161話 もう一人の家族
「お邪魔します……」
俺に出迎えられたルーシーはゆっくりと玄関の中へ足を進めた。
「うええええええっ!? こっ、この人がルーシーちゃん!?」
すると俺のすぐ後ろに控えていた鞠也ちゃんが、驚きの声を漏らす。
「ワン!」
同時にノワちゃんもルーシーの存在を認識。軽く吠えた。
「光流っ? この子は?」
戸惑いを見せるなか、ルーシーが俺に質問をする。
「俺の従姉妹の鞠也ちゃん。一つ年下だよ」
俺はノワちゃんを抱えながらそう説明した。
「ワンちゃんもいる……」
「ノワちゃんです」
そういえばルーシーの家はあれだけ広いのに動物はいなかった。
犬くらいは飼っていてもいいくらいなのに。
「ぬうううううう」
「わっ」
すると突然、謎の唸り声を上げた鞠也ちゃんが俺の前で出ると、そのままルーシーの胸へとダイブした。
「鞠也ちゃん!?」
俺と久々に再会した時も同じように飛びつかれたことを思い出した。
鞠也ちゃんを見ていると、ルーシーの胸あたりに顔を埋めくんくんと匂いを嗅いでいるようだった。
「この世のものとは思えないほど良い匂い〜」
褒めてるのか褒めていないのかよくわからない感想を述べた。
「ひ、ひかる? 私どうすれば……」
「ごめんごめん。ほら鞠也ちゃんルーシー困惑してるよ」
「もうちょっと〜」
さっきまで見極めてやるとか言っていた鞠也ちゃんはどこに……。
「まりやちゃんっ……力強いなっ」
「むううううう」
数秒後、なんとか鞠也ちゃんを引き剥がし、ひとまず落ち着く。
すると、リビングにいた両親と姉も玄関までやってくる。
「あなたが、ルーシーちゃんなのね……?」
包帯を巻いていない状態のルーシーを初めて見ることになった母が、確認するようにそう聞いた。
「あっ……あの! 私……宝条・ルーシー・凛奈と申しますっ! 光流のお母さんですよね? 私、今まで……ずっと……お礼を言っていなくて……だから……」
挨拶をしたルーシーだったが、言葉を続けていくうちにどんどん声が震えていった。
顔がどんどん俯いていき、イブに再会した時のようにルーシーは謝ろうとしているのがわかった。
「良いのよ。お礼はあなたのお母さんとお父さんから十分に言われているから。ほら、ちゃんと顔を見せて?」
「えっ……あ……」
顔を上げたルーシーの目には涙が溜まっていた。
「あら、本当に綺麗な子じゃない。今まで頑張ったのね。元気に生きててくれて嬉しいわ」
「あぁ……ぁ……」
母の母性溢れるような優しい言葉に包みこまれ、ルーシーは声が出せないでいた。
「ほら、こっちにきなさい?」
「ぁ……っ」
母が玄関にいるルーシーを引き寄せ、抱き締めた。
「あなたの中に、光流の一部が入っているのね。……温かい。ちゃんと生きてる」
「うぅ……うぅ……」
ルーシーの体温を感じ、生きていることを確認した母。
その優しい包容と言葉にルーシーの目に溜まっていた涙は既に溢れていた。
「――ルーシーちゃん。目覚めている状態では初めて会ったけど、光流の腎臓があなたの中に移植された日から、ずっとあなたのことをもう一人の家族だと思ってるわ」
「……あぁ……ぁぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
少し前まで恥ずかしそうにしながら俺の家の敷居をまたいだルーシーだったが、母から抱き締められ、優しい言葉を聞かされると、ただただ大泣きした。
俺の隣にいた鞠也ちゃんの目にも涙があった。
鞠也ちゃんの涙を見たのは文化祭のライブの時以来。今回は涙の意味は違うとは思うが、母とルーシーとのやりとりを見てもらい泣きをしたようだった。
「ルーシーちゃんっ」
今度は姉の灯莉がルーシーを抱き締める。
「私、光流のお姉ちゃんだよ。本当によく来たね。歓迎するから、私とも仲良くしてねっ」
昨日、遠くからではあるが、ルーシーの姿を見たはずの姉。
今日も少し前まで俺と同じく早く来ないかなと息を巻いてワクワクしていたのだが、今の母とのやりとりを見て、鞠也ちゃん同様にもらい泣きをしていた。
「はいっ……はいっ……仲良く、しますっ……」
ルーシーは涙を流しながらも必死に姉の言葉に返事をした。
「ルーシーさん。光流と仲良くしてくれてありがとう。ここを自分の家だと思って良いからね。ゆっくりくつろいでいってくれ」
父も震える口を結び、なんとか声を絞り出していた。
「はいっ……ありがとう、ございます……」
俺は改めて、この家族の下に生まれて良かったと感じた。
もしかすると人によっては、ルーシー本人からずっと連絡がなかったことに対して、怒る人もいるかもしれない。
けど、俺の家族は露ほどもそうは思っていなかった。
どこまでも優しくて、相手の事を思える最高の家族だ。
「ひかるぅ〜〜〜」
もらい泣きしていた鞠也ちゃんが俺の腰辺りに抱き着いてくる。
俺はその頭を軽く撫でた。
「鞠也ちゃんが泣くことないじゃん」
「うるさい〜っ。ひかるだって泣いてるくせにぃ」
俺も皆の様子につられて、いつの間にか目に涙が溜まっていた。
この状況で泣かない人はほとんどいないだろう。
『ピンポーン』
すると、今日三度目のチャイムが鳴った。
「俺出るよ」
不思議に思いつつも、俺はサンダルを履いて再び玄関の扉を開けた。
「あっ……」
「失礼します。娘が本日、九藤さんのお宅に伺うと聞いて、せっかくですので挨拶しておこうと思いまして」
「突然すみません。娘がお世話になっています」
そこにいたのは、ルーシーの父の勇務さん、そして母のオリヴィアさんだった。
その後方には氷室さんが控えていて、軽く礼をしていた。
さらに家の前の路地を見ると、リムジンではない黒塗りの高級車が停車しており、運転手は須崎さんだった。
須崎さんはサングラスを軽く上げて俺に挨拶をした。
「あら、わざわざ足を運んでいただいて……」
「ご無沙汰してます。どうぞ上がってください」
すると母と父が二人を招き入れるように話した。
「ルーシー、父さんと母さんは少し話したら帰るから安心してくれ」
「うん……大丈夫……」
母と姉と抱き合っていたルーシーはその抱擁を解くと、勇務さんにそう返した。
…………
その後、言っていた通り鞠也ちゃんがすぐに帰ると、一旦、全員がリビングに集まることになった。
「この度は娘のこと、本当にありがとうございました」
勇務さんがそう言って頭を下げるとオリヴィアさんも同じく頭を下げた。
続いてルーシーも一緒に頭を下げた。
多分、ルーシーの両親はルーシーも一緒にいるこの場でちゃんとお礼を言いたかったんだと思う。
「いいえ、もう大丈夫ですよ。十分感謝いただきましたから」
「そう言っていただき恐縮です」
「さあ、とりあえずテーブルに座ってください」
勇務さんと母がそうやりとりをすると、ダイニングテーブルに父と勇務さん、オリヴィアさんが座る。
母はコーヒーを用意するのか、台所へと向かった。
「光流とルーシーちゃんは夕食まで部屋で遊ぶ予定なんでしょ? こっちは良いから二階行っていいわよ」
「母さんありがとう」
俺とルーシーがその場に立ち尽くしていただけになっていたので、母が気を利かせてくれた。
姉はノワちゃんを膝に乗せながらソファに座っていて、ひとまずリビングで過ごすようだった。
「じゃ、ルーシー行こっか」
「……うん」
ルーシーは既に泣き止んでいたが、目元は赤くなっていた。
「ごゆっくり〜」
姉はソファからこちらに手を振っていた。
先ほどまで泣いていた姉も今では普段通りに戻っていた。
そうして俺たちはリビングから出て二階へと上がった。
◇ ◇ ◇
光流のお家。
まさかこの私が異性のお家にお邪魔することになるなんて思いもしなかった。
だから緊張してどうしようかと思っていた。
インターホンを押すと光流が出迎えてくれた。
私は初めての光流の家に少し恥ずかしくなり、モジモジしながら挨拶した。
そんな時、光流の従姉妹だという鞠也ちゃんが飛びついてきた。
年下の女の子に飛びつかれるのは初めてだったので驚いてしまったが光流の従姉妹ということもあり、とても可愛く見えた。
そうして次に出迎えてくれたのは光流の家族。
私は初めに言う事を決めていた。
それは、今まで言ってこなかった感謝。
光流の判断で私に腎臓をくれたということは聞いていたけど、その最終判断をしたのは光流の家族。
自分たちの大事な子供が臓器を一つ失うことになるのに、私に腎臓を渡す判断をしてくれた光流の家族には感謝してもしきれない。
ただ、アメリカに行ってからは光流のことばかりで、光流の家族に目が行かなかった。
光流のことばかりという割には、自分のエゴで連絡をしなかったりして、ともかく私は自分ばかりでワガママな子だった。
私の代わりに父と母はたくさん光流の両親に感謝を伝えていたんだろうと今になって気づいた。
だから挨拶したあとに、感謝を伝えようと言葉にしたけど、うまく口が動かなくて……。
薄情者だと罵られてもおかしくなかった。それくらいの覚悟はしていた。
でも、光流のお母さんの言葉が優しくて嬉しくて、ちゃんと感謝を伝えられていないのに、涙を流してしまった。
抱き締められて『もう一人の家族』だと言われた時には、もう我慢ができなかった。
光流のお母さんの優しさ、温かさ、包容力、全てに包まれて抑えきれない感情が溢れるまま大泣きした。
光流のお姉さんも同じく抱き締めてくれて、仲良くしてねとも言われた。
光流のお父さんに至っては、この家を自分の家だと思って良いとも言ってくれて、光流の家族の底しれない優しさに触れた。
私は思った。
こんなに素敵な家族のもとで育てられた光流。
この家族がいつも近くにいたからこそ、光流は優しくて素敵な人に育ったんだと思った。
まだちゃんと話せていないのに、私は光流の家族のことが大好きになった。
私のことを温かく迎えてくれて、嬉しくて、幸せで……。
光流の家族のことを一生大切にしたい――いや、しようと心に決めた。
―▽―▽―▽―
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