118話 便箋
ルーシーへの誕生日プレゼントは購入した。
あとは送るだけ。
そう思っていたのだが、何かそれだけでは物足りないような気がした。
でも考えているうちに、時間が過ぎてしまう。
ルーシーの誕生日に間に合わなくなってしまう。
アメリカまでの配送時間を考えると日数がかかることはわかっている。
なら、早めに送った方が良い。九月中に送った方が良いだろう。
ただ、何が足りないのか、自分ではわからなかった。
そこで俺は冬矢に相談することにした。
教室では大っぴらに話せなかったので、昼休みに二人でご飯を食べることにした。
…………
今、俺と冬矢は屋上のベンチに弁当を持ってきて、二人並んで座っている。
「――プレゼントは用意できたんだけどさ、なんか足りない気がしてるんだよね……」
俺は冬矢に悩みを話した。
この話は今、冬矢にしか相談できない。
「そうか。それなら簡単だ」
冬矢は既に答えがわかっているようだった。
さすがは親友。本当なら自分で気づきたかったけど。
「どういうこと?」
「そうだな……じゃあヒントだ」
「クイズなんだ」
「いいじゃねぇか。自分で考えて答え辿り着くのもいいだろ」
冬矢は弁当箱の中から卵焼きを一つ箸で取りながらそう言った。
「……それで?」
「今までお前がされて嬉しかったことを思い返してみろ。どんなことされた時に気持ちがよく伝わったと思うんだ?」
嬉しかったこと、気持ちがよく伝わったこと。
というかこれって――、
「――しずはのこと?」
なんとなくだが、俺が思い浮かんだのはしずはだった。
「さぁな。でもお前が思い浮かんだのはしずはってことだったんだろ?」
「……そう、なのかも」
「じゃあ、あいつに今まで何されたか思い出してみろ」
しずはに今までされてきたこと。
結構あるような気がするけど。
俺は思い返してみた。
何から始まっただろう。しずはが俺にしてくれたこと。
ええと、関わり始めたのは病室で、その後はうちの家で遊んだりして。
ピアノコンクールに招待されて、しずはの家にもお邪魔して。
それで小学六年生の時のある日、下駄箱に差出人不明の手紙が入っていて。
実はあれはしずはで――、
――手紙?
最初に手紙をもらった時、俺はどう感じていた?
手書きの文字から気持ちが伝わってきていなかっただろうか。
その後、バレンタインチョコをくれた時にも手紙をくれて。
手紙があったからこそ、チョコがさらに美味しいと思わなかったか?
でも、手紙一つあるだけで気持ちがとても伝わってきていた気がする。
「手紙かもしれない……」
いつの間にか弁当を食べる手が止まっていた。
屋上の風で弁当の中身がどんどん冷たくなっていく。
「お前がそう思ったなら、そうなんだろ」
「……そうかも」
冬矢は誘導がうまい。
俺の心の中や記憶から答えを引き出してくれる。
冬矢がプレゼントの他に必要なものを提示してくれたのではなく、あくまで俺がその答えを自分で考えて導き出した。
そうすることで、より納得することができているのかもしれない。
「ほら、唐揚げ。一個やる」
俺は弁当箱の中にあった唐揚げを一つ取り出し、箸で掴んで冬矢の弁当箱の中に入れた。
「なんだよいきなり」
「お礼」
「小さいお礼だな」
ただ、冬矢からすると物足りないお礼だったようだ。
確かに小さいお礼だ。
ルーシーの誕生日の件のお礼だって、ちゃんとしていないからな。
「気持ちだよ気持ち」
「ったく……」
とりあえず、気持ちだけでもということにしておいた。
◇ ◇ ◇
その日の帰り道。
今日は合わせ練習もなかったので、家でギターを練習することにして帰ることにした。
最近はルーシーと出会った公園に立ち寄ってから、よく帰るようになっていた。
いつもならジョギングコースとして回っていたコースだったのだが、ギターの練習などもあるので、あまり行けていなかったからだ。
そして、今日もその公園を通りかかったのだが――、
「――ようっ」
もうどのくらい前だろうか。
いつか話した、謎の金髪の少年。
ただその少年はやはり時の流れもあり、少し成長していて。
その風貌は最低でも高校生、もしくは大学生とも思えるような見た目になっていた。
つまりその少年はイケメンの面影を十分に残しながら青年へと成長していた。
そして青年は公園のブランコに座っていて――、
