227話 朝比奈真空の誕生日会 その2

 メインの肉料理を少し食べたあと、ルーシーが一度地下室から出ていった。

 なにか準備をするようだった。


 しばらくルーシー抜きで食事を楽しんでいたところ、そのルーシーが戻ってきたのだがなぜか着替えていたのだ。

 制服でも良いと言っていたはずなのに、自分だけ着替えて……と思うかもしれないが、その服装が意外だった。


「ルーシーちゃん、その衣装は?」


 千彩都が率直に聞いた。


「ふふん。次のお楽しみだよ。すぐに分かるから」


 そう言って全ては話さなかったルーシー。


 今のルーシーの姿はなんとドレスなどで着飾っていたわけわけではなく、なぜか白いスーツ姿だった。そのスーツの下もスカートではなくパンツスタイル。

 長い髪もポニーテールで結んでいて、どこか男装をしているようにも思えた。


「そういう服装も意外と似合うのね。今年の文化祭は男装カフェでもやったら?」

「そうかな? 多分しずはも似合うと思うよ!」


 ルーシーの服装を褒めたしずは。ボーイッシュな服装も好きなしずはだからこそ、特に気になったのかもしれない。

 彼女の姿を見て思うが、女子がこうやってスーツで男装するスタイル……結構好きかもしれない。


 体型的にどう見ても女性だとは隠せないのだが、お尻から腰にかけてのきゅっとした感じに抑えてても出ている胸の膨らみ。

 俺も男装カフェには賛成だ。ルーシーに接客してほしい。


 すると今度は司会がルーシーから牧野さんに交代した。

 牧野さんは黒いスーツのような服装をしており、ウェイターぽい印象だ。


 その牧野さんが前に立ちマイクを取ると次のプログラムがやってきた。


「皆様、メインの料理もお済みになったかと思いますので、ここで朝比奈様へのお誕生日ケーキをご用意させていただきます」

「えっ、ケーキ!?」


 牧野さんの誕生日ケーキ発言に反応したのは家族席にいた真空だ。

 誕生日なのだからケーキはあるものとは思うが、コース料理とは別にデザートとしてケーキを持ってくることに特別感はあった。


「では、お願いします」


 すると真空が登場した時と同じように地下室の入口の扉へとスポットライトが当たった。

 俺の隣に座るルーシーはワクワクした表情で扉の先から来るものを待っていた。


 そうして、扉が開くとウェディングドレスの時も腰を抜かしたが、今度はケーキでも腰を抜かされることになった。


「うえっ!?」


 千彩都が変な声を上げた。

 それもそのはずだ。俺も声を漏らしそうになったほどだ。


 ろうそくが灯ったケーキが四人がかりでゆっくりとこちらへと運んできてきた。

 そうして俺たちの前を通り過ぎると空いていた丸テーブルへと置かれた。


「で、デカすぎんだろ……」


 冬矢がケーキに目を奪われ呆気にとられていた。


 真空の誕生日ケーキは本当にとんでもなかった。

 結婚式のように多段になっているウェディングケーキでなくて良かったとは思うが、とにかく大きさがやばかったのだ。

 直径一メートル五十センチほど――人一人分くらいはあるのではないかと思うほどの大きさで、使用人を含むこの場にいる人が全員で分けても食べきれないと思われる大きさだった。


「すっげぇ〜っ!」


 真空の弟の真来斗くんが目をキラキラと輝かせて驚いていた。

 俺たちも驚いているんだ、あの歳の男の子も驚くに決まっている。


 一方の真空は頭を抱えていた。

 またやってくれたわね、といった表情だ。

 ルーシーは真空の方を見てニコニコしていた。


「では朝比奈様、ルーシーお嬢様。前の方へ」


 牧野さんのマイクからの指示で真空とルーシーが席を立ち、ケーキの前へと移動した。

 真空は不思議そうな顔をしていたが指示に従った。


「朝比奈様。改めてですが、本日は十六歳のお誕生日おめでとうございます。皆様でお祝いの歌を歌いましょう」


 すると牧野さんの合図でハッピーバースデーの曲がBGMで流れ出す。

 そしてそれに合わせて牧野さんが歌いだすと、会場の皆も同じく声に出して歌い出した。

 歌い終わると一同に真空へと拍手を贈った。


「では、朝比奈様。ろうそくの吹き消しをお願いいたします」

「これ全部ですかっ!?」


 すると牧野さんの合図で会場の照明が消え、巨大ケーキのろうそくの光だけがその場を包んだ。

 人間一人分の巨大ケーキ。年齢と同じ十六本のろうそくが端に灯っており、真空はテーブルを一周してろうそくの火を消さないといけないことになった。


「真空頑張れっ」

「もう……っ」


 ルーシーがそう応援すると真空は呆れ顔でテーブルを中心に回って一本一本、計十六本のろうそくの火をふぅっと消していった。


「朝比奈様! おめでとうございます! 盛大な拍手を!」


 再度の拍手が真空を包み、会場の照明が明るくなった。


「次に、及川が持っているナイフをお二人でお持ちください」

「はえっ!?」


 千彩都の次は真空本人が変な声を上げた。

 すると会場の端から及川さんが持ってきたのは長い剣のようなナイフだった。


「うぉいっ! やっぱり結婚式じゃねーか!」


 今日の冬矢のツッコミはずっと止まらないようだ。

 まさに及川さんが持ってきたのは、ウェディングケーキ用のナイフだったのだ。


「ルーシーっ!?」

「私たちでケーキ入刀の疑似体験だねっ」

「何言ってるのぉっ!?」


 ここでやっとなぜルーシーが男装をしてきたのかを理解した。

 完全に新郎役なのだ。そして真空は新婦役だ。


「ほら、真空持って」

「ルーシーの趣味……どうなってるのよ」


 どこまでも突拍子もない演出に真空は呆れっぱなしだが、一方でとても嬉しそうにも見えた。

 結局ルーシーと一緒にケーキナイフを持って構えた。


「ケーキ入刀!」


 牧野さんがマイクでそう言うと二人で一緒にケーキに切り込みを入れた。


 俺たちはほぼ全員二人にスマホを向けて写真を撮っていた。

 今日は写真撮影が捗る。


「拍手をお願いします!」


 牧野さんが拍手を誘導すると、今日は何度もしている拍手を真空たちに贈った。


「はは……はははは……」


 真空は嬉しそうな苦笑いをしていた。


「それでは、ケーキを取り分けさせていただきますので、少々お待ち下さい。また、足りない方は十分な量がありますので、おかわりも可能でございます」


 恐らくおかわりしたとしても食べ切れないだろう。


 俺はケーキを食べるついでにホットコーヒーを注文した。

 そうして、目の前に切り分けられたケーキとコーヒーが用意されると、俺たちはケーキを食べ始めた。


「うま〜!」

「これ作るの大変だったんだからね」

「え、これもルーシーが作ったの!?」


 ショートケーキのような見た目で白いポイップが使われていたケーキだったが、上には旬の果物がたくさん乗っており、その果物のお陰でさっぱりと食べやすいものとなっていた。

 そんなケーキを味わっていたのだが、なんとこれもルーシーが作ったものだと判明した。


「もちろんお母さんと皆にも手伝ってもらったけどね」


 この大きさなら一人では作れないだろうけど、自分たちで用意するとは……さすがは宝条家。


 すると、ルーシーは真空がいる席には聞こえないようにコソコソと俺たちに話しはじめた。


「あ、ケーキ食べ過ぎちゃだめだよ。このあと演奏するから。演奏終わってからいくらでもおかわりしていいからね」

「ん、演奏?」

「あ、千彩都ちゃんと開渡くんもこのことは大きな声で言わないでね。真空へのサプライズだからっ」

「なーる。わかった」


 演奏は最後の方にやるとは聞いていたが、既にご飯も十分に食べてしまったので、正直今更感はある。

 空腹でやるよりはマシだろう。


 そうして、ゆっくりと一切れ分のケーキを食べきると、ルーシーが俺たちに合図してステージの方へと向かった。

 途中、ちらりと真空が五人で移動する俺たちに視線を送っていたのだが、まさか演奏するだなんて思いもしないだろう。


 ステージには現在、小さな幕があり席からは用意されている楽器は見えないようになっていた。

 もちろん楽器は真空にバレないように昨日のうちに全員分運んであった。


 俺たち五人はステージ裏に回ると、それぞれに楽器をチューニングしていった。

 既にこの音で演奏が始まるとバレてしまうと思うが、直前だし良いだろう。


「ルーシー、今日が初披露だけど大丈夫?」

「うん。真空のためって思うと全然緊張してないよ!」


 ルーシーだけスーツだが、その姿で背負うギターはなかなかにカッコよかった。


「私と深月が来てるんだから、しっかりやりなさいよ」

「もちろんっ! 二人とも本当に感謝してる」


 ツンとしたしずはの言葉だが、わざわざ一緒に演奏してくれるんだ。前向きにやってくれるはずだ。音楽には手は抜かない人だと俺はわかっている。


 見慣れないしずはのドラムポジションも少し合わせ練習の時に見ただけだが、今回は見慣れているかのようにそのポジションが様になっていた。


「よーし。準備良いぞ」


 冬矢の声で、俺たちはそれぞれアイコンタクトをした。


「じゃあ皆! 少ない練習時間だったけど、お願いします!」

「おうっ!」


 準備が整った俺たち。ルーシーが裏に来た牧野さんへと合図するとステージの幕が開くのを待った。




 ◇ ◇ ◇




「――皆様、一旦食事の手を止めて、前の方を向いていただければと思います」


 牧野の声で一同食事の手を止め、言われた通りに前を向いた。


「こちら幕があるステージ前に椅子を用意しております。皆様こちらまで移動お願いします」

「えっ、なんだろう……」


 真空が不思議がりながらも両親と弟と共に移動した。

 そして、ルーシーの家族も同様に前に向かい用意されていた椅子へと腰を下ろした。


「――次は、お嬢様たちが本日のために準備してきた、大一番。朝比奈様への歌――生演奏になります」


 皆が椅子に座るのを見届けると牧野がマイクで紹介。

 ゆっくりとステージの幕が左右に開いていった。


「えっ……」


 真空は信じられないような目をして、ステージを見つめた。

 そこには、先程まで座っていた五人。真空はその五人が幕の裏に移動していったのは見ていたが、チューニングの音がするまでは何が始まるのかわからなかった。


 ただ、チューニングをしたとしても、まさか本当にここで生演奏をするだなんて思いもしなかった。

 なぜなら真空はいつもルーシーたちと共に行動していたから。一緒にいなかった時間に練習をしていたと考えると本当に少ない時間のなかでやってきたのだとわかる。


 皆が揃うとギターを持ったルーシーがスタンドマイクの前まで一歩進む。


「――真空。今日は私たちからのサプライズだよ。練習した時間は短いけど、気持ちを込めて歌って演奏するから聴いててね!」

「ルーシー……それにしずはちゃんに深月ちゃんまで……」


 真空はしずはや深月が自分のピアノで忙しいことを知っている。

 だから、この場に参加してくれただけでも嬉しいのに、演奏までしてくれるとは思わず感動していた。


「おいおい。俺と光流だっているんだぜ?」


 マイクなしの通らない声で真空に告げる冬矢。


「わかってるよ! ……二人ともありがとう」


 いつもなら何かと嫌味を言ったりするのだが、今日だけは冬矢に対して素直だった。


 軽く言葉を交わし、俺たちは最後にもう一度アイコンタクトをとった。


「それじゃあ、真空のために歌います。――『STRAIGHT SKY』」


 ルーシーがそう言った瞬間、しずはのドラムスティックが打ち付けられ、タイミングを取る。

 そして、同時に演奏が始まった。


 真空の名前をそのまま英語にしたようなタイトル。

 その真空へのストレートな気持ちを表したいと思い、ルーシーがつけたタイトルだ。



『――澄み渡る空に流れる彗星 真っ直ぐな君のように STRAIGHT SKY♪』



 本番の歌。

 恐らくこの会場でもほとんどの人がルーシーの歌声を直接聴く人が多いだろう。

 半分ほどはルーシー=エルアールだとわかっていると思うが、それでも聴いた瞬間、光流であってもゾクッと彼女の歌声に心を惹かれてしまう。


 その通りに、会場はざわめきが起きたかのように皆の体がビクッと震え、ルーシーの歌声に反応せざるを得なかった。


 サビから始まるこの曲は爽やかなロックだ。印象的には『星空のような雨』に近い。

 曲の名前の通り、軽やかなリズムでそれぞれの楽器が奏でられる。


 光流と冬矢でどんな曲にするか考えた結果、爽やかさが音で伝わりやすいのがピアノだと感じた。

 だから、ピアノの高音を多く取り入れて作ったのがこの曲だ。


 深月は初めてのバンドだというのに、完全にリズムに乗っている。

 しずはの話では深月は絶対音感持ち。ミスすることはまずありえなく、周囲の音もちゃんと耳に入れながらバランスをとって演奏できる。

 元から持っているピアノの才能はしずはより深月の方が上ということらしい。



『――掬い上げると濁っている水 羽に染み付いた汚れはとれなくて 必死にもがいていた♪』



 真空が隣にいる真来斗と同じようにキラキラしたような目でルーシーたちを見つめていた。

 ぎゅっと手でドレスの裾を握り、ステージに集中する。


 そして、その真空の代わりにドラムを演奏しているのはしずはだ。

 即席のドラム演奏だが全く問題はない。


 先ほど、ピアノの才能はしずはより深月の方が上だと言ったが、生まれた瞬間から音楽に触れてきたしずはは環境から恵まれていた。

 ドラムを叩いたことがほとんどなくても、いくらでも触れる機会は小さい頃からあっただろう。


 彼女は努力の天才。しかし、彼女にはそれだけではない底知れない何かがあるのだ。

 それは、同じく音楽をしてきた他のピアノコンクールの参加者だって理解しているだろう。

 同年代、それより上の年代であってもダントツに上手く、人を惹き付け、心を震わせてしまう熱情の演奏。


 現在のしずはと言えば楽しそうに笑顔で演奏していた。

 やはり彼女は皆と演奏することが楽しいらしい。



『――ダメな自分悩む自分 固定観念が僕を縛って 飛びたい鳥は羽ばたけない♪』



 ゴールデンウィークの演奏では下澤先輩に良い評価はもらえなかった冬矢。

 でも、先輩たちに受けたアドバイスで、冬矢の演奏の質も変わっていた。


 光流だってただ演奏することに集中しすぎて、真空のために気持ちを込めて演奏することが頭から抜けていた。

 冬矢も同じでそれを考えた時、ガラッと音がバンド全体の音を支えるようにベースの低音が底上げされた。



『――差し込んだ青 視界いっぱいに心を晴れにして こびりついた黒をふっ飛ばした♪』



 今日のルーシーは真っ直ぐに前を向いて歌えていた。

 ギターと意識を半分にしなければいけないポジションのなか、これまではほとんど下を向きながらの演奏だったが、真空のためを思うと練習の上達スピードが上昇した。


 短い練習でも自然と動く手、真っ直ぐに真空に笑顔を送りつつ、マイクでその美声を響かせていた。


 白いきらびやかなスーツと共に揺れるのはポニーテールの金髪と真空からもらったサファイアのピアス。

 誰が見てもカッコいいバンドマンだった。



『――澄み渡る空に流れる彗星 真っ直ぐな君のように CLEAR SKY♪』



 一番のサビが終わり、終曲へと向かっていく。


 そうして、楽器の音が鳴り止む――ステージ上で演奏している三人は思った。

 しかし、他の二人はそうは思っていなかった。


 終わりかけていた演奏の中、ドドドドとドラムが再び息を吹き返すかのように打ち鳴らされる。


 その瞬間、ルーシー、光流、冬矢が一斉にしずはの方を向いた。

 さらに少し遅れて深月のキーボードが音を奏ではじめた。



「――――っ!」



 しずはと深月が「私たちに迷惑かけてるんだからこれくらいやりなさいよね」と言っているかのような目線を三人に向けていた。


 一番で終わりのはずだった演奏。

 ルーシーが三番まで歌詞を書いてきたので冬矢は最後まで曲を完成させた。

 歌詞を書いたルーシーも、光流も、冬矢もせっかく作った曲の最後まで練習はしていた。


 なら――、


 

『――艷やかな黒い流星は 動くたびに僕の視界を捉えて 君の心を映し出していた♪』



 ルーシーが歌を再開し、二番が始まった。


 光流も冬矢もギターとベースの音を取り戻し、演奏に加わった。


 そうして二番が終わると待っていたのは光流のギターソロだった。


 当たり前のように毎回難しいようなコードを入れてくる冬矢の作曲。

 光流はため息交じりに練習をしつつも、完璧にソロを覚えてきていた。


 コード譜を用意しなくても耳コピで聞き分けられるくらいにはギターが上達していて、それは軽音部の先輩たちも唸らせるほどだった。

 留まることを知らない光流のカッティングは、初めて目の前で彼の演奏を見た誰もを魅了した。



『――澄み渡る空に流れる彗星 真っ直ぐな君のように STRAIGHT SKY♪』



 最後のサビを終え、全員が今度こそ終曲へと向かって演奏をする。


 そして――、


 しずはのドラムと光流のギターの音で最後は締めくくられた。



『わあああああっ!!』



 少人数ではあるが、演奏をした五人に向かって会場の皆が拍手を贈った。



「ルーシーっ! 皆っ!!」



 すると、演奏が終わってすぐ。

 真空がこちらへと駆けてきてルーシーを抱き締めた。


「ありがとうっ……こんなに嬉しい誕生日……初めてだよ……っ」

「ふふん。でしょ〜っ」


 泣きかけの真空にルーシーは満足げな表情をしていた。


「しずはちゃんっ!」

「ちょっ!?」


 ルーシーに続いてしずはを抱き締めにいった真空。

 深月も参加させることになった時にルーシーに抱き締められたしずはは驚きのままに抵抗するも、真空のホールドには勝てなかった。


「深月ちゃんもっ!」

「私はいいって!」


 同じく真空に抱きしめられた深月はもがいたもののやはり剥がすことができず、最後には諦めて脱力していた。


「冬矢〜っ! ……はいっか」

「なんだと!?」


 深月に気を遣ったのか真空は冬矢に抱擁することはなく、軽く肩を叩いただけだった。


 そして最後に光流は――、


「ぎゅーしてあげる〜っ」

「皆見てるって!?」


 真空はルーシーとしずはの視線を気にせずに光流をぎゅっと抱擁した。


「視線が痛いっ! ほら、俺からは抱きついてないよ!?」


 ルーシーとしずはから睨みつけられるような視線が光流に注がれ言い訳をするも、その目の鋭さは真空が離れるまで収まらなかった。




 ◇ ◇ ◇




 ――サプライズ演奏は大成功と言っても良いのではないだろうか。


 真空もあんなに喜んでいるし、俺たちも演奏していて本当に楽しかった。

 練習時間は短かったけど、頑張った甲斐があったというものだ。


 と、そんな時だった。


「せっかくだし、皆でもう一曲やったら? ほら練習してた曲あったでしょ。私は疲れたから見てる」


 深月が突然そんなことを言い出した。


「深月、それって私もやらなきゃだめなやつじゃん!」

「そのくらいしてあげたら良いじゃない。――さっきは楽しそうな顔してたよ」

「〜〜っ! もう……」


 珍しく深月に責められるしずは。楽しかったことは本当ということだ。


「えっ! 練習してたって『星空のような雨』だよね!」

「あんたの顔に書いてるわよ。一緒に演奏したいって」

「深月ちゃん……っ!」


 まさか、自らこんなことを言い出すとは……。

 深月も少しずつ変わってきたと思って良いのだろうか。しかも特に仲良くはしてない真空のことなのに。


「俺はいいぜ。せっかくの練習の場でもあるしな」

「俺もだよ」

「ならやろうっ!」


 冬矢と俺が同意したことで、ルーシーがやると決めた。


 そうしてしずはがドラムからキーボードの位置へと移動し、真空がドラムポジションへと収まった。


「――皆さん、急遽もう一曲やることになりました! 今私たちが練習していて、学園祭で歌う予定の曲です」


 ルーシーがスタンドマイクに向かって皆に伝えた。


 ステージ上にはウェディングドレスに似た白いドレスの真空と白いスーツ姿のルーシーがいるという摩訶不思議な状況になっている。

 真空はドレスの裾を上げ、膝まで露出するようにして、ペダルを踏みやすいようにポジションをとった。



「じゃあ聴いてください! ――『星空のような雨』!」



 ――今日最後の演奏が始まった。




 ◇ ◇ ◇




「お姉ちゃんすっげぇ! かっこいい! 他の皆も!」


 演奏が終わり、再びケーキを食べるような時間になると、真来斗くんが興奮した様子で真空を褒めていた。

 あんなもの見せられたらそりゃあこうなる。


 長く練習をしてきたせいか今回の『星空のような雨』は完璧だった。

 しずはがキーボードをしてくれたお陰もあり、それだけで全体のレベルが一気に上がっていた。


 この調子で学園祭も良い演奏ができると良いんだけどね。



「しずは! ちょっとこっち来て!」



 すると、ルーシーがしずはを席から立たせて、自分の家族の元へと連れて行った。

 オリヴィアさんにしずはを紹介したようで、オリヴィアさんと花理さんが昔からの友人だった話をしていた。

 もちろんしずはは驚いていて、複雑な心境なのかオリヴィアさんにはペコペコしていた。



 その後、真空へのプレゼントタイムへと移った。ルーシーがつけているサファイアのピアスと似たようなものをプレゼントしていた。デザインは違うとのことだがお揃いということが良かったのか、真空はとても喜んでいた。



 最後にはこの場にいる皆と写真を撮ったのだが、自宅で寝る前、その写真がルーシーから俺たちのグループチャットへと送られてきた。

 真空がウェディングドレス、ルーシーが白スーツということから、誰が見ても結婚式に撮ったような写真になっていた。



 そうして、サプライズだらけの真空の誕生日が終わりを告げた。





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