#44 怪獣王、現る


 保健室。黒い閃光が迸った。

「——ッ」

 魔法が、ぶつかる。——防御魔法が、ぎりぎり間に合った。

「……」

 泥。高周波音みみなり。立ち上がり、後ずさる僕。


 黒い仮面は、僕を睨んで——口端を歪めた。

「……せる」

「カロン! なんで——」

「これでようやく、お前たちを……殺せる」


「ソーヤさん! クリスさんもっ! だいじょうぶで——」

 駆け寄る音。アリア。

「危ないっ!」

 声を掛けるが早いか——黒い閃光の矢が飛ぶ。しかし。

「アリアちゃんっ!」

 バチンと音がした。——マーキュリーが、別の魔法で弾き返した。

 一触即発の空気感。数秒の沈黙。そこに、乱入者。


「カロン!」

 黒い仮面の女が、もう一人。……カロンの親友、グレンダ。

「もうやめよう。流石に洒落にならない。……クラスメイトを、殺すなんて」

 その言葉に、しかしカロンは。

「うるさい。……うるさい、うるさいうるさい!」

 叫んだ。なにかを振り払うように。

「わたしは、常に一番じゃないといけないのッ! だから、邪魔をするやつは……排除、しなきゃ……」

 仮面の下から、一筋の涙が見えた。


「これ、どう外すんだ。外れない。……意識が」

 グレンダは頭を抱えだした。——黒い仮面が、彼女に『貼り付いている』のが見えて。

 僕は手を構えた。……なにか、とても嫌な予感がする。

「……グレンダ。どうしたの、グレンダ!」

 カロンが駆け寄る。しかし。

「うぁ、……理性が……誰か、私を——」

 呻くグレンダ。おそらく、続く言葉は——。


 ——誰か、私を止めてくれ。


「グレンダっ! ……よくも、グレンダを」

 倒れ伏すグレンダ。カロンは僕を睨みつけ、手を向ける。

「待って。僕らはなにも——」

 弁解しようとする僕に、彼女は。

「黙れ!」

 叫んだ。

「黙れ黙れ黙れ黙れ! やっぱり殺さなきゃ。お前らを、殺さなきゃ!」


 僕は悟った。

 彼女は、理性を失っている。


 あたかも瘴気のような、禍々しい魔力があたりを包んだ。

「……っ」

 また頭が痛くなってくる。……しかも、気配はだんだん濃くなっていく。

「グレンダ……ああ、グレンダ。いま、仇を……」

 呼ばれた少女は倒れ伏し——変化が起こる。


 なにかが生えた。まるで冬虫夏草のように。

 倒れた身体から発芽し、伸びて、彼女の体を包み——黒い仮面が、光った。


「うぁ、あ、あああ、アアアアアっ、アアアアアアアアアアアアッ」

 呻きが、雄叫びに変わった。


 おそらく、成人男性より一回り大きい身体に、幾重のツルが巻く人型のナニカ。

 顔に値する部分には、大きな一つの目のような模様。

 そして胸部に、赤く丸い玉のようなものが埋まっていた。


「アアアアアアアッ!」


 ——それはまさしく、怪人としか言いようのないものだった。


 アラームが鳴った。

『緊急事態発生。緊急事態発生。スタジアム内、複数の人型魔獣が発生。生徒の皆さんは直ちに自分の身を守る行動を——』


「殺す。殺す、殺す殺す殺す殺す……」

 禍々しい気配を放つカロンに、身構える。そのとき。

「アアアッ、アアアアアアアッ!」

 かつてグレンダだったもの——怪人は、悲鳴のようなうめき声を上げ、腕を振り回した。

 植物のような腕が伸び——壁を、破壊。

「クリス! マーキュリー!」

 二人が巻き込まれ、廊下に出る。僕はそれを目で追って——「ほらほら、こっち来なさいよバーカ。……あたしたち二人が相手よ、植物怪人!」

 煽るクリス。……分断して、少しでも被害を減らそうとしているのか?

 目が合うと、彼女はパチっとウインクした。僕は頷いて返し——植物怪人は、クリスたちを追って外に出た。


 保健室に残されたのは、アリアと僕。そして。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」

 怨嗟の言葉を吐くカロン。瘴気はますます深まっていく。

 そのさなか、「ソーヤくん」アリアが僕の服の裾を引いた。

「……さっき、見たんです。グレンダさんが変身する瞬間、黒い仮面が一瞬光ったのを」

「それが、なに?」

「光ったその一瞬だけ、仮面が離れたように見えたんです。もし仮面が彼女の理性を奪い、怪人にさせてしまう『鍵』なのだとしたら……その瞬間を狙えば」

 もしかしたら、怪人になってしまうのをキャンセルできるかもしれない。

 僅かな未確定の可能性。けれど僕は頷いて——指先をカロンに向ける。

 深呼吸。ブレる指先を、しかし寸分たがわず彼女に——彼女の目に——否、仮面に向ける。

 だが——それが、裏目に出た。


「あは、やっぱりそうだ」


 視線が交差した。——突き刺すような狂気が、僕に向く。

 息を呑んで無言を貫く僕に。

「わたしはなにも間違ってない。……わたしは、なにも! 間違っているのは全部周りの方なんだ。殺さなきゃ。間違いを、正さなくちゃ……」

 瘴気が一段と濃くなる。僕は息を呑み——指先に魔力を集中させる。

 けど……どうしても、手が震えて。


「あはっ」

 少女は笑い出した。

 くらくら。くらくら。「あははっ」揺れながら「あははははっ」笑う。

 その声は徐々に大きくなり——止まる。


「殺さなきゃ」


 赤い閃光が、部屋に満ちる。

 剥がさなきゃ。仮面を——撃て。

 瞬断的判断。しかし——二十四分のおおよそ一か二秒程度の猶予に対して、その判断はあまりにも遅すぎた。


 白の閃光が、彼女の頬をかすめ——いや、纏った魔力に弾かれる。

 彼女の仮面はすでに根を張っていた。少女の目の周りに。

「カロンっ!」

 黒い塊が、彼女の体に張り付く。呼びかけに応えることはない。

 魔力が実体を持って、カロンにまとわりついている。さっきのグレンダと似たような状況だが……規模が違いすぎる。

 塊はどんどん周囲の魔力を奪い、加速度的に巨大化していく。

 僕らの身の丈を軽々乗り越え、天井すら破壊する。

 そして——やがて、成長が止まった。僕は息を呑む。

 巨大なスタジアムすら窮屈に見えるほどの、途方もない大きさの怪人。それが、僕の眼前にいた。

「……カロン、さん」

 アリアが立ちすくみながら呟く。……かつてカロンだったものを目の前にして。

 僕はガタガタと震えながら——怯えながら、『それ』を形容した。


「——怪獣王、だ」

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