「あっ……いつかの……」
そもそも名前も知らない相手。
なんと返事をすればよいかもわからなかった。
なので、中途半端な返事になってしまった。
「ちょっとこっちこいよ」
ブランコに座る姿も様になっているイケメンな青年は、俺をブランコまで誘ってきた。
なぜかわからないが、俺はこの人の誘いは断れないような気がしていて――。
結局俺は公園の中に足を踏み入れて、青年の隣のブランコへと腰を下ろした。
「――最近、どうだ?」
「最近、ですか」
世間話の常套句のような会話をはじめる青年。
彼の意図は、以前からもよくわからなかったが、今回もよくわからない。
「最近の話なら、バンドを作って文化祭で演奏する予定です」
「バンドか! 君の見た目からするとバンドのイメージはないが、いいじゃないか!」
"君の見た目からすると"は余計だ。
「音楽か……これは面白いことになったな……」
「え?」
「あ、いや……こっちの話だ。気にするな」
独り言のように呟いたそれは、何を意味していたのか俺にはよくわからなかったが、青年はそれについて詳しく話をする気はないようだった。
なので俺もそれ以上は追求しないことにした。
「他はどうだ? そろそろ女子にでもモテ始めてきたか?」
俺のことを見透かしたような質問。
そういえば、いつかの運動会の時にも走っている時に金髪の少年が一瞬見えた気がしたのだが、さすがにないよな。
バンドをしていることも知らないようだったし。
でも、俺に話しかけてきたということ、ここで待ち伏せのようなことをしていたことからも、何かしら俺の情報は持っていると思っていいだろう。
「なんだか自分でもよくわからないんですけど、少しだけそんな感じになってきているというか……」
こんな事を自分で言うのが恥ずかしい。
というか、自分でモテてると言っているようなものじゃないか。なんだかむず痒い。
「ほぉう、良いじゃないか。モテるくらいの男じゃないとな」
「言ってる意味が……」
「――それで? 彼女は作らないのか?」
あれ……これって前にも聞かれなかったっけ?
でも話の内容までは覚えていない。
「作らないという言い方はちょっとあれですけど……彼女はいないです」
「ふん、そこを気にするんだな。モテてるという話だが、そいつらのことは好きじゃないのか?」
好き……友人としてはもちろん好きだ。
ただ、俺には決めてる人がいるから。
多分俺は頑固なんだろう。一度決めたことは曲げられないというか、追い求めてしまう。
「友人としては好きですよ。ただ……俺には決めてる人がいるので……」
「変わらない、か……やるじゃないか……」
あれ、俺は前にも似たような事を言ったのだろうか。
そんな感じの言い方だ。
「なら、そんな君に俺からもプレゼントだ」
「え?」
すると、青年はブランコから立ち上げる。
そして、服のポケットから何かを取り出し、それをブランコの台に置いた。
「――じゃあな」
「え!?」
彼はそのまま公園の出口の方へと歩いていく。
前にもこんな感じで言いたいことだけ言って、去っていったような気がする。
「ありがとうございます! さ、さよならっ!!」
多分、俺の為に何かしてくれてるんだろうけど、本当によくわからない。
でも一応、青年の背に感謝を告げた。
すると彼は背中越しに右手を上げ、軽く左右に振って公園を出ていった。
俺はブランコに視線を戻す。
そして青年が座っていたブランコに近づき、置かれていたものを手に取った。
それは、小さく透明な袋に包まれていたもので――、
「――便箋……?」
意味がわからなかった。
なぜ便箋なのか。
いや、ちょっと待てよ……。
今日冬矢と会話したこと。
まさか、まさか――、
「――この便箋を使って、ルーシーに手紙を送れってことか?」
俺がルーシーに手紙を送るだなんて知っているのは、冬矢だけのはず。
だって今日の昼間の話なんだから。
もしそうじゃなくても、ルーシーに誕生日プレゼントを送るということを知っているのは、冬矢の他に家族だけ。
家族は既にルーシーの情報を持っていたし……。
いや、あの後にルーシーの親に連絡した? だとしたら俺の情報が筒抜けになっている可能性もある。
もし、もしそうなら……あの人って、やっぱり。
……おかしいなとは思っていた。
でも、あり得ないと思っていた。
だって、俺からルーシーにコンタクトをとったこともなければ、ルーシーの家族と連絡をとったことなんて一度もなかった。
でも、ここらへんでは珍しい金髪で青い瞳。
ルーシーと同じだった。
そして、今やっと繋がった。
「ルーシーのお兄さんなんだ……」
一番最初に接触してきたのは、小学生の時だよな。
「はは……そんな時から俺のことを見ていたのか……」
でも、もし本当にルーシーの兄だったとして一つだけ思うことがあった。
もしかすると、ルーシーもまだ俺のことを想っているのではないかということ。
だから、ルーシーの兄は俺のことを観察していたのではないか。
ルーシーに見合う男なのかどうか。
もしこの予想が当たっていたとしたら――、
「――とんだシスコンじゃないか」
ただ、あの便箋。
元々手紙は送るつもりだったけど、便箋はこれから買わなければいけなかった。
その手間はなくなった。
そして、もし俺とルーシーとを繋げてくれているとしたら、それこそ感謝しなければいけない。
ならしっかりと内容を考えて書かなければいけない。
ともかく、今思うことは――、
「――ありがとう、名前も知らないお兄さん」
◇ ◇ ◇
「――さすがにもう正体バレたかな〜」
公園から少し先まで歩いていった所に停めてあった黒い高級車。
その後部座席に乗り込むと、青年――アーサーは隣に座っている弟のジュードに向かってそう話した。
「ははっ、あそこまでしたらね」
ジュードが笑いながら、今の今までアーサーがしていたことを見てきたように言った。
「恋のキューピッドになっちゃったかな〜」
「どうだろうね。最初から手紙を送るつもりだったかもしれないし」
手紙を送るという情報は、彼らは知らなかった。
ただ、父に光流の父から荷物が届くかもしれないと連絡を受けていたのだ。
その話をたまたま聞いただけだった。
それならと、自分たちに何かできないものかと考えたのがこれだった。
「あいつの誕生日に同じもの贈ってやらないとな」
「じゃあ僕が便箋をルーシーの誕生日プレゼントにするね」
「なんでだよ!」
アーサーはルーシーにも同じく便箋をプレゼントしてあげようと思っていたが、それはジュードが送ると話す。
「兄さんばかりに手柄あげられても困るし」
「お前の方がルーシーに好かれてるんだからいいだろ」
「まぁまぁ……こっちの方は兄さんの手柄なんだから、ルーシーの方は僕の手柄にさせてよ」
ルーシーから見てもアーサーとジュードを比べればジュードの方が気が利くと思われているのだが、こういう手紙を書いて送るというような心がこもったことは、意外とアーサーの方が好きだったりする。
「これからどうなるかな〜」
「両想いだし、なるようになるでしょ」
「何もなければな」
どちらの気持ちも知っている二人。
ルーシーのほうはまだしも、光流の方の情報も今まで使用人などを使って集めさせてきていた。
詳細までは知らないものの、おおよその光流の情報は筒抜けだった。
「そういや光流くんは秋皇に行くって話だよね」
「はは、そうらしい。これ知ったらルーシーも行くって話になりそうだな」
そして、それは進学先についても同じだった。
「退屈な学校生活も面白いことになりそうだよ」
「お前は次の生徒会長に決まったも同然だもんな。あいつらと一緒の学校に行けるの羨ましいよ」
「そうだね。僕も兄さんの代わりにちょっかいださないとね」
「ずり〜。俺は大学だってのによお」
アーサーは大学生だが、ジュードは秋皇学園の二年生だった。
そして現在は生徒会で副会長の立場。次の選挙では生徒会長になることもほぼ確定している。
見た目や勉強、運動神経から考えてもジュードは人気があった。
そんな相手に勝てるような他の候補はほとんどいない。
あの事故以来、ルーシーのことをより大切に思うようになった二人。
光流とルーシーの関係を茶化そうと思いつつも、ついに近づいていく二人の未来がどうなっていくのかを楽しみにしていた。
ー☆ー☆ー☆ー
この度は本小説をお読みいただきありがとうございます!
もしよろしければ小説トップの★レビューやブックマーク登録などの応援をしていただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます