110話 繰り返し
二度目の合わせ練習の日がやってきた。
今日はちょうど土曜日。時間は午前十時。
しずはの家に集まることになっている。
ちなみに、ドラムはどこからか透柳さんが借りてくれたらしい。
「ここがしずはの家か〜」
以前まで藤間さんと呼んでいた陸も、今やある程度話す関係になったので、しずはと呼ぶようになっていた。
しずはの家について陸はそこまで驚いていなかった。
彼の家は医者の家系なので、おそらくはしずはの家より大きい家に住んでいるのだろう。
現在冬矢は松葉杖を卒業しており普通に歩ける。
リハビリは継続しているが、歩く分には支障はないそうだ。
インターホンをピンポンと鳴らすと、しずはが出迎えてくれた。
「おはよ。中入って」
「お邪魔します」
俺たちはしずはの家に入った。
「しずはー、これシュークリーム! あとで皆で食べようぜ!」
さっき三人でケーキ屋さんに寄って買ってきたものだ。
「わざわざありがとう。冷蔵庫に入れておくね〜」
そうして、いつもとは違う部屋に通された。
「こんなに部屋あったんだな……」
以前ベースを借りに来たことがった冬矢もここまで空き部屋があるとは思っていなかったのかもしれない。
「さぁ? でもここは適当な物置きだったから空けたの」
その部屋はもう完全なスタジオとなっていた。
ドラムが置かれていて、マイクやアンプ、ケーブル、椅子。全てが用意されていた。
「完全なスタジオじゃん」
「そのためにわざわざ作ったんだから……お父さんが」
透柳さんの苦労しているイメージが思い浮かぶ。
「とりあえずセッティングしておいて。お父さん呼んで来るから」
しずはが部屋を出ていき、透柳さんを呼びに行った。
しばらくすると、しずはと透柳さんがやってきた。
しかし、透柳さんは明らかに寝起きっぽくて髪がボサボサで、スウェット姿だった。
「すまん。めっちゃ寝てた」
「皆、後でご飯奢ってもらおっ!」
透柳さんがペコペコと俺たちに頭を下げると、しずはがイラついた様子で透柳さんを睨みつけていた。
「今日はわざわざありがとうございます。こっちがベースの冬矢で、こっちがドラムの陸です」
俺は二人を紹介した。
冬矢と陸が頭を下げて「よろしくお願いします」と挨拶した。
「じゃあ、とりあえず弾いてもらっていいかな?」
「はい」
そうして俺たちは、透柳さんの前で演奏した。
…………
「――とりあえず、ここまでにしてお昼食べようか」
何度か演奏を繰り返し、透柳さんにアドバイスをもらい、また演奏を繰り返す。
そうしているうちにすぐに十二時になった。
透柳さんがピザを頼んでくれたので、俺達はそのままこの部屋で昼食を取ることになった。
「前よりは良い感じになってきたよな?」
俺たちは今、ピザを取り囲みながら床で話し合っていた。
そんな中、陸がそう発言した。
「陸ってお調子者だよね」
「なんでだよ!」
しずはが鋭く指摘した。
確かに陸の性格はそんな印象がある。
「やり始めたばっかりなんだから、まだまだできてないよ」
「少しは喜ばせてくれよ」
「もっと滑らかにドラム叩けるようになったらね」
でも演奏して、修正しての繰り返しだ。
着実に合わせは上手くなってきている。
「あ、そういやオリジナルの音追加してきたぞ。意見くれるか?」
しずはから冬矢に託されたオリジナル曲。
ピアノ以外の音を入れてくれたようだ。
「じゃあ流すぞ」
スマホの再生ボタンを押す。
「――――」
俺たちは静かに曲を聴いた。
「――どうよ?」
「冬矢にしては良い感じじゃない? まぁ、私が口出してるけど」
しずはは冬矢に曲をどんな感じにするかアドバイスをしていたようだ。
「いいんじゃないか? ずっと曲って感じになってるし」
陸も文句はないようだ。
「…………」
「光流? どうかしたか?」
俺が無言だったので、冬矢が気にしてくれた。
「なんか俺のソロだけ、めっちゃ難しくない!?」
そう、文化祭の時に演奏する他の二曲よりも複雑なギターソロのパートが組み込まれていた。
プロの曲よりも難しいソロを入れるってどうにかしてる。
「光流ならできるから大丈夫だよ」
「そうそう、できるできる」
しずはも冬矢もできると言うが、音を聴く限りはかなり早い指の動きが必要だ。
「お前はなぁ……」
でも幸いにも時間がある。
「一応やってみるけどさ。やっぱ無理ってなったらソロの部分だけでも変えて?」
「あぁいいぜ。大丈夫だと思うけどな」
ここにきて負担増だ。
難しい練習が増えたってことだからな。
「まだ調整する部分あるから、それぞれのパートでこうしたいって部分あれば言ってくれ」
それにしてもよくパソコン使えるな。
曲を編集するソフトは初めてだろうし、器用なもんだ。
「そういやシュークリーム食べようぜ!」
「忘れてた」
冬矢がそう言うと、しずはがリビングにシュークリームをとりに行った。
◇ ◇ ◇
「ねぇ……」
そうしてしずはがシュークリームが入った箱を持って戻ってくると、微妙な表情になっていた。
「どうした?」
「なんか、お姉ちゃんに一個食べられてた……」
冷蔵庫に入れてたなら、家のものだって思っちゃうかもしれない。
「あれ一応透柳さんのために一つ多めに買ったんだよね」
「あー、そういうこと。お父さん酒のつまみみたいな塩辛いものが好きだから、甘いものあんまり食べないよ」
「なら四つあるし、良いだろ」
そうしてシュークリームが入った箱を開けてみると――、
「三つしかねぇじゃん!」
「……お姉ちゃん二個食べたみたい」
一気に二つもシュークリームを!?
すごいな。
「ここはジャンケンだな」
冬矢が提案した。
「女の子の私に譲ろうって気持ちはないわけ?」
「あるわけねー! バンドメンバーに上も下もねえ」
よくわからない理論だが、とりあえずジャンケンすることになった。
「じゃあいくぞ。最初はグー! ジャンケンぽん!!」
俺以外パー。俺はグー。
「いただきまーす!」
すぐにシュークリームを手に取って食べる三人。
「ぬぐぐぐ……」
めちゃめちゃうまそうだ。柔らかい生地の中からとろとろのカスタードクリームが出てくる。
「うめー!」
「食後のデザートって最高だな」
「んん〜〜〜っ」
満足そうに食べる三人。
「……光流、ほしいの?」
「そりゃ当たり前だ」
するとしずはが、ニマ〜っと笑い自分のシュークリームの一部をちぎった。
「ほら、私の少しあげるよ。クリームもちょっとつけてあげる」
「え?」
そしてシュークリームの欠片を俺に渡してこようとする。
「……私が口つけたやつで良ければね〜〜?」
「っ……お前なぁ」
狙ったようにそう言ってくるしずは。
そして、自分の唇の端についたクリームを舌で舐めとる。
男子ではなかなか見られない潤ったしずはの唇が、ぷるんと震える。
「い、いらないっ」
「なんでよ! 私が食べたやつ食べられないって言うの!?」
俺が拒否するとしずはが少しプンプンする。
「食べられないわけじゃないけど……」
「ならいいじゃん。ほらっ」
無理やりにシュークリームを押し付けられてしまった。
「…………」
三人が俺に注目している。そんなに見るなよ!
「光流、食わないのか?」
「え、あー。食いたいんだけどね」
迷っている俺に冬矢が聞いてきた。
正直俺の口の中は唾液が増えてきて、目の前のシュークリームにかぶりつきたいと思っていた。
「……じゃあ俺がもらう〜っ」
「は!? バカ! これは俺がもらったんだ!」
「痛えっ! あっ……」
冬矢が手に持つシュークリームにかぶりつこうとしてきたので、頭を叩いてやった。
その勢いで俺もシュークリームを食べてしまった。
「……うめぇ」
「光流、食べちゃったね?」
俺がシュークリームの味を堪能していると、しずはがニヤケ顔でこちらを見てきた。
「あ……仕方ないだろ! 俺が甘いもの好きだって知っておきながら!」
「ばーか」
「……いたぁー!? なんでお前も叩くんだよ!」
しずはがなぜか冬矢の頭を叩いた。
「これは光流にあげたの! あんたが食べようとするんじゃない!」
「光流、全然食べようとしなかったじゃんか! もったいねえ」
しずはは俺にシュークリームを食べて欲しかったようだが、もしかすると冬矢は俺に食べさせるためにこんな行動をしたのかもしれない。
いや、ただ食べたかっただけなのかもしれないけど。
「ははははっ。お前らほんとおもしれーな。教室にいてもあんまこういうの見られねーから新鮮だわ」
俺たちのやりとりをみていた陸が大笑いした。
「確かにな。女子でここまで言ってくるやつってあとは深月くらいだしな」
「こうなったのも少し前からですけどねー!!」
しずはがこうやって何でも言ってくるようになったのは、文化祭のあとからだ。
中一の頃までの性格とはまるで違う。
「あー、お前ら楽しいわ。バンド仲間になれて良かった」
「そう言ってもらえると誘った甲斐があったよ」
俺もしずはだからこそ言えることってあるからな。
クラスの女子にはしずはと同じように接することはできない。
「おつかれ〜。昼食べたか〜? じゃあ後半やるぞー」
リビングで昼食を食べてきた透柳さんが、スタジオ部屋に戻ってきた。
朝とは違い、着替えて髪も整えてきていた。
だらっとしているのは変わりないが、イケオジなので少し整えるだけですごく雰囲気のある男になっていた。
「よし! やるか!」
冬矢が立ち上がり、俺たちもピザとシュークリームのゴミを片付けていく。
こうしてそのあとも夕方まで演奏を繰り返していった。
ー☆ー☆ー☆ー
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