカバンから今日の授業で使った教科書を取りだした。


 そうして実践してみせたフォトリーディング。

 パラパラっと次々にページがめくられ、どうやっても中身は覚えられないだろうというやり方をしていた。


「…………それ、覚えられるの?」

「うん、覚えられる」

「う、うそ〜〜っ!!」


 ルーシーと同意見だ。ぱらぱらめくっただけでそのページごと、さらには全てのページまで覚えるなんて神の所業だ。

 とてもじゃないが、麻悠がこれで先程の譜面を覚えられたなんて信じられなかった。


「ネット検索してみなよぉ。ちゃんとあるから。これ、何十カ国かでも取り入れられてるやり方なんだよ」

「へ、へえ……」


 俺はスマホを取りだし、ネット検索してみた。

 すると、ちゃんとフォトリーディングについての内容が書いてあるサイトが複数あり、実在しているのだと判明した。

 ただ、サイトにあるからといって本当に覚えられるかは真実味に欠けるが……。


「私のお父さん、経営コンサルタントなの。小さい頃からビジネス本とか、そういう話よく聞かされてたから、フォトリーディングもその中の一つ。やり方を教えてもらったんだぁ」


 父、といえば、氷室さんの息子ということになる。

 麻悠にとってはこのやり方は普通なのだろう。

 彼女の成績が良いのは、これが理由なのだろうか。フォトリーディングをマスターすれば、成績が伸びる……いや、全員ができることではないんだろうけど。


「記憶系の科目なら大体満点だよぉ。だってこれで覚えてるから」

「ず、ずるいっ!」

「ルーちんもすればぁ?」

「本当にできるの!?」

「さぁ、全員ができてたらフォトリーディングはもっと有名になってると思うけどねぇ」


 それもそうだ。フォトリーディングが全員できているなら、もっと有名であっても良いはずだ。

 けど、そうはなっていないというのは、まだマイナーな本の読み方であり、全員ができるわけではないということなのかもしれない。


「ルーシー、でもピアノ弾けたことはさ、私たちがもう証人じゃん。麻悠ちゃんの実力はもう証明されたと言っていいよね?」

「そうだ。別にフォトリーディングがどうっていうのは、関係ない。ピアノ弾けたんだからな」

「そう、だよね……! 麻悠ちゃん! 演奏とっても良かったよ!」


 フォトリーディングが真実でもそうでなくてもどちらでも良いのだ。

 俺たちは麻悠が良い演奏ができる人物だとわかったから。


 俺たち四人は、アイコンタクトをして、軽く一回顔を縦に振った。


「改めて――うちのバンドに入ってくれないかな!?」


 ルーシーは麻悠に右手を差し出した。

 そうして教科書を持ったままの麻悠は、一歩前に出る。


「まあ、私も最初からそのつもりでここに来たわけだからねぇ。楽しそうだし、良いよぉ」

「やったぁ!」


 麻悠がルーシーの手を軽く握り、バンドへ加入が決まった。



「麻悠、これからよろしくね!」

「麻悠ちゃんよろしくっ!」

「よろしく。でもスノーって呼び方はいつか変えてくれよ? せめてリーダーとかな」


 俺たちも麻悠に歓迎の言葉を述べた。


 これで、やっとバンドメンバー五人が揃ったのだ。


 今までは四人での練習だったが、これからは五人だ。より、音が一つ増えるだけで演奏の完成度とライブ感は上がるだろう。

 今からワクワクしてきた。



「――ねえ、五人揃ったことだしさ、正式にバンド名決めない?」



 麻悠を歓迎するなか、ルーシーがそんなことを言い出した。


 俺たちはとりあえず演奏優先に練習ばかりやってきたが、確かにそろそろ決めても良いかもしれない。

 一番最初の部活では、冬矢が案を考えてきてからだと話していた。あれから二ヶ月近く時間も経過したし、それぞれ案は頭のなかにあるのではないだろうか。


「おう、俺はいいぜ」

「俺も良いよ」

「私もー! どんなのにするか楽しみっ!」

「私は何でも良い。任せるよぉ」


 今回の冬矢は止めなかった。

 やはり時間が経過したからなのか、そろそろ決めた方が良いと考えたからなのかわからないが、ともかくバンド名を決める流れになった。



「あの、私のワガママなんだけどっ――」



 俺たちが同意し、バンド名を話し合おうとしていたその時だった。 

 ルーシーが声を高くし、割って入るように言い出した。


「これにしたいなっていうバンド名があるの。でも、それはとっても独りよがりなバンド名で……」

「良いよ、ルーシーちゃん言ってみなよ。正直俺はバンド名にこだわりはないからな。多分光流もそうだろ?」


 ルーシーの少し神妙になった表情、それに対し冬矢は暗くならないようにフォローを入れた。


「うん。俺もそこまでこだわりはないかな。決めてくれるならそれで良いし」

「ありがとう……真空はどうかな?」

「私もこだわりないよ! てかルーシーが私を誘ったようなもんだし、ルーシーに従うよ!」


 俺たちはそれぞれこだわりはないという意見で一致した。

 麻悠も任せるって話だったし、ルーシーの案で決まるなら、それで良い。

 ただ、あまりにも変なバンド名だったら止める可能性はあるが……。


「皆知っていると思うけど、私のルーツは病気で、包帯……だからそこで考えたみたんだ」


 独りよがりなバンド名というのはそういうことだったらしい。

 関係ない、とは言い切れないがルーシー一人だけに関わる内容だ。


「包帯って英語にすると、『BANDAGE』――バンデイジって言うんだけど、それだとそのまま過ぎる。私たちはバンドだし、皆で一緒にやっている感じを出したかったの。そこで考えたのは最後に皆って意味を込めてSをつけるの」


 ルーシーが考えたバンド名は、よく考えられたものらしい。

 正直、聞いている途中でも俺は良いんじゃないかと思い始めていた。


「あと、『BANDAGE』って、バンドってスペルに入ってるでしょ。だからそこで区切るの」

「ほう……面白いじゃん」


 ルーシーの説明に冬矢が頷く。そして理解を示していた。


「――だから『BAND AGES』で『バンドエイジズ』。どうかなっ?」


 最後、バンド名を言う時、ルーシーは少し恥ずかしそうに手遊びをしていた。


 『バンドエイジズ』か……カッコいい感じがする。

 一瞬、とある野球選手の名前が思い浮かんだが、すぐに忘れることにした。

 それに、『ズ』と最後につけるのも少しだけ昔っぽい印象ではあるが、それでもまとまりの良い名前には感じた。


「私はとっても良いと思う! あと包帯って皆が繋がってるって感じにも聞こえるしさ! ……冬矢と繋がるのはちょっと嫌だけど」

「お前なぁ……良い話の途中なのに、余計なこと言うなよ」


 真空の言ったことはその通りだ。

 バンドは運命共同体……に近い。


 まだプロを目指しているわけではない俺たちがそんなことを思うのは変かもしれないが、その繋がっているという意味には共感する。


「BANDAGESってBANDAGEの複数形にしたものだけど、私はその読み方、面白いと思うよぉ」


 麻悠の視点は少し勉強寄りだ。

 英語を話せるルーシーならもちろんそのことを理解しているとは思うが、だからこそ皆という意味を込めて複数形にもしているのだろう。


「あ、そっか! そういえばそうだね! 複数形なら尚更、皆って意味になるね!」


 わかってなかったんかい!

 俺は心の中でずっこけそうになりながら、天然なルーシーを微笑ましく思った。


「光流は、どうかな……?」


 まだ、俺だけ意見を言っていなかった。

 ルーシーは恐る恐る俺に視線をくれた。


「良いと思う! 俺は反対意見は全くないよ! それで良いんじゃないかな!」

「よかったぁ……」


 するとルーシーは、胸に手を当ててホッとした表情をした。

 皆にも関わる提案だ、やはりこういったことを提案したのは恐かったのだろう。


「じゃあ、俺らのバンドは『バンドエイジズ』で決まりだな!」


 バンドを結成して、約二ヶ月。


 俺たちのバンド名が決まった。


 ルーシーが考えた二曲目『一瞬の刹那でも煌めけ』の作曲も始まっている。

 それができたら、新しい練習も始まる。


 麻悠も加わり『バンドエイジズ』として、俺たちは新たなスタートを切ることになった。



